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第20話 似てること違うこと

「押し付けたくせに!」


 雰囲気の変わったお母さんが次に口を開く前に、苛烈な声でシュンが叫んだ。


「オレのことテルちゃんに押し付けて好きなことしてて、なんだよ今更! 勝手なことばっかり言ってんな!」

「押し付けてなんてないわよ。あんたが、こっちにいたいって言ったんじゃない」

「こっちがいいに決まってんだろ。あんたのとこに居たって、邪魔にされるだけじゃん。ずっと家の中で待ってるか、あんたの仕事場であんたの仕事終わり待ってるか、託児所にいるかで、あんたは仕事仕事で、これっぽっちもオレのこと見ないじゃん」

「だって、仕事しないと収入ないのよ? 当り前じゃない」

「贅沢したいって言ってるんじゃない。ずっとオレにかまえなんて、言ってない。ちょっとでもいいからオレを気にかけてくれってだけだ。あんたはそれもしてくれなかった。こっちだったら、じーちゃんもテルちゃんもいるから、こっちがいいって言ったんじゃん」


 肩で大きく息をついて、シュンはお母さんをにらむように見つめる。


「あんたはそれで、これ幸いって、おれをこっちに押し付けた」

「だから! ……それで、良くないことになってるなって思ったから、考えを改めたんじゃないの」

「良くないって何?」

「あんたまで、男に走ってんだもの」


 前に聞いたことがある。

 テルさんとお母さんが決定的に相容れないところ。

 それを今、目の前につきつけられてる。


「バカじゃないの?!」

「親に向かってバカとは何よ! ほったらかしにして他所様に後ろ指さされるようになったんなら、手元に置いてちゃんとしようって思って、どこが悪いのよ」

「へー、テルちゃんのこと、ほったらかしにした自覚はあるんだ」

「だってしょうがないじゃない、若かったんだもん! 学校だって行かなきゃいけなかったし、お金も仕事もなくて育てられる状態じゃなかったんだから、仕方ないでしょ? ちゃんとじいじとばあばに頭は下げたし、仕事始めてからはお金だって入れてるわよ」


 悪い人じゃないんだけど、相容れない。

 テルさんが寂しそうにそう言っていたのが、理解できた。

 この人にとっての正しいことは、テルさんやシュンや、おれにとっての正しさじゃない。


「テルには悪かったと思ってるけど、テルはもう大人になっちゃったし、今更どうにもならないもの。けど、ハルちゃんは違うでしょ? テルのとこにいてこのまま悪い影響受けるより、こっちに来た方がいいじゃない」

「悪い影響ってなんだよ! 他所様に後ろ指さされるって、誰も何にも言ってない。あんたが勝手に言ってるだけだ。テルちゃんは何も悪いことしてないし、誰にも迷惑かけてない!」

「かけてるわよ! ちゃんと育ってくれなくて、若いとき産んだ子だからって、ちゃんと育ててないからって言われて!」

「それはあんたが、テルちゃんと一緒にいなかったからじゃん」


 目の前ですごい勢いで言葉の応酬がある。

 聞いていていいのかなって思ったけど、今更席を外すこともできなくて、じっと息をひそめていた。

 お母さんって人は多分、気持ちはあるんだ。

 ただ、もう、根っこのとこからシュンとすれ違っている。

 悲しそうに見守っているテルさんとも、完全に違う。

 違うってことにテルさんとシュンは気がついているのに、お母さんだけが気がついていなくて、空回っているように見えた。


「あんたが言う悪い影響ってのが、オレがいっくんのこと好きってことなら、ホントに全然違うからね」


 まっすぐお母さんを見ながら、シュンが言い切った。


「オレは! いっくんが好きなの! テルちゃんは関係ないの! オレが、いっくんのことを、好きなんだよ!」


 はあ?

 こ、ここでそれ言っちゃうのか?

 えへんと胸を張るシュンに、脱力しそうになる。

 なんであの言い合いからそうなるわけ?


「はあ?」

「シュン、それは今、主張しなくていい」


 おれが思ったのと同じように、二人も思ったらしい。

 毒気を抜かれたような声をあげる。

 だよな。


「だって、オレの気持だもん。テルちゃん関係ないもん」

「わかったわかった。とりあえず、連休は母さんのとこから講習に通え」

「ええ~」

「今夜はうちで準備して、明日からでいいから……母さんも、それでいい?」


 テルさんが妥協案を提示して、不承不承って感じで話がまとまる。

 絶対に明日は来なさいよ、って念を押してお母さんが帰っていった。

 一連の流れ、おれは口を挟まないで眺めている。

 挟めなくて、すごいなあ、って、感心しかできない。

 あれだけすれ違っているのに、話、まとめられちゃうんだ。

 かつての自分の『家』だった場所を思い出して、あまりの違いに驚いてしまった。


「すごいな」


 ポロリとこぼれた。


「何が?」

「あれだけ言い合えるの。それなのに、サラって終わっちゃってるのも……」


 そう続けたら、テルさんはなんとも言えない顔をして頭をかいていたけど、シュンが簡単なことだよって言った。


「だって言わなきゃ、かーちゃんにはわかんないんだもん」

「怖くない?」

「なにが?」

「自分が言ったことで、家族が壊れるのが」


 おれはそうだったんだよ。

 おれの存在がダメになるきっかけだった。

 一見似ているのに、この家とは全然違うんだ。


「ええ? でもそれ、ただのこじつけじゃん。そんなことでダメになるくらい仲が悪くって、ダメだったなら、もう何をどうやったって、ダメなんだよ」


 誰かの言葉がきっかけじゃなくて、最初からダメだったんだよ。

 そう言われて、ああ、そっか、って、思った。

 おれが居たから別れたんじゃない。

 あの夫婦はおれがいなくてもダメだったんだ。


「そうなんだ」

「そうだよ」


 おれにとっては難しくて、ずっと引っかかっていたことなのに、とても簡単なことのようにシュンが言ってくれた。







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