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第25話

 そこまで考えて朔也は答えにたどり着いた。驚きに息を呑むと、冷たい空気が肺の奥まで入り込んで自分の内側から澄んでいく。山宮に付き合う人ができたらどう思うのかという今井の言葉が蘇った。


「……準備オーケー。ではドーゾ」


 山宮がそっとベンチに浅く腰掛ける。ぴりっと封を開けたカイロを両手で挟み、その横顔を強張らせた。


「まず質問なんだけど、山宮はおれに気持ち伝えてどうしたかったの」


 朔也の言葉に山宮が口を開きかけては閉じ、なにか言いかけては黙るという行為を繰り返した。じっと待っていると、ぼそぼそとした声を出す。


「……全然伝わんねえから言ってやろうと思った。そうすりゃ、気持ち悪がられても俺だけ特別になれるかもと思って」

「山宮は特別だよ。おれが本音を話せるのは山宮だけだし」


 すると山宮が少し照れたように目を瞬かせる。朔也は先ほどよりもはっきりと言った。


「さっきはひどいこと言ってごめん。甘えてた。山宮なら分かってくれるはずだって」

「それはいいけど。……全部言うとな、他のオトモダチと一緒にされたくねえんだわ。放送部だって書道部の役に立ってるって知ってほしかったし、放送室で喋れるのも嬉しかった。勉強ができねえってバレるのは恥ずかしかったけど、教えてもらえるのは嬉しかったわ。とにかく、特別でいたかった。そういう自己中な考えでお前といた」

「自己中なのはおれのほう。山宮の気持ちも考えないで、放送室を逃げ場にしてた。委員長に、今井に言われたんだ。山宮のことを考えるなら行動を変えろって」


 朔也の台詞に山宮が弾けるように顔をあげ、少し嫌そうな顔つきになった。


「あいつめ。余計なことを」

「今井は山宮のことを思ってそう言ってたよ」

「それは違くね。委員長が好きなのは折原だろ」


 山宮が簡単にそう言ったので、朔也は内心気づいていたのかとため息をついた。


「……山宮も知ってたんだ」

「最初の試験前にな。『山宮君の好きな人を知ってるよ。いつも見てるよね』とか言われてよ。『あたしと好きな人一緒だね』って。驚きすぎて否定するタイミングを失ったわ」

「でも、その今井がおれに言ったわけ。自分の気持ちに素直になれって。だから提案なんだけど」

「なんだよ」


 朔也は大きく息を吸い、思い切って言った。


「おれたち付き合わない?」


 ぴたりと山宮が動きを止めた。が、次の瞬間「はあ⁉」と大声をあげる。


「冗談キツいわ! 簡単に言うんじゃねえよ!」

「冗談じゃない。真剣に提案したんだけど」


 すると山宮はもう聞きたくないとばかりにふいと顔を逸らし、頭を抱える手がその表情を隠した。だが、負けじとたたみかける。


「おれは山宮が特別だって言ったじゃん。山宮は特別でいたいって言ったじゃん。それならおかしくないだろ」


 だが、山宮はゆるゆると首を横に振る。


「お前、好きって言われたら好きって返さなきゃと思ってね? お前って他人に合わせるの得意だもんな。特別でいたいって思う俺に合わせようと思ったんだろ」

「おれは自分から山宮を特別だと思ったんだけど」

「そもそも勉強もできるお前と俺じゃつり合わねえわ」

「なんで成績で卑下するの。山宮の下校放送も教科書の音読もすごいよ。おれには真似できない」

「……だとしても、お前と俺の気持ちは違えんだよ」

「最初から同じ人なんていないだろ。なんで山宮はおれの気持ちを決めつけるの」


 強い口調で言うと山宮は黙りこくった。屋根の下に入り込んだ風が彼の黒髪も自分の髪も揺らしていく。


 沈黙が下りた東屋の横で明かりがついた。いつの間にか空が青とオレンジに二分されていて、公園に夜の足音が迫っている。風にざわめく葉の音を聞きながら朔也は彼のほうへ向き直った。


「山宮、言って」


 寒いはずなのに顔が熱い。自分でも顔が赤くなっているのが分かる。それでも朔也は山宮から目を逸らさず繰り返した。


「いつもみたいに言って。おれ、返事するから」


 すると山宮が口をへの字に曲げて、頭をがしがしと掻く。


「俺から言わせようとすんの、ズルくね」

「だって、お守り渡そうとしたときに言おうとしたけど、冗談の二文字なのにすっごく難しかったし……」

「その難しい言葉を既に四回、いや、今日入れて五回以上発言した俺を褒め称えろ」

「山宮君ってすっごく勇気あるんだな! 尊敬しちゃうなあ」

「折原、お前な」


 紺色のコートからにゅっと伸びたこぶしが、朔也のキャメル色のコートにぽすっと音を立てた。泣きぼくろの目元が笑って山宮がちらりと歯を見せる。小さな花がほころぶような笑みに、朔也の心がぎゅっと締めつけられた。──ああ、おれ、山宮のこと。


 朔也は山宮の頭に手を回してこちらに引き寄せた。わっと声をあげた黒髪の頭が右腕の中に収まる。ぬくもりのある髪と冷えた耳に当たる指先が熱い。手を引き剥がそうとする細い指がやめろとこちらの腕を掴んだが、朔也は更にぎゅっと小さな頭を抱え込んだ。


「山宮、言って」


 朔也は繰り返した。


「もう一回、言って。ちゃんと答えるから」


 すると暴れていた山宮が大人しくなった。自分のコートの下から彼の吐く白い息が細く漂う。


「……お前、マジで、ズリいわ……」


 コートに当たる声がくぐもる。山宮の体温が、息遣いが、分厚い布越しに伝わってくる。それを感じながら空を見上げる朔也の鼻がまたつんとした。


 こんな気持ち、初めてだ。胸がどきどきして、目の奥が熱くて、神経が研ぎ澄まされて、全ての感覚が彼に向いている。この小さな体を、もっと引き寄せて抱きしめたい。


「……折原」


 腕の中の山宮が息を整えるように息をつく。


「お前が、好きだった」


 明瞭な声に息が止まる。


「好き、だった。もう、好きじゃない」

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