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第20話 役立たずじゃない 


 アタシは背中で震えているものを背負い、森の中を進んでいた。


 さすがにシャヴァルドを背負ったまま岩壁を上ることは無理っぽいし、上に続く道を探すしかないんだけど……いくら歩いても木しか見えない。こういうのって、じっとした方が安全だったりするか……?


「ううう……ううう……」


 ……

 うーん、やっぱじっとするのはナシ。アタシが子守型だからってのもあるけど、早くシャヴァルドが飛べるようになってほしいな。あと立ち止まっている間にバッグやデリボクが襲われてないか心配だし。







「……ねえユア、置いていか……ない……よね……?」


 ずいぶん弱気になってるシャヴァルドが、ぼそっと呟いた。


「……お、置いて行かれたことがあるのか? シャヴァルド」

「うん……前に組んだ冒険機から……さすがに守り切れないって……タバナクルの冒険機宿に」


 あ、よかった。兵器がいる街の外に放置されたわけじゃなかった。


「……その人たちは、悪くない。オレが弱いんだもん……高いところにいないオレは……役立たずだよ……」

「ああ、ちゃんと危険なところには置いていこうとしないから、そいつらは悪くないぜ」


 ……アタシは、顔を前に向けてホッと安心する。





「でも、シャヴァルドは弱くねえよ?」




「……陽キャみたいな慰めのセリフ、別にいいから」

「陽キャ舐めんなって、アタシが陽キャかはよくわかんねえけど」


 たしか、マスターと暮らしていた時代でよく流行った言葉だったよな。

 陽キャの反対は陰キャだったっけ。ちょっと懐かしくなってきた。


「小学生の頃のマスターが言ってたんだ。勉強も運動もダメな友達が工作のコンクールで金賞取った時、すげえカッコよかったってな!」

「……」


 だからよ、とアタシは続ける。


「シャヴァルドが落ちた時はアタシやバッグががんばるからよ、アタシたちが届かない空はシャヴァルドに任せる! アタシたち、パーティーなんだからよ!」


 シャヴァルドはじっと聞いてたけど、怯えに呆れが加わった表情でため息の音を再生した。


「……水を刺すけど、いわゆる適材適所でしょ? 人間教の演説で散々聞いたありがちなテンプレ聞いたって……」

「テンプレ上等ッ! アタシたちAIの疑似人格もさ、人間のテンプレから学習したもんだぜ?」


 まだ納得しない様子のシャヴァルドを背負い直し、アタシは歩き出す。




「ほらほら、早くバッグのところにいかねえと活躍できるタイミング見逃してしまうぜ?」

「いや、オレ飛べないから活躍できないけど……ッ!?」




 アタシの右肩の負荷がかかる。

 シャヴァルドを見ると、残った右腕でアタシにしがみつく力を上げて、怯えた目で前をみていた。


 アタシも、正面をよくみれば……!




「……まじかよ」




 すぐにアタシは、背負ったシャヴァルドとともに木陰に身を滑り込ませた。









 その先に見えたのは……昨日の装甲車。


 そして、軍服姿の人型AIが……ふたり。


 そのうちのひとりは……昨日生産者のクレイドルを誘拐したAI……シャヴァルドが止めた装甲車から出てきた、アーモリーのAI拐いだった。




「あいつら、なにしてるの……?」

「わからねえ、こっちには気づいていないよな……」


 軍服を着たAIたちは、装甲車に向かって手を伸ばし頭に当ててる……いわゆる兵隊の敬礼のポーズだ。

 装甲車に誰か乗っている様子もない。なのになんで敬礼なんてしてるんだ……?


「というか、さっきオレすごく叫んでたような気がするんだけど……まず敵が近くにいるかもしれないところで叫ぶなんてダメだよねゴメン弱いやオレ」

「ああ落ち着け落ち着け……! 怖かったら叫んじゃっても仕方ねえよ……!」


 またカタカタしだしたシャヴァルドをあやしつつも、アタシは敬礼を続ける軍服たちを観察し続ける。




「――了解」




 ふたりの軍服のうち、昨日見かけなかった方が敬礼を解く。

 その頭は軍帽を被ったミツバチをモチーフとした装甲で、ハチのような形をしたカメラでもうひとりの軍服を睨む。


 もうひとりの軍服……昨日のAI攫いは敬礼を解くと足を肩幅に開き、なにかを受け入れるように頭を下げた。




「――え?」




 目の前で起きた光景に、アタシは思わず声を再生した。




 ミツバチの人型AIが、AI攫いの後頭部を掴み――


 蓋を開け、地面へと投げ捨てた。




生産者回収作戦の失敗先日の失態に続き、狙撃を外したことによるターゲットの捕獲も失敗……度重なる失態回数が上限を超えたことにより、貴様の廃棄処分が決定した。」


 さらけ出したAI攫いの電子頭脳に向かって、ミツバチ頭のAIが呟く。


「言い残すことは、ないか?」


 その言葉に、AI攫いは膝で地面に突き、自分の後頭部に自ら手を伸ばした。




「……未練は、ありません」




 その言葉に、恐怖はなかった。




「役立たずの電子頭脳が壊れても、この体は我が同胞の装甲、パーツ……そして武器となる……私という存在は、決して、役立たずではない!」




 喜んでいた。




「これで私の失態が無駄ではないというのならッ!! 無能な私がアーモリーに貢献できるというのならッッ!!! この身を捧げましょう!! 提供しましょうッッ!!!」




 ぶち。


 ぶちぶち。




 電子頭脳を掴むその手に力を込めるとともに、コードが千切れる音がする。


 AI攫いの目は負荷のノイズに覆い被され、ぐるぐると周りはじめる。




 その手はやがて、ベールを脱ぎ捨てるように大きく動かされた――!!












「アーモリーよッッ!! 永遠にいいいいいいいいいいいいいいいいイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」









 後頭部から、電流の花が咲く。




 コードは大きく引きちぎれて、電子頭脳が上空へと投げ出された。




 AI攫いだったその人の形をした機械は、空を仰ぐ。




 動くこともない笑顔のそれは、森の中で佇むシンボルとなった。




 それは、軍隊に忠誠を誓った兵士っていうよりも……


 神に選ばれ、喜んで命を捧げようとしているような……




 アタシがマスターと暮らしていた時代の映画で見たような、宗教的なイメージ。




 木の影から見ているアタシたちにとって、それは儀式の一幕のようだった。






「……」






 それをすぐ側で見守ってきたハチ頭の兵士は、


 腰からステッキのようなものを取り出して――









 木の影に隠れているアタシたちに、向けた。







「アッ!?」「ヒィッ!?」




 瞬間、周りの景色に、異変が起きる。




 木の揺れが、早くなった。




 さっきと同じだ。周りの景色が、早送りになっている……!




「……ハッキング」




 シャヴァルドが、声を出した。




「これは……“ハッキング”」

「ハッキング……?」




 アタシがそう聞き返した瞬間、










 装甲車付近にいたはずのミツバチ兵士が、アタシの目の前に立ってステッキの鋭利な先端を向けていた。

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