この星の種族はそれを「お昼ごはんの時間」と呼ぶらしい。彼女――私を拾ったあの小さな少女――はその時間になると決まって両手を合わせ、呪文を唱える。
「いただきます」
少女が生活する居住施設はいくつかの空間に分かれている。中でも、いま彼女のいる「リビング」は広めの場所だ。
床面は、複雑な分子構造を持つ木材という物質。その上に設置された四つ足のモニュメントは少女が頻繁に座る「ソファ」と呼ばれる物体だ。これもまた木材で作られている。少女の前には長方形の「テーブル」という台座があり、この星の種族の食料が並べられていた。
外部とこの部屋とを隔てるのは「窓」と呼ばれる透明なガラス製の仕切りである。光や視覚情報はほぼそのまま透過している。仕切りの向こう側には、この惑星の植物種が植えられている。確か、少女はそれを「朝顔」と呼んでいた。
窓のすぐ近くには、透明なアクリルで作られた直方体の「虫籠」があり、その中に黒いガス状の小さな球体が浮かんでいる。言うまでもなく私だ。
「サンドイッチ」を口に運びながら、少女は私を見ている。
私は体を上下に動かす。口をもぐもぐと動かしたまま、少女の「メガネ」の奥にある瞳も上へ下へと移動した。
「Xも食べる?」
ひとかけらのサンドイッチが私の前に差し出された。私は、自らの内部に蓄えたエネルギーを少しばかり解放してやる。すると、この三次元世界の引力は微妙にねじれ、そして、少女が持っていたそれは見えない糸に引っ張られるようにふわりと宙に浮き、瞬く間に私の黒い球体の中心に向かって滑らかに吸い込まれていく。
「わあ!」
少女は目を輝かせ、弾かれたようにリビングから出ていった。その間、私の内部では今しがた吸収した物質の分析が行われている。炭水化物、グルテン、水分、脂質、アクチン、ミオシン、水分、脂質、リポタンパク質、リン脂質、コレステロール。無論、これらが私のエネルギー源となることはない。この星の物質は根本的に私という存在と次元が違うものなのである。
タッタッタと小さな足音が聞こえ、少女が戻ってきた。机の上には折り畳み型知識保管媒体、いわゆる「ノート」を広げ、食べかけていたサンドイッチには目もくれず、「鉛筆」を走らせた。
「Xがサンドイッチを食べた。食べるとき、Xの体は少しだけ大きくなって、それから、掃除機みたいサンドイッチを、吸い込んだ」
少女の様子は楽しそうである。なにがそんなに嬉しいのか私にはわからない。
「Xは、不思議なことだらけだ」
少女は私を不思議がっている。同時に、私もまた彼女という存在を不思議に思う。
少女は私を観察し、そして私も少女を観察する。歪む重力、宙に浮くサンドイッチ。転がっていく卵焼きの切れ端。それらの現象に向けられる少女の瞳。
――すなわち、これは相互的な観察日記である