漆黒の回廊を駆ける九尾の姿は、もはや銀光そのものだった。
――元より速度に秀でた九尾だが、今のそれは、限界をも超えかねない気配を纏っていた。
かつて、ウェイスグロで名を馳せたIX級モンスター。
そして今、宮本と魂の契約を結び、現世に降り立ってからというもの――
連戦の戦いの中で、さらに進化を遂げつつあった。
とりわけ、「魂の監獄」に突入して以降。
幾多の死線を越える中で、九尾は己を鍛え続け、ついにはIX級の枠を越えんとする“気”をまとい始めていた。
契約の実――それは、モンスターと人間の間に築かれる最も深く、最も強固な絆。
今や九尾と宮本は、意識すら通わせる関係となっていた。
広間に近づくにつれ、九尾の胸中には焦りが募っていく。
(やばい……ご主人さま、ピンチっぽい……!)
(まだだ……まだ速く走れる、もっといける――!)
その瞬間、九尾の身に異変が起きた。
ルビーのようだった瞳が、金と銀、ふたつの光を宿し始める。
九本の白銀のしっぽは、金色に染まり、軌跡を流星のごとく宙に描いた。
――それは、X級モンスターへの進化の兆し。
――ドンッ!!
突進。
九尾の体当たりが、閉ざされた広間の扉を直撃する。
分厚いプラチナ製の扉に、ヒビがひと筋、音もなく走った。
ドンドンドンドンドン――ッ!
九尾の金銀の瞳が、猛るように輝く。
しっぽの先端から放たれた金色の閃光が、狂ったように扉を穿つ。
数秒のうちに、百を超える衝撃。
そのたびに、扉全体に蜘蛛の巣状の亀裂が広がっていった。
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一方その頃、広間の中では――
『神脈錯誤』によって宮本を支配下に置いた霊巫王が、勝者の笑みを浮かべ、彼に歩み寄っていた。
「……宮本。おまえには、実に驚かされたよ。
この“奥の手”を使わせたのは、貴様が初めてだ。惜しい男だ……だが、それもここまで。
安心しろ――すぐに仲間のもとに送ってやる。貴様と一緒にこの城に入った奴らも、皆殺しにしてな」
十三傀皇の視界を通じ、アリスたちの存在は既に彼の知るところとなっていた。
――だが、“仲間”という言葉に、宮本の肉体がピクリと反応する。
寸分も動かなかったはずのその体が、ごくわずかに揺れた。
霊巫王が一瞬怯んだ次の瞬間、六本の腕が、一斉に振り下ろされる。
ドカッ! ドカッ! ドカァッ!!
爆音と共に繰り返される連撃。
だが――
宮本は、倒れなかった。
その肉体は、なおも防御を保っている。破られていない。
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一方その頃、宮本の意識は封じられ、異様な夢の中に囚われていた。
それは、かつて見たバルトの“記憶の断片”。
そこには、バルトすら震え上がった存在――あの“テホムヘルシャー”の姿が、徐々に明確に浮かび上がっていた。
――レグニス・
美しき容貌、豪奢な衣装、そして目に浮かぶ、徹底的な蔑視――
少年のような姿ながら、その存在感は“神”と見紛う威圧感を放っていた。
記憶の中、あの美少年が指を一つ弾いた瞬間、バルトの肉体は半壊し、命からがら逃げ出すこととなる。
(神かよ恐ろしすぎるだろおいっ!)
(あんなのが現実に来てたら、ライーン会長でもワンパンじゃん……)
映像が切り替わる。
瀕死のバルトが、進化を遂げる場面――
人形になったその姿は、まさに今の“モンスター化した宮本”に酷似していた。
ただ一つ違ったのは――
彼の両手にあった、冷たい光を放つメリケンサック。
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――そのとき。
広間の扉に走った亀裂は、ついに限界へと達していた。
九尾が吠え、口から氷の矢を放つ!
「――ッ砕けろおおお!!」
重厚な扉が、爆ぜるように砕けた。
九尾は一瞬で中へと飛び込み、
――そこには、主である宮本がサンドバッグのように霊巫王にフルボッコされている姿が。
九尾の怒気、天を衝く。
(やったなコラァァ!! ご主人さまに手ぇ出すとか、ぜってー許さねぇ!!)
進化直後のテンションも相まって、九尾は勢いよく――いや、勢いだけで突っ込んでいった。
……が、その結果は。
バチンッ!
次の瞬間、九尾の巨体は、糸の切れた凧のように、霊巫王の一撃で吹っ飛ばされた。
「きゃぅぅぅぅぅっ!? い、いたいよぉ…ご、ご主人さまぁ……!」
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――その頃、異界の夢の中。
宮本は「なんで俺にはあのカッコいいメリケンサックがついてないんだ……」と首をかしげていた。
すると突然、耳元にどこかで聞き覚えのある泣き声が。
(えなんかバルトの記憶にキュウの泣き真似ボイス混じってない?)