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最終話

 そうして、迎えた花火大会当日。レッスンを終えたおれと瑛くんは、受付のおばちゃんの所に行って着付けをしてもらった。


「嬉しいわぁ。毎年やってるんだけどね、男の子で浴衣着たいって子なかなかいないし、夏休みは実家帰っちゃってる子が多いしでほとんど人が来てくれたことないのよ」

「そうなんですね……」


 ちょっと寂しいなと感じた。もっと盛り上がってて予約埋まってるなんてことも少し考えてしまっていた。浴衣良いのに。実家帰っちゃってるのは仕方ないけれど……。


「よし、2人とも完成! よく似合ってるわ~」


 鏡の前で見させてもらったけど、何だか自分じゃないみたいでワクワクした。そして、瑛くんの浴衣姿は想像通りかっこいい。


「瑛くんかっこよすぎっ!!!」

「ありがと。はるともかっこいいよ」

「えへへ~よーし、そしたら出店に繰り出そう!!」


 毎年行われている宮瀬湖花火大会は、スターマインといって連続して打ち上げられる迫力があるらしい。湖で開催される花火大会ということで、割と賑わう花火大会だとおばちゃんは言っていた。いつも夜なんてしんと静まり反って怖いくらいなのに今日は嘘みたいに賑わっているし、明るい。お祭りの浮かれた雰囲気というのは、どうしてこうも踊り出したい気分になるのだろうか。


「ね、瑛くん何から食べてく!?」

「俺、実は屋台って初めてなんだよな……花火は、家から見たことがあったくらいで……」


 瑛くんは、少し気まずそうに言った。


「そっか、よし分かった! そしたらおれのおすすめ半分こしながら色々食べて行こ~!」


 おれはそう言って、瑛くんの手を取った。浴衣で夏、提灯の明かりの中で手を繋ぎながら歩き回るなんて、すごく高校生らしい。時代はどんどん、進化していっても夏祭りのラインナップというのはそう変わるものではないのがまた良い。


「まずは、定番の焼き鳥! 塩とたれ3本ずつください~」

「はいよー」


 そういえば、食べ物の内容は変わらないけど最近はすっかり屋台の支払いもバーコード決済が出来るようになってとても楽だ。子どもの頃は、小銭がなくなると母さんにもっと欲しいーって泣きつきにいったっけ。


「塩とたれどっちからいく?」

「じゃあ、たれ」

「どうぞー」

「いただきます」

「いただきまーす! ん~~~屋台の焼き鳥ってなんでこんなにおいしいんだろ~~」


 ほくほくと暖かい焼き鳥を食べると、とても幸せな気持ちになる。


「瑛くん、どう? 初めての屋台の焼き鳥は!」

「おいしい」

「良かった~~」


 これでもし瑛くんの口に屋台の味が合わなかったらどうしようって不安だったけれど、そんな心配もどうやら必要なさそうだ。


「よし、食べたらどんどん行くよー」


 それから、焼きそば、たこ焼き、じゃがバター、焼きトウモロコシと食事系を次々に食べて行った。瑛くんもすっかりはまってくれて楽しんでくれているようで安心した。


「トウモロコシって食べるの難しいな、おいしいけど」

「そうなる気持ち分かるーでも瑛くんすごく綺麗に食べられてると思うよ~はーそろそろ甘い物も行こうか」

「そうだな。そうこうしてるうちに花火大会の時間も近づいてるし」

「ほんとだ!」


 意外とお腹いっぱいになってしまって、甘い物も重いのは入らなそうだ。そんな中選ぶ夏祭りの定番といえば、やっぱり〝わたがし〟でしょう。いつか、恋人が出来たら夏祭りで1つのわたがしを一緒に食べたいなという密かな夢があった。


「わたがしにしよう! 口の中にいれたらあっという間に溶けちゃうんだけどすごく不思議でおいしいんだ~作ってる工程を見てるのも楽しいよ!」

「良いよ。楽しみ」


 わたがしの列に並び、自分達の番が来るまでの間も瑛くんは興味深そうにわたがしの機械を見ていた。子どもみたいな表情……おれも、子どもの時に見ているのが楽しすぎて自分の番が来て買い終わってもまだ見ていて母さんに呆れられたっけ。


「はーい、おまちどー」

「ありがとうございまーす」


 わたがしを受け取って、2人で近くのたまたま空いていたベンチに座った。


「ふー思えばずっと立ちっぱなしで疲れたね。花火の前に小休止できて良かった~」

「下駄慣れないから少し疲れた」

「だよねぇ。今日はゆっくり湯船に浸かろ~」

「そうだな」

「瑛くん、わたがし食べてみてー」

「このふわふわしたのが食べ物なんて見た目からして不思議だ」

「でしょー?」


 瑛くんは恐る恐るわたしがに口をつけた。


「……おいしい、けどすぐに消えた」

「ね! 面白いよね~」

「これは、子どもに人気なの分かるな」

「大人になっても、祭りに来たら食べちゃうくらいだからね」


 それからあっという間にわたがしを食べ終えて、ラムネを飲んで一息ついたおれ達は花火大会の会場の方へ移動を始めた。


「ここでいよいよおばちゃんの手書き地図の登場です!」

「ウィーンのお土産のお礼って言ってたな。人混みで見なくて済むのはかなり助かる……」

「ごめん、けっこう疲れてるよね。もう少し頑張ってー」

「大丈夫、大丈夫。俺が人混みに慣れてなさ過ぎなだけだから」


 花火大会に来ている地元客、観光客はだいたい湖の近くにある見晴台か畔、近くの橋とかから見るようだけど、おばちゃんだけが知っているという特別な場所を今回教えてもらってしまったんだ。地図には、宮瀬湖ふれあい館屋上と書かれている。おばちゃんの娘さんが管理している所らしくて、鍵を貸してもらってしまった。ちなみに娘さんとおばちゃんは家から充分見られるから、わざわざ外には出ないらしい。だから、不法侵入にもならず怒られる心配もない最高の場所に今向かっている。


 人の流れから反れて歩くのは、ちょっと良い気分だ。


 「ここだ」


 鍵を差し込んで屋上へと続く外階段を登った。登り切った屋上は確かに見晴台と同じくらいの高さがあってそれでいて、おれ達2人きりだから最高だった。


「はー人のいない空間落ち着くー」


 瑛くんは、屋上の手前に置いてあったベンチに腰を下ろしてそう言った。


「連れまわしてごめんねー」


 おれもそう言いながら座った。ここからなら、座ったままでも充分に花火を見られそうだ。


「いや、楽しかったしおいしかったよ。ありがとう」

「お礼を言うのはおれの方だよ! 瑛くんが花火大会行こうって言ってくれたから今この時間があるんだよ。おれ、高校生らしいこと全部捨てて音楽に専念しないとって焦ってた。焦ったってダメなのにね。焦らなすぎるのもダメだろうけど……でもさ、残り半分くらいの夏休み中、またこうやって時々高校生らしいデートもしたいなって思ってる。もちろん、勉強もピアノも今まで以上に頑張るんだけど……っ!」

「うん、俺もはるととまたデートしたいなって思った。高校生らしいことって俺はよく分からないからさ、また誘ってよ。はるとの誘いなら俺は断らないよ」


 そう言って瑛くんは笑った。


「やった~! そしたら、今度水族館行きたいな。前調べたらね、夏休み中でも平日の変な時間帯なら空いてる所もあるんだって。海も行ってみたいなと思ったけど、手汚したらやばいからさすがに海は無し! でも眺めには行きたい。映画デートも良いよね。ポップコーン頼んでさ~」

「良いな。全部やろう」

「やった~楽しみがたくさん増えた!」


 そんな会話をしていたら、どーんと花火が上がった。


「あ! 花火!!」


 次から次へと連発して色々な形の花火が上がる。色とりどりの空に浮かぶ大輪はとても綺麗だった。


「うわーすごい、すごい! スターマインの花火はおれも初めて見たよ~!!」

「綺麗だな」

「うん、すっごく綺麗。湖面に映ってるのも素敵だよね、何か空と湖面とで2倍綺麗な花火が見られて得してる気分~」


 立ち上がって、湖を見下ろしながらおれが言えば瑛くんも同じように下を見て「本当だ」と言った。


「はると」


 スターマインはまだまだ打ちあがっている。こんなに近くにいるのに瑛くんの声が少し遠く感じるくらい、大きな音を響かせている。


「どうしたの、瑛くん?」


 そう言って瑛くんの方を向けば、瑛くんはおれのことをギュッと抱きしめそして唇にキスを落とした。突然の出来事におれの心臓は、花火の音に負けないくらい大きな音を立てていた。


「え、瑛くんっ!??」

「ごめん、どうしてもキスしたくなっちゃって……いや、だったか?」

「嫌じゃない! 嫌じゃないよ!! 幸せすぎて死にそう~~~」


 こんなロマンチックなシチュエーションで大好きな人と初めてのキスが出来るなんて、さすが瑛くんだ。


「もー瑛くん、かっこよすぎてどんどん惚れ直しちゃうよ!」

「俺も毎日はるとへの好きの気持ち更新していってるよ」


 嬉しくて、幸せで、どうにかなってしまいそう。


「瑛くん!」


 最後の花火が上がった時、おれは負けじと瑛くんに熱いキスをした。


「大好きっ!!!」

「俺も、はるとのことが大好きだ」


 なんて幸せな夜だろう。


 このまま時が止まってしまえば良いのに、そんな風に思ってしまうくらい幸せで幸せで。だけど、時が止まってしまっては瑛くんとのもっと幸せな未来が歩めなくなってしまうからやっぱり時は止まらなくて大丈夫です、なんて神様に願ってみたりして、おれ達はしばらく屋上で抱き締め合っていた。


 あれからの夏休み、おれ達は勉強もレッスンも行いつつ高校生らしいデートもたくさんしておれのスマホの中にはいつしか〝瑛くんとデート〟という名前のフォルダが出来ていた。夏休みが終わる頃になると他の寮生たちも徐々に戻って来て、おれ達の距離が近くなっていること、おれ達がピアノデユオでプロを目指すことを決めたのを知るととても驚いていた。


「えぇ、陽都くん2学期から特進クラスに転科するの!?」


 ここに来て最初に友達になった蓮は驚きの声をあげた。


「うん! ウィーン行ったらめっちゃ刺激もらっちゃってさ~あ、これお土産! 超高級チョコレート!」

「こ、高級!?」

「冗談冗談! でもすっごくおいしいから冷やして食べて~」

「ありがとう。大変になりそうだけど身体には気を付けて頑張ってね」

「うんっ!」

「あー! 陽都! お前、何で転科するんだよ~!!!」


 クラスで1番仲良しだったみなぎっちが嘘泣きをしながら抱き着いてきた。


「ごめん、ごめん! でももう決めたことなんだ。寮では変わらず会えるしそんな永遠の別れみたいな顔しなくても~」

「寂しいだろーでも、すげーな、お前。応援してる!」

「ありがとう~!!」


 おれは、何て良い友達を持ったのだろう。友達の暖かさを感じてちょっと泣きそうになってしまった。そこへレッスン終わりの瑛くんが帰って来た。


「瑛くーん!」


 そう言って手を振ったけれど、おれの側に蓮とみなぎっちがいたからかそそくさと階段を登って行ってしまった。


「もー瑛くんは仕方ないなぁ」


 おれには瑛くんの気持ちがわかる。おれもウィーンで感じた気持ちだから。


「そういうことだから、これからもよろしくね〜」


と言って階段を駆け上った。部屋に入れば負のオーラを纏った瑛くんがいて、あぁなるほどと思った。おれもあんな風なオーラを出していたのならばノアくんにバレても仕方ない。


「瑛くん」

「友達は放っておいて良いのか」

「大丈夫だよ。瑛くん嫉妬してくれてるー?」


 揶揄うように言えば瑛くんは、顔を赤くして違うと言ったけど全然説得力がない。嫉妬するのは嫌だけど、嫉妬してくれてる好きな人はかわいいなぁなんて思ってしまうおれは嫌な奴だろうか。


「おれもね、瑛くんがウィーンでノアくんと仲良くして時同じ気持ちになったよ」

「……そうなのか?」

「うん! 好きな人のことを好きになっていくと嫉妬って些細なことで生まれるけどさ、でもおれは瑛くん以上に好きな人なんていないからそこは安心してほしいな。瑛くんは?」

「……俺もどんな時もはるとが1番」

「じゃあ、大丈夫だよ!」

「じゃあってなんだよ」

「お互いがお互いを一番に思ってるなら、嫉妬なんてしなくて大丈夫だよってこと! まあ、嫉妬してる瑛くん可愛いから捨てがたいだけど」

「可愛いとか言うな」

「えぇー可愛いんだから仕方ないじゃーん」


 笑いながらそう言ったら、瑛くんが少し本気で拗ねてしまったからごめんごめんと謝った。


「今日、同じベッドで寝てくれたら許す」なんて今までの瑛くんからは考えられない言葉が返ってきて、恋をしたら人はこうも変わるのか~と他人事のように思ってしまった。

「そんなのいつでもウエルカムだよ~~」


 嬉しくて、瑛くんに抱き着いたら瑛くんはおれの頬にキスをしてくれてあぁ、おれ達ってもしかしてとんでもないバカップルなのでは? なんて思った。


 その日の夜は、寮の決して広くないおれのベッドで瑛くんと一緒に眠った。


 そうして2学期がやってきた——


 新しい日々は不安も少しはある。おれには大きすぎる道だって分かっているし、周りから見たら何であいつが? って思われてもおかしくない。だけど、瑛くんがおれを選んでくれた。特進クラスにいる人ではなく、おれを選んでくれたんだ。


 いつもなら新学期だろうと何だろうと緊張なんてしないで楽しみな気持ちの方が大きいのに、さすがにちょっと緊張してしまっているのかなかなか動けない。気づけば瑛くんが、隣に座って手を握ってくれていた。


「大丈夫だよ」


 その言葉は、本当に大丈夫な気がしてきた。瑛くんが隣にいて同じ道を歩んでいてくれたらどんなに辛いことだって乗り越えていける気がする。だって高校生になるまでのおれは、名前も何も知らない美しい音色を奏でる人のその姿だけを追って音楽の道を歩み続けてきたんだ。続けていればいつかまた会えるかもしれないってそんな不確かな希望を抱きながら、それだけでここまでこられた。


 だけど、これから先の道は、小畑瑛くんという最高のパートナーと確かな道を一緒に歩いて行ける。

それだけで、とても心強い。絶対に大丈夫だって思える。


「うん、大丈夫だよね」


 それから、制服に着替えてバッグを持っておれ達は寮の部屋を出た。


 学校までの道のりを手を繋ぎながらおれ達は歩いた。


 1年1組には特に挨拶などはせずに、今日から自然とおれは1年4組へ転科になっているようだった。今まで瑛くんと登校はしていなかったけど、今日からは一緒に登校が出来る。それがまた嬉しかった。


「はると、にやけすぎ……」

「えぇーだって、今まではさ朝起きたらもう瑛くんいなくてさ、帰りもバラバラだったんだからそれが全部一緒になるって思ったらにやけずにはいられなくない!?」


 さっきまで緊張で、おかしくなりそうになっていたのが嘘かのように気持ちはすっかり晴れていた。


「そのうち飽きてくるかもよ。俺といるの嫌になるかも」

「そんなの絶対ないから!」


 瑛くんと一緒にいることに飽きるなんてありえない。


「だってさ、大人になったらおれ達は父さんと母さんみたいに2人で一緒になるわけじゃん? 母さん達って飽きたりしてないでしょ? 瑛くんの所だってそうじゃん」

「うん、確かに、そうだな」

「でしょ!」


 おれが笑ってそう言ったら瑛くんも笑ってくれた。校門をくぐり、下駄箱を抜けて1年4組の前へ来た。

 この先はもう、夏休み前までの世界とは違う。おれが想像しているよりもずっと険しい道が広がっているだろう。


 それでも——


「瑛くん」


 教室へ入る前におれは、瑛くんの手を握りしめた。


「はると、俺が傍にいるから」

「うん、これからもずっとよろしくね」

「俺の方こそずっとよろしく」


 更なる高みを目指して、おれは今、新しい世界へと足を踏み入れた。


                                             了

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