「……黙っててごめんね。彼にユアちゃんのことを話した時、しばらく様子を見たいから自分のことは黙ってくれって頼まれたからさ」
ちょっと事情があってね、と隣のバッグの話を聞きつつ、アタシは木の上に立つ彼……シャヴァルドを見る。
「えっと、ようするに味方……でいいんだな?」
シャヴァルドは木の上から、コクコクと頷く。
黙ったままでまだよくわかんねえけど……たしかに敵意はない感じか。
「さて……改めてふたりにはパーティ登録してもらわないと。シャヴァルド、握手するぐらいはしてよね」
バッグがそう言うと、シャヴァルドはちょっと不機嫌そうに眉をひそめると、こっちへと飛んできた後、手を差し伸べた。
「えーっと……地面、降りないの?」
足から蒸気を噴射して宙に浮いたままのシャヴァルド。足だけでも飛べるのかと感心しつつアタシが手を伸ばすけど……届かない。
これ以上あちらから降りる気はないと言わんばかりに手を差し伸べたまま、口を開くこともなく不機嫌そうな顔だ。
「こっちがわざわざ来てるんだから早くしてくれって顔だな……すまん、こっちもがんばるからもうちょっと待ってくれ!」
「そっちが降りろって怒ってもいいんだよ……まあこれも事情あるんだけどさ」
その手を握ろうとがんばってジャンプしていると、呆れたバッグがアタシを持ち上げてくれた。
ようやく握手して掌の接触通信が完了すると、シャヴァルドはすぐに元の木の上へと帰っていった。
「って、対物ライフル!?」
パーティ登録したことで冒険機アプリから見られるようになったシャヴァルドの情報を見て、アタシは思わず声に出した。
シャヴァルドが先ほど腕を展開して出したのは……戦車の装甲も貫く貫通力を持った対物ライフルの砲身。それがあの両腕に内蔵されているんだ……
というか反動もすごそうだけどなぁ……人間だったら片手で撃ったら骨折するんじゃないか? まあAIだから構造的に対策とかされてるのかな。
「じっちゃんッ!?」
デリボクの叫びで、アタシたちは装甲車を振り向く。
装甲車の後部座席から中の様子を見ていたデリボクが慌てたように扉を開ける。
そこには、シートベルトをしたままフリーズした人型AI。
箱のように四角い頭のAIは、デリボクと同じ1つ目カメラの中心で赤ランプを点滅させていた。
「あれが、デリボクの生産者……ワッ!?」
アタシが横から覗いていると、腕をデリボクにしがみつかれる。
「じっちゃん、壊れてないやろなぁ!? 再起動するよなぁ!?」
「だ、大丈夫だって! 多分……」
必死に揺さぶるデリボクは、兵器に囲まれていた時以上に、取り乱している。こんなに焦っているデリボクは初めてだ……
困惑するアタシの横で、バッグがその人型AI……生産者を担ぎ上げた。
「……おそらく岩壁へ激突した衝撃で一時的に
その声を聞いて、デリボクはアタシからバッグの腕へと飛び移る。
「助かるんやな? 助かるんやな!?」
「わかったわかった。ちゃんと診てあげるから、とりあえず安全なところまで運ぶよ」
キャンピングカーへと向かい始めるバッグの前を先行するように、デリボクが走り出す。デリボク自身が言っていたように、アイツにとってのじっちゃんのことが心配で仕方ないんだな……
「シャヴァルド、アタシたちも行こうぜ!」
アタシも木の上に立つシャヴァルドへ声をかけてキャンピングカーへ向かう。もう敵じゃないとわかったから、昨日みたいに警戒する必要もなくなったからな!
すぐにシャヴァルドが飛び立ちジェット噴射でキャンピングカーの上に飛び乗った。
(ここに来るまでずっと屋根の上で止まっていたのか……?)
ふとそんなことを思いながらアタシはキャンピングカーに乗り込んだ。
生産者が暮らしているコテージへと戻ってくると、バッグはデリボクからアトリエを使っていいか了承を受けてから生産者を抱えてコテージの中へと運んだ。さっきも心配していた通り内部で損傷が発生していないか調べたいみたいだ。
アタシも続いて入ってみると、ピカピカに磨かれた木造の床や壁が広がった。
家具もほとんど木造かつ、ひとり暮らし規模だけどテーブルやソファーなど生活感が感じられる。
なにより……
「すっげぇ! 暖炉じゃん暖炉!」
アタシは沸き上がる
「じっちゃん、大丈夫かな……」
後ろを振り返ると、デリボクがバケツを持ったままバッグが入っていったアトリエへの扉を見つめていた。まだ生産者のことを心配しているようだ。
「デリボク、
「あ、ユアはん……」
アタシはしゃがんで目線を合わせて、デリボクの頭を撫でる。
バッグがキャンティのことを語っていたように、デリボクにとってもじっちゃんって呼んでる生産者は親みたいなもんだからな。少しでも安心させねえと。
「バッグが言ってるなら大丈夫だって。アタシもバッグからいろいろ教えてもらえたし、頼りになるヤツだぜ」
生産者を心配していたところを見られたのが恥ずかしかったのか、デリボクは、1つ目のカメラアイの視線を逸らしながら、バケツを差し出した。
「せ、せやユアちゃん、メンテナンスしといたらどうや?」
道具なら貸すで……? と見せたバケツの中身には、メンテナンス道具が入ってる。
「おうサンキュー! シャヴァルドにも渡してくるぜ!」
人間が爪を切ったりするように、アタシたちAIも動作不良を起こさないために定期的にメンテナンスをする必要がある。オイル差しとか簡単なものなら自分でメンテナンスできるプログラムが標準搭載されているんだよな。
アタシはデリボクからメンテナンス道具が入ったバケツを“ふたり分”受け取ると、玄関の扉へと向かう。
デリボクは「ワイは車のチェックしてくるから」と、ガレージに繋がっているであろう扉へと向かって行った。
外に出て、アタシは振り返ってコテージの屋根を見る。
その屋根には、シャヴァルドが立っていた。
相変わらず高いところにいるんだよな。コテージの中にも入りたがらないし……
でも、やっぱりほっとけないよな。
マスターよりも小さめの男の子って感じで、子守用AIとしてほっとけないってのもあるかも知れねえけど。
「なあシャヴァルド」
「……」
メンテナンス道具を見せると、シャヴァルドは無言でこちらを見て手を挙げる。パクパクと手を動かしているってことは……投げればいいのか?
その手に向かって-ドライバーを投げてみれば、バシッと気持ちいい音とともにシャヴァルドが受け止める。
「ナイスキャッチ!」
「……」
あ! ちょっと笑った!
アタシの声かけに、シャヴァルドは僅かに表情を緩めていた。ずっと無口だったから冷たい奴かなって思ってたけど、そうでもなさそうでちょっと安心した。
「それじゃあ他の道具もいくぜ!」
「……」
シャヴァルドがドライバーを仕舞ったのを確認してから、他の道具を次々と投げ渡す。マスターのお父さんに見られたら危険だってブチ切れられそうだけど、楽しさでついつい止まらなかった。
一通り渡し終えると、アタシは空になった箱をひっくり返して椅子代わりにして腰掛け、セルフメンテナンスを始めた。カチャ、カチャという音は上からも聞こえてきて、シャヴァルドもメンテナンスを始めたようだ。
「そういえばシャヴァルド、昨日から不思議だなーって思ったことあるんだけどよお」
「……」
関節にオイルを差しながら、アタシはふと口にする。
「アタシがマスターといたじだ……ゲフン、まだ人間がいた時代では無線でやり取り出来た……らしいんだけどよ、今の時代は無線が使えねえんだよなぁ」
危うく人間と暮らしていたことをカミングアウトしそうになって踏みとどまりつつも、アタシはシャヴァルドに尋ねてみた。
タバナクルとかの街へ通信が出来たらいろいろ便利なのになぁ。たとえば今の状況なら、アーモリーに襲われたって連絡すれば護衛増やしてもらえる可能性だってあるし。
「シャヴァルド、なぜ無線が使えないか知ってたりする?」
今、バッグは生産者の検査中だし、デリボクも生産者のことで心配しているからすぐには聞けそうにない。
喋ってくれるかなーって期待も込めて、シャヴァルドに聞いてみたんだ。まあ答えなかったら落ち着いた後でバッグに聞いてみるか……
「……無線を使えば、兵器が寄ってくる」
!
その声に、アタシは屋根を見上げる。
「兵器は、人間を呼吸で見分け、探し出した。AIは呼吸、しない。だけど、無線つかえば電波が飛んで、兵器が探知する。だから、寄ってくる」
シャヴァルドが……喋ってるッッ!!!
今まで喋らなかったあのシャヴァルドがッッッ!!
「シャヴァルドって……喋れるんだな!」
「喋れるよ、失礼な」
思わず嬉しくなって口から再生された言葉に、冷静なツッコミが入る。
その声はそろそろ声変わりするちょっと前ぐらいの少年らしい、聞き心地の良い落ち着いた声だ。まあアタシのマスターの方が美声だけどな!
「なあなあ、シャヴァルドって冒険機になった理由ってあるか? アタシは人間らしく生きるためだ!!」
その勢いでアタシが胸を張って宣言すると、シャヴァルドは首をかしげつつも口を開いた。
「……高いところに、上りたい」
……? 高い……ところ?
「オレは、とにかく、高いところ、上りたい。誰よりも、高く。いろんな意味で」
いろんな意味……?
そういえばシャヴァルドって地上に降りたがらないし、変わってるよなぁ……人のことは言えねえけど……
「なあ、なんでシャヴァルドって降りてこな」
「ッッッッ!!!!」
突然、シャヴァルドは鳥肌を立てるように目を見開いて背を伸ばした。
「え? あ、ご、ごめん!! なんか嫌な思い出とかあったか……?」
「……あ、や、ぜ、ぜんぜん。トラウマがあるとかは……違う」
なんだかシャヴァルド……怯えてる?
でも、嘘ついているわけではないっぽいんだよなぁ……
「あ、ユアちゃん。生産者が
なんて会話をしていたら、玄関の扉が開いてバッグが顔を覗いてきた。
「……なんでもねえ。今行く!」
アタシはメンテナンス道具を片付けて、バッグの元へと向かった。
「じゃあな! シャヴァルド!」
「……」
シャヴァルドは相変わらず無表情のまま、アタシに手を振って見送ってくれた。