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第41話

「あれ開きにくくなかった? あたしと萩森さんも開けようと思ったんだけど、諦めたんだよ」


「ええ! 何回も揺らしたり叩いたりしたのですが、如何せんわたくしでは力及ばず……何とかカナテコを隙間に差し込もうと四苦八苦しておりましたところ、中から開きました」


 いくら吸血鬼でもそこまでされたら昼間でも起きるということか、と乙女は考えていた。


『あいつ、じゃあ相当キレてんだろうなあ……』


 ミラが怒り心頭に発しているのは、想像に難くない。


 何とか自分が宥めるしかないか、と乙女が考えていると、階段の上方からぼぅっと何か光るモノが降りてくるのが見えた。おそらくミラが光球を従えて雅樂を追ってきているのだろう。


「マチナサイヨ~」


 ご丁寧に声色まで変えている。


 雅樂は、ミラの声を聞くと〝ヒッ〟と小さく声を上げた。


「おっ、おばおばおばっ……」


 慌てふためき、雅樂は屋敷の外に駆け出る。


「おい、落ち着けって……」


「あの~、なんか揉めとるんかにゃ~?」 


 上古の声の方に顔を向けてしまい、雅樂は目が点になった。


「ヒィーッ!」


 鳥の絞められるような声を残し、雅樂はその場で気絶してしまう。慌てて乙女は抱きかかえた。


「あれ、どうしたの、ちょっと……」


 ミラが追いついて来る。まだ明るいので、完全に建物の外には出てこない。


「おお、ちょうどいい」

「ンキャアアー!」 


 回向がミラの姿を認め声を発するのと、ミラが甲高い声を上げ、慌てて屋敷の中に戻ろうとするのが、ほぼ同時だった。


「おい、待てって」 


 乙女がミラの服の襟を引っ掴む。 


「熱いっ! 熱いからっ!」


 ミラの肌が日光に当たっていたらしく、バタバタと暴れた。乙女はミラに合わせ建物の中に入る。


「あいつらなんだかわかってんの、オトメ!」


 ミラは外にぼーっと立っている上古と回向を指差しながら言った。


「知らねー。教えてくれよ」

「え、えっと……に、人間じゃないのよ!」

「そんなの見りゃわかるよ。一方はデカい猫じゃん」


「あれ猫じゃないわ! あんな大きい猫いるわけないでしょ! ていうかもう一方の黒いのも人間じゃないから!」


「いや、だから何なの?」


 乙女が素朴に聞き返すと、ミラはグッと言葉に詰まった。


「よ、よくはわかんないんだけど……なんか、危ないモノ……」

「お前がいうのかよ」

「私なんか問題にならないの!」


「お嬢さんがた~。ちょっといいですかにゃ~」


 上古の呼びかけを聞くと、ミラは乙女を振り切って屋敷の奥に隠れてしまった。


「も~……。急いどるんにゃけどにゃ~」

「ちょうどいい。中で話そう」


 回向はくいっと顎で、待宵屋敷を示す。


「その倒れている娘も、中に寝かせておいたほうがいいだろう」


「まあ、外にほっぽっとくわけにもいかんしにゃあ……。あの妖の娘っ子捕まえるのもめんどくさそうにゃ」


「捕まえる必要はない。中で話していれば、おそらくどこかで隠れて聞いているだろう」


「あたしもそう思うよ」


 ミラは好奇心旺盛だから、多分このオッサンの言う通りだろうな、と何度も盗み聞きされているミラは思った。



「……茶とかいる?」


 管理人室に上古・回向を招き入れ、気絶している雅樂を寝袋の上に寝かせてから、乙女は訊ねてみる。


「いやいや! いやいやいや! お気遣いなく! ワシらすぐ帰りますよってにゃ」


 上古は肉球をこちらに見せながら手を振った。


「……厳密に言えば我らは、人間と会う時は歓待を受けることになっているが、今はかまわん。気にするな」


「ホントにいいのね?」


 何となく乙女は、回向の言葉の言外に何か含みを感じ聞き返したのだが〝うむ〟と短く答えただけだった。


「え~、乙女さんにおかれましては、新早薬子っちゅうクソア……もとい、えー、女性をご存じですかにゃ?」


 上古がたどたどしく語り始める。


「新早薬子? 休憩所の? 知ってるよ。同僚だもん」


「いやー。それは重畳ですにゃ! にゃあ回向?」


 上古は回向に振ったが、知らん顔している。


「お知り合いなら話は早いですにゃ! 実はその、この新早薬子なる輩、ちょっとマズいことをしようとしとるんですにゃが、これをちょっと乙女さんに止めていただきたいと……」


「別にそりゃ、話によってはいいよ」


「本当ですかにゃ?!」


 上古は飛び上がって全身で喜びを表した。


「いや、これで安心ですにゃ! もう八……いや、九割方は解決したようなもんですにゃ! お前もそう思うにゃ?」


 上古は呼びかけるが、やはり回向は知らぬ顔を通している。



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