翌朝俺は取り急ぎ、ヨソオイの記事をまとめ終えたので、音声で相談させて頂けないかという一文を付け加えて、倉田さんにメールを出しておいた。編集担当さんに相談をする時というのは、いつもドキドキする。
そわそわしながら、昼食時にナスの浅漬けをそれとなく出したが、岩屋は文句を言わなかった。食べなかったが。
「もうすぐゴールデンウィークだねぇ」
俺が皿を洗っていると、テーブルに肘を突いている岩屋が、窓の外を見ながら言った。
四月の末になって、ようやくこの土地は、桜が咲き始めた。
薄紅色の花は、山々と土手に咲いている。ただすこし、ピンクの色合いが違って見える。桜の種類が違うのだろう。
「そうだな」
「連休には一度――連休だからというよりも、一旦都内へ帰ろうか」
「え?」
俺は目を丸くした。
「……俺はここにいてもいいのか?」
「一人でいる度胸に感服するけれど、よくないね」
「でも」
「でも?」
「……ここに来る前に家を引き払ったから、帰る場所が……ネカフェ、あいてるかな……」
俺が思わず呟くと、岩屋が俺をまじまじと見た。
「もうすぐ僕の書いた告発記事が出るから、人気者の先生をヨソモノが追い出したと言われかねないと思ってね。ほとぼりが冷めるまでとは言わないけど、一ヶ月程度は僕は戻ろうかと思う。家ねぇ……まぁ、君さえ問題がないのなら、僕の家に泊めても構わないよ」
岩屋の言葉に、俺は目を見開き頷いた。
「確かにそうだな。それに……家……助かります……」
俺が素直に頭を下げると、岩屋が苦笑した。
「まぁ一応君は僕の助手だからね。助手の面倒くらいみないと」
「……そーかよ」
「今はそうかもしれないけど、昔は僕は、瀬崎くんが羨ましかったけどね」
「へ?」
「僕が業界に入るより、君の方が三ヶ月くらい早かったでしょ?」
「そうだったか?」
「うん。それで君が記事を書いている傍ら、僕は電話番をライターなのにやらされて。絶対に自分の方が面白いものが書けると僕は思ったけど、ちらっと読んでみたら中身も悪くなかった。殺意がわく瞬間だよね」
「……褒めてるのか?」
「まぁね」
クスクスと岩屋が笑っている。少し気恥ずかしくなりながら、俺は皿洗いを追えた。
その時スマホがなり、見れば倉田さんから連絡が着ていた。
「倉田さんだ、出てくる」
「いってらっしゃい」
岩屋に見送られて、俺は玄関から外に出て、桜の花を見ながら通話を開始した。
「もしもし、瀬崎です」
『ああ、瀬崎くん。コラムよかったよ』
「本当ですか?」
『うん。まずまず』
最高と言うことではないのだろうなと思ったが、それでも嬉しい。
『雑誌創刊前のWebサイトのコラムに掲載しようと考えてる』
「ありがとうございます!」
『創刊後も、雑誌とWeb媒体で単発の掲載や連載はあるから、原稿のストックを用意しておいて欲しい』
「はい!」
『報酬の件とか諸々はメールしておくけど、取材費とかもあるだろうから、お金の話はあとでまた』
「分かりました!」
倉田さんのところの大体の価格設定は分かるので、長い付き合いなのもあって、俺は頷いた。ここで事細かに詰める人も多いかも知れないが、俺はそちらより書いた者を世に出して欲しかった。やりがい搾取にのっかっていると言われてもおかしくないだろう。
『それと毎月占いを載せる予定だったんだけど、ライターが一人飛んだから、代わりに占星術やってくれない? 付け焼き刃でいいから』
「へ!?」
飛んだというのは、いなくなったということだ。音信不通などである。
『無理なら違う人に――』
「ど、どうにかします!」
『さすがだね、期待してるよ』
こうして通話は切れた。俺は一息つきながら画面を暫くの間みていた。
それから屋内に戻り、岩屋の前に座りなおす。すると岩屋が頬杖をついて俺を見た。
「仕事は決まったの?」
「おう」
俺は思わずにこっとしてしまった。
「ええとな、まずは――」
俺は仕事の内容をざっと語った。すると岩屋が小さく何度か頷いた。
「占いねぇ。僕はそういう非科学的な物は全く信じないんだけど」
「俺は売れないライターとして、あらゆるジャンルのコンテンツ記事も書いてきた。占いライターも経験がなくはない。とりあえず……大アルカナくらいならわかる」
「なんだい? それ」
「タロットだ。よし、ネットで購入!」
こうしてこの日は幸先の良い報せが舞い込んだのだった。
俺はスマホでそのまま、タロットカードを購入しようとして、岩屋を見た。
「お前の家に、タロットが届くようにしておいてもいいか?」
「構わないよ。僕のアカウントで僕が買っておくから、商品のURLを送って」
「悪い! 本当に助かる」
俺は岩屋に、マルセイユ版のタロットカードのURLを送った。それから、今日は人魚伝説を調べに、公民館へと行こうか考える。
「岩屋、俺は公民館に行ってくる」
「なんでまた?」
「図書室があるんだそうだ。調べごとだ」
「ふぅん。僕も行こうかな」
その後俺達は、二人で公民館へと行くことになった。