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ep.36 新たな幕開け


 不思議なものだ。

 死神の中には、私との関わりを厭う者もいれば、積極的に関わろうとする者もいる。


 ミントの言っていた、「自然と惹かれる何か」についても気になるところではあるが。

 今はそれよりも、優先すべきことがあった。


「お帰り、睦月」


 白と黒の髪が、川のように流れる。

 長い袖口と、黒のストール。

 面布の下で穏やかに微笑む唇が、帰還の祝いを紡いだ。


「魔界は楽しめたかい?」


「閻魔の予想してる通りだよ」


「ふふ、それは何よりだ」


 ころころと溢れた笑みを、袖口が隠していく。

 相変わらず、閻魔の仕草は一つ一つが優美だ。

 指の先まで洗練された動作に、感嘆の息を漏らしそうになる。


「ごめんね」


「おや、どうして謝るんだい?」


「今度はもっと早く会いに来るって約束したのに、遅くなってしまったから」


 一拍置いて、閻魔が再び笑みを浮かべた。

 軽やかな声は清流のように澄んでおり、溶け込むような喜びが滲んでいる。


「でもその間、睦月は私のことを想ってくれていたのだろう?」


「……そうだね」


「ふふ、ならそれで充分だ」


 率直な問いかけに気恥ずかしさは残るものの、実際その通りなのだからどうしようもない。

 肯定した私を見て、閻魔が嬉しそうに微笑んでいる。


 ぼんぼりから降りた反動で、足元に波紋が広がった。

 水面下を流れる魂の海は、まるで銀河のように煌めいている。


「ねえ閻魔。前の……本来の王は、どんな死神だったの?」


 死界を創造したという神。

 唯一にして無二の王であった存在は、座を明け渡したまま戻ることはなく。

 現在、死界に座する神は──多くの偽りに塗れている。


「死とは未知であり、畏怖されるものだ。凍えるような終わりをもたらし、容易く全てを攫っていく。けれど同時に、救いでもある。永遠の苦痛を取り除き、安らかな眠りを与えてくれる」


 微笑みはそのままに、閻魔はかつての記憶を語っていく。


「絶対的で美しく、何より二面性のある神だったよ。達観しているようで、遊び心も持っていたりね」


 柔らかな声には、尊敬や親愛。

 他にも、色々な感情が詰め込まれている。


「睦月は王になりたいのかい?」


 問いかけというより、確認されているように感じた。


「本音を言えば、王の座に興味がある訳じゃないんだ。私は、私の物を守る力が欲しいだけ。何者にも奪わせず、傷つけさせない。彼らが自由を享受し、笑っていられるような……そんな死界せかいになればいいと思ってる」


 そう。

 王の座自体に興味がある訳ではない。


「でも、今の王じゃ私の願いは叶わない。だから決めたんだ」


 玉座を手に入れる。

 そのためなら、どんな神であろうと──引きずり降ろしてみせると。


「私は王になるよ、閻魔」


 玉座を手にした先に、何が待ち受けていようと構わない。

 たとえ未来が視えなくとも。


 この決意が変わることは、絶対にないのだから──。




 ◆ ◆ ◇ ◇




「聞いたぞ陽光ようこう! 天日てんぴ! 死神と会ったそうじゃないか!」


 溌剌とした声が響く。

 燃えるような赤髪を靡かせ、豪快な音と共に入室した天使の姿に、天日は眉を顰めた。


「力加減を考えろ、烈日れつじつ。僕に当てるつもりか」


「悪いな天日! 興奮のあまり、強く押しすぎてしまったようだ」


「はあ……もういい」


 吹っ飛んだ扉を片手で停止させた天日は、悪びれもなく笑う烈日を見て、諦めた表情で視線を逸らしている。


 烈日と呼ばれた天使は、小麦色の肌と、夏空を彷彿とさせる青い目。

 そして、陽光や天日と並ぶほどの美貌を備えていた。


「で、どうだった? 実際に会った感想は」


 自動的に修復していく部屋を尻目に、烈日は天日の横に腰掛けると、テーブル上の茶菓子を摘んでいく。


「とても可愛らしい死神でしたよ。思わず抱き締めたくなりました」


「ほお、そんなにか。あたしも会えたら良かったんだが」


 陽光の言葉に興味深げな様子の烈日は、羨ましそうに頬杖をついている。


「これから会う機会も増えますよ」


「つまり、本格的に動き出す時が来たということか!」


「あまり燃えすぎるなよ、烈日。どちらにせよ、僕たちは主君の意志に従うだけだ」


 目に見えて喜ぶ烈日とは反対に、天日が冷静さを崩すことはない。

 穏やかに微笑む陽光は、そんな二人のやり取りに、ふわりと笑みを深めた。


「そうですね。全ては我らが主──天上神王の御心のままに」


 太陽跡は王の意志にのみ従う。

 死神との関係が、に傾くのか。

 その行く末もまた、天界の王次第なのだ。


 分かれ道を前にしながら、天使たちの間には──不気味なほど和やかな空気が流れていた。




 第四証 Fourth Sacrifice 盤上の支配者 【完】




 ◆ ◇ ◆ ◇




 ここまで読んでいただきありがとうございます。


 第四証が終わり、先月で執筆歴も二年を超えました。

 それもこれも、応援してくださる読者の方々のおかげです。

 いつも本当にありがとうございます。


 今話で太陽跡について書いていた十三番目ですが、実は日光に当たると皮膚が爛れるという最悪の相性持ちだったりします。

 だから死神側が主人公なのかと聞かれると、そうではないのですが(笑)


 春は花粉、夏は紫外線により更新頻度が落ちておりますが、気長にお待ちいただければ幸いです。


 今後も楽しく執筆を続けて参ります。

 どうかこれからも物語(とついでに十三番目)を応援していただけると嬉しいです。



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