後ろが気になる――でも誰かが見ていたら、どうしよう。
ミキは、暗い路地で思い切って立ち止まった。やはり、後ろの気配も立ち止まった気がした。そろそろこんな仕事、辞めた方がいいのかもしれない。
どの客だろう。立ち停まると、恐怖が襲い掛かってきて何かを考えないと叫び出しそうだ。ミキは、肩に掛けたカバンの紐をぎゅっと握った。春だから、と明るい色のワンピースを着ていたがひどく場違いに思えた。
「こわい……」
そう呟くと、その重圧に耐えられなくなった。
ミキは、弾かれた様に走り出した。ヒールだったので、転びそうになりながらも必死に灯りを目指して走る。
助けて、助けて、助けて!
視線の向こうに、商店街が見えた。何時もは通らない道だ。通りには電灯と、飲み屋の明かりが見えた。それに縋る様に、ミキは走った。後ろの気配も、彼女を追ってくる。
「いらっしゃいませ!」
明るい声に、腰が抜けて床に座り込んでしまった。
「お客さん?」
誰かが自分に近付いて来て、前にしゃがみこんで顔を覗き込んできた。茫然としていたミキだが、覗き込んできた男の顔が眩しくて我に返った。
「安心して下さい、ここは
震えるミキの腕を支えて、カウンター席に座らせた。ミキが駆け込んできた時に驚いてその様子を見ていた他の客たちは、それを見て再び酒を手にし始めた。
「……ここは?」
少し落ち着いたミキは、自分が駆け込んだ店の中を見渡した。少し古い――タレの焦げる甘辛い匂いと、楽しそうな客たちの談笑。ごく普通の
「いらっしゃいませ、ここは焼鳥屋ですよ。少し休んで行かれますか?」
温かいおしぼりを出してくれた男は、先程眩しい光を感じた人だ。エプロンに『めぐる』と書かれた名札が付いている。
「ごめんなさい、慌てて入ってきて。じゃあ――ウーロンハイと、おすすめの串を五本ほど……」
「有難うございます」
その店員は小さく笑うと、厨房に入って行った。
「あなた、何かあったんですか?」
代わりに、上品そうなおばあさんがカウンター越しに話しかけてきた。ゆっくりとした話し方で、ミキには優しさが感じられた。先日実家に帰った時に見た、病で臥せっていた祖母の姿を思い出して泣きそうになる。
「いえ――あの、ここしばらく誰かに後を付けられているような気がして……気のせいですよね」
おしぼりで、僅かに浮かんだ涙をそっと拭った。
「
「蛇……?」
不思議そうに聞き返したミキに、そのおばあさんが一枚のカードを差し出した。
「もしも、どうしても困った時にはここへ連絡してください。きっと、あなたの役に立ちますよ」
そのカードは、名刺だった。名刺にしては素っ気なく、ただこう書いてあった。
と。