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第1部 3話 ゲーム

 私は監視カメラの死角でノートパソコンを取り出すと、有線でカメラとパソコンをつないだ。

 オフラインのカメラであっても有線であれば乗っ取れる。


 私は監視カメラの映像をダミーに差し替えた。

 監視室のモニタには誰もいない金庫室が映り続けるはずだ。


「これで監視カメラはOK」


 私は監視カメラに向かって手を振った。


「そんなんどこで覚えたんだよ」

「今や一般的なネットでも動画で解説していたりするよ。ま、ディープな内容はダークウェブで覚えたけど」


 時間を無駄にできないので、会話しながら道具を取り出す。


「ダークウェブ?」


「Torって技術で作られた一般公開されていない闇サイト。専用ブラウザーじゃないと見れない領域で、薬物や銃、密輸品の売買、不倫サイト、殺人の請負なんかがあるよ」


「こっわ! でも、そういうのって金銭のやり取りから足つくんじゃねぇの?」


 私はチラッとオッサンを見て睨みつけた。


「仮想通貨使うんだよ」


「あはは、そうなのか。ビットコインとかいうやつか。いやぁ、集中してるときに悪ぃな」


 私はパスワード入力の一~九の数字が並んだボタンにALSライトを照射した。


「何やってんの?」

「計画書ちゃんと読めよ」


 私は嘆息しながら解説した。


「ALSライトは、特殊光学機器で、可視光・赤外線・紫外線を応用し、特定波長の光を照射することで、目に見えない証拠を可視化するライト。こうすると指紋が見えるんだよ」

「ドラマとかで鑑識が使うヤツか。でも、数字が分かっても、押す順番が分からなくねぇか?」


 私は振り向かないまま、斜め後ろの監視カメラを指さした。


「なるほど、監視カメラの映像か」


「そ。入力しているボタンは見えなくても、肩の動きで右か中央か左か、上下もある程度予測はつく。銀行の暗証番号とか探る時にも使うショルダーハッキングってワザ。ハッキングの基礎の基礎だよ」

「ハッキングって意外とアナログなのね」


 私は一回くらい間違えるかと思っていたが、運よく一回でパスワードは正解だった。


「これでセキュリティ第一弾突破ってワケか」

「いや、二個目だ。振動感知器はドリル使わなければOKだから既に突破しているようなもの」

「ほー」


 私は金庫のふたを開けた。

 ワクチン十個を収めるには大きな金庫だ。


 中も広く、大人三、四人は入れるだろう広さだ。

 イチイチ話しかけてくるオッサンがウザすぎるが、経過は順調だ。


 成功祝賀会ではホントに叙々苑連れていってやろうか考えはじめたころ――。


「暗いし明るくしようか?」


 オッサンが取り出したスマホのライトをつけた。


「バカッ!」


 私はとっさにスマホを叩き落とした。


「光センサーがあるんだよ!」


 小声で叱責する。

 まさかホントにスパイじゃねぇだろな?


「うおっ! すまねぇ。でも、叩き落す必要はなくね? 心臓止まるかと思った!」

「連絡用で渡したスマホだろ。文句言うなバーカ」

「バカバカってアスカ・ラングレーかよ、お前、マジで口悪いよね」


 アスカラングレーって誰だよ。

 チャゲなんちゃらアスカしか知らねぇよ。


「これ以上、ケンカ発展させんな」


 しばらく周囲に耳を澄ましていたが、警報なども鳴ってはいない。

 光センサーには引っかからなかったらしい。


 胸を撫でおろす私に、オッサンが心配そうな声を絞り出す。


「暗いままで作業すんの?」

「機械をダマせばいい」


 私がリュックから取り出したのは「絶縁テープ」だ。

 光センサーに絶縁テープを貼り付ける。


「これでバッチリ」

「それだけ!」

「それだけ。たったこれだけで無効化できる」


 私は額にヘッドセットを取り付け、ライトをつけた。

「予想通り、あとは赤外線熱探知、動作感知の二つだね」


 私の発言にオッサンが驚く。


「セキュリティの種類、どうやって予測したんだよ」

「どのセキュリティ会社使ってるか分かれば、直近の仕事で目星つけられるよ。ワクチンを保管していたこれまでの病院を調べて、情報屋から金庫のメーカーや型番を確認した」

「仮に今回違うモン使ってたら?」

「その場合だけは一時退散。金庫の写真撮影して別日に決行」


 オッサンは感心するようにうなずいた。

 私は容姿以外で褒められたことがないので、何だか少しこそばゆかった。


 そーいや、昔、親父に何か褒められた気もするけど。

 あれも、何か難しい宝箱のパズルを解いたからだっけ?

 まさかこのオッサンに父性を感じているとか? ハッ、笑っちゃうね。


「赤外線熱探知はスプレーだよな」

「そ、薄い膜で十分」


 今さら自己分析して何になる。

 これが終われば私は億万長者だ。


 仮に私がファザコンなんだったら、このオッサン雇って背中に乗せてもらえ。

 私はスプレーを赤外線熱探知に吹きかけた。


 最後は動作感知だ。

 リュックで一番場所をとっていたのは発泡スチロール。

 これを盾にすれば動作感知センサーは作動しない。


「一仕事終わったら叙々苑行こうな!」


 私は一足先に気の抜けた相棒の足を、思いっきり踏んでおいた。


「ぷぎゃ!」


 これでオタカラを盗める。

 私の心臓はバクバク破裂しそうだ。


 これまでの盗みでは味わえない脳内麻薬の分泌で指先が震えてしまう。

 怖いんじゃない、心地よい。


 もしかしたら――私は億万長者になっても、この快楽を求めてしまうかもしれない。

 どこまでもクズで、しかもその根幹にあるのが、幼い頃の承認欲求と来たら――。


 ハハ、自分でも笑っちまう。

 ま、今はそんなこともどうでもいいさ。


 私は目の前のケースを開けた。





 かちゃり――。





 それはとても小さいけれど、聞き逃せない。

 世界で一番好きな音が、かすかに響く。


 私は小箱の中のワクチンを手の中で転がした。

 試験管の中でキラキラと光る液体は、油断すれば見入ってしまう迫力だ。


 ケースを閉じ、リュックに押し込む。

 すべては順調、あとは外に出るだけ。


 私は立ち上がり、オッサンに目配せした。

 が――入口には銃を持った少女が立っていた。


 ナナナと呼ばれた少女。

 先日、橋の下で見た監視カメラに映っていた少女だ。


 カラフルなツインテールに短いスカート、ブカブカの上着。

 目の下のクマも健在だ。


 手に持っているのはマグナムM19。

 リボルバーを携えた黒い銃身が艶っぽく光る。


「はーい、ボンクラども。そこまででーす」


 何故、ナナナがここに――。

 まさかオッサンが裏切った?


 急激に喉が渇き、頭の中が真っ白になった。

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