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   第四十三話 知らない番号からの電話

 休日。陽介がひとりで出かけていて、紗希だけが家にいるときのことだった。

 朝、目が覚めてトーストと目玉焼きを作って食べていた時に、紗希のスマホに知らない番号から電話がかかってきたのだった。

 こんな時間から誰だろうと思いつつも、もし、仕事の電話だったらまずいと思い、その電話に出る。

 すると、華やかで、艶やかな女性の声が聞こえてきた。

「こんにちは。白石紗希さん。ああ……、まだ、おはようだったわね。どちらにしても、ごきげんよう」

「……どちら様ですか?」

 一応、聞くだけ聞いてみたが、相手はどう考えても……。

「あら、私よ。北条真弓。先日はプレゼント、受け取ってもらえなくて残念だったわ……。あなたに似合いそうなドレスだったのに。趣味ではないけれど」

「真弓さん、ですか。おはようございます。先日はどうも。でも、花嫁衣裳は、自分達で決めますので」

「あなたに、花嫁衣裳を着る資格があるとも、とても思えないのだけれどもね……。ああ、ごめんなさい。私、思ったことはつい言ってしまう癖があるの」

 それは嘘だろうと、紗希は即座に思った。

 そんなわかりやすいことをしていたら、ビジネスの場などで不利益な存在として扱われるはずだ。いや、プライベートに限ってのことだろうか。そう疑問に思いながら話を聞いていく。

「それで、何をおっしゃりたいんですか。あなたが陽介と一緒になりたいのなら、私ではなく陽介と話す方がよろしいのではないでしょうか」

「まあまあ、お互い女同士なんだから。わかりあえる話もあるはずよ? それにしても、ねえ。陽介とはどんなおままごとみたいな生活をしているの? あの人の本質はね、ナイフのように冷たくてね、鋭くて……。でもあなたにはそんなところ、見せていないみたいね。どういう風の吹き回しかしら」

「知りません。少なくとも、私が秘書になってからはずっとあの調子です。知らない陽介の話をされても困ります。それに本人がいないところで、そういう話をするのはどうかと思いますよ」

 紗希には真弓の考えが全く読めなかった。それよりも、早く朝ごはんを食べたいと思っている頭もあって、早く電話を切ってしまいたくて仕方がなかった。

 この電話、放っておくときっといつまでも長々と続く。

 そう思って、切り上げようと紗希は「あの、申し訳ないんですけど……」と言うと、真弓が「そういえば、もうすぐ陽介のお母さまのご命日ねぇ」と言った。

 あれ? と紗希は疑問に思う。

 陽介の母親は生きている。そのはずだ。なのに、なぜそんな命日などと、おふざけにしては度が過ぎることを言うのだろう。

 紗希は即座にもしかして……と思考があるところに行きつく。

 陽介の母親は二人いるんじゃないのだろうかと。

 生みの母親と、育ての母親。もしそうなら、しっくり来る。だが、もしそうならば、離婚歴のないはずの龍之介の子となった経緯は……。

 まさかのテレビドラマのような出来事が、本当にあったのではないかと紗希は酷く混乱した。

 確かに、長い歴史を築いてきた財閥なのだから、そのくらいあってもおかしくはないだろう。

 何らかの理由で、内縁の妻がいてもおかしくはない。それこそ、ドラマのように……。

「ぷっ」

 真弓は吹き出した。

「な、何がおかしいんですか」

「やぁねえ。本気にしちゃうなんて。そんなの嘘よ、嘘」

「……嘘? だとしたら、なんて酷い嘘を。人の生死に関わる嘘なんて、ついていいわけがない。私はそう思いますが」

「……だとしたら、人の生死に関わるであろう陽介の隣にいながら、何も知らずにのほほんと生きているあなただって、随分と罪深いと思うわ。違う?」

「え……?」

 真弓は紗希に「本当に業の深い女。一般人が陽介と釣り合うわけがないんだから、もう諦めなさい。その分、私が生活に関係するものを全て保障してあげるから」と優しい口調で言った。

 この女は何を言っているのだろう。そう思いながら悩んでいると、背後から陽介の声がした。

「紗希ー、ただいま! ……あれ? 紗希? 紗希ー? いるんでしょ?」

 そう言いながら、紗希のいる部屋に入ると、紗希が電話をしているのを見て、一瞬で「あ、ごめん。大事な電話中だった?」と小声で言った。

「……あーあ、陽介帰ってきちゃったんだ。また、連絡するから。その時は、もっと仲良くなりましょうね? 白石紗希さん」

 そう言って、真弓は一方的に電話をぶつりと切った。

「陽介……」

「……どうしたの。何があったの。今の電話の相手、ひょっとして」

「うん。真弓さん……。嘘なのか、本当なのかわからないことを言われてしまって。私、何を信じたらいいのかちょっと、わからなくなっちゃった」

 紗希はそう言ってから少しして、冷たくなったトーストをかじった。

 陽介は、その時、自分がどんな顔をしていたのかわからなかった。

 紗希もまた、陽介の顔を見られなかった。


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