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2.残る問題とその答え

 話が一段落し、リビングは静かになった。

 テオとノイスちゃんの目的も分かった。それらについての話も一通り終わった。後はご自由にご歓談ください、という状態だ。何を話題にしたら良いか分からないけど。

 するならば百年分の世間話とかだろうか。適当に考えながらソファに背を沈める。


 あと残ってる問題は――僕の中に残っている奴だ。

 今現在、少なくとも三人が僕の中で存在を保っている。

 ノイスちゃんの話だと、僕が目を覚ました時点でほぼ失敗らしく、大きな影響を与える可能性は低いという。

 となると、あと一人。

 血が減って薄れたとはいえ、あいつは僕の中にまだ残っている。

 姿は影のようになっていたけど、僕の感情が落ち着いた気配がない。

 残された影響が大きすぎる。これはどうしたらいいのだろう……。


 ぼんやり考えていたら、テオの首が傾いた。

「何か悩みごと?」

「まあ、うん。色々頭の痛いことが続いててね」

 話してどうにかなることではないし、しきちゃんに承諾を得ないまま話すのもよくない。

 が。

「多分、ボクのせい、なんです……」

 彼女が静かに口にした。

「……?」

 テオが不思議そうな顔をする。

「ねえ、ウィル」

「むつき」

「ムツキ」

「良し」

「で。どうして彼女のせいなんだい?」

「それは……」

 と、しきちゃんに視線を向ける。彼女は「話していいです」と答えるように頷いた。


 だから僕は、二人に軽く説明をする。

 柿原に話した時のように、順を追って。

 夜の公園のこと。しきちゃんがこの家に住むようになった経緯。

 彼女の過去と、その血の呪いの事。

 それで。


「それで、感情が不安定になっててね。色々八つ当たりじみたことして……」

「それは血のせい、なんだろう?」

「多分ね」

「ああ。で、今はノイスが刺したからその呪いが薄れてる?」

「ついでに君らの魂も混ざったけどね。でも、そういうこと」

 話が早い、と僕は頷いて台所に置いてるペットボトルに視線を向ける。

「今、呪いの気配が薄いのは、物理的に血の量が減ったからだろうね。人間なら出血多量で死んでたところだよ」

「ウィルが吸血鬼で良かったね、ノイス」

 訂正は諦めた。

「……そうね」

 テオの言葉にノイスちゃんが少し残念そうに頷く。

「僕の身体は誰にも渡さないよ」

 僕はテオと向き合って、しきちゃんに言葉を向ける。

「うん。分かってる。俺もこの身体は不便だけど……進んで捨てる気はないんだ」

 テオも僕と向き合い、ノイスちゃんに言い聞かせるように頷いた。

「でも。お兄さ――」

「でも、テオ――」


 二人の言葉が重なって、ぴたりと止まった。


「うん?」

 僕とテオ、二人一緒に隣を向く。

「……先に言いなさいよ」

「いえ、先に、どうぞ」

 ぎこちなく先を譲り合う二人を、しばらく見守る。

「……分かったわよ。私が先に言うわ」

 根負けしたのはノイスちゃんだった。

「テオ。貴方、日本に来て何回その身体付け直したと思ってるの? そのままだと長く保たないわよ?」

「はは……そうだね。その時は。まあ。受け入れるよ」

「……っ! 馬鹿!? 馬鹿なの!? もう一度言うわ! 馬鹿なの、テオ!?」

 彼女は勢いよく立ち上がり、テオに向けて捲し立てた。胸ぐらを掴みそうな勢いだ。

「ノイス、落ち着い……」

「私は、わたしは……! テオに、一緒に居て欲しいから、一緒に居て嬉しかったから、身体を縫い合わせて、一緒に居て、ここまで着いて来てるのよ!? それなのに身体が朽ちてもいいですって? そうしたら……私――っ!」


 彼女の剣幕に思わずテオが黙る。

 僕としきちゃんも、彼女から視線を離せずにいた。

 その視線に気付いたのか、ノイスちゃんは「あ」と言うなり、不機嫌そうな顔でぽすんとソファに座り直す。が、その顔は真っ赤だ。色白だから、バラ色の頬という方が似合うかもしれない。


 テオに視線を向けると、彼は頷いた。

「ノイスはこんな感じで一緒に居てくれるんだ。俺は大した事できてないのに」


 彼女の顔が赤い理由を察しているのかいないのか。肩を竦めて笑った。


 テオは昔からこう言うヤツだ。

 人への気遣いはできるくせに、察しも良いくせに。

 こういう所は途端に鈍いから、誰にでも優しい。

 僕もそれに助けられてた側だから、気持ちは分かる。


「だって、テオは……私を見ても怖がらなかった、初めての人だもの」

「なるほど。そっか」

 テオが笑って彼女の頭をくしゃりと撫でると、彼女の空気が少し和らいだ。まあ、二人がいいならいいか。

「ありがとう、ノイス」

「いーえ」

 唇を尖らせて答えたノイスちゃんは、ちょっと拗ねたまま、視線をしきちゃんへ向けた。

「ほら、座敷童さん」

「え、ボク、ですか?」

「そーよ。ほら。私は言ったんだから、貴女も言いなさいよ」

 彼女の言葉に、しきちゃんは僕の方を向くように座り直す。

「えっと。あの。お兄さん」

「うん」

「お兄さんの中に居るあの人は……どうなっているのですか?」

 ここであいつの心配か、と少しもやっとしたのは見なかったことにして。そうだな、と答える。

「まだ僕の中に残ってるけど。血が減った分、存在は薄れてるかな。さっきも黒い影みたいになってたし。だから、今は前ほど辛くはないよ」

 しきちゃんはそうですか、と頷き。それから何か気付いたように瞬きをした。

「お兄さん」

「うん?」

「それは、血が足りないのではありませんか?」

「う」

 首を傾げた拍子にさらりと流れた髪の隙間から、とっくに消えたはずの傷が見えた気がした。反射的に目を逸らす。

「血は……うん。確かに欲しいけどね」

 君からもらうのはなんか罪悪感が。とは言えなかった。

 ダメだと考えるほど、さっき口にしてしまった味を思い出す。彼女の血が欲しくなる。湧いた衝動を押さえつける。

「まあ、どこかで適当に調達……」

 してこようと思う、と、ささやかな我慢を口にしている途中で。

「ウィルってさ。血は女性の方が好きだって言う割に、あんまり手を付けなかったよね」

 突然挟まれたテオの一言に、言葉も思考も止まった。

「え。そうなのですか?」

 しきちゃんがぱちりと瞬きをして問う。

「……テオ」

「うん?」

「そういう余計な情報漏らすのやめようか……?」

「え。彼女を安心させようと思ったのに」

「……そうだね。うん」

 色々遅いんだよ。と文句を言いたい衝動はグッと堪えた。


 彼女の血はとてもおいしいんだ。

 彼女の血に呪いがなければ。僕の中にあいつが居なければ。後でもらうと言ってしまいそうな位――と、ふと気付く。

「……いや、しきちゃんから僕に呪いが移ってるんなら」


 もしかしたら、彼女自身に呪いはほとんど残っていないのでは。

 僕の中からも気配が薄れた今。その壁はなくなったのでは?

 いやいや、彼女に負担をかけたくはないんだ。と、心の中で首を横に振る。


 僕が零した言葉に、しきちゃんは少し考えて、どうでしょう、と呟いた。

「ボクには、その感覚が分からないので……飲ませて良いのかも」

 分からなくて、と申し訳なさそうに視線を落とした。

 うん、飲ませる前提で話さないで欲しいかな。と、訂正を入れるより先に。

「ん? それなら大丈夫じゃないかな」

 そう言ったのはテオだった。

「どうして分かるのさ?」

「魂の匂いがね」

 そんなのまで分かるのか。どういう原理なのかちょっと気になる。

「よし、もうちょっと詳しく話してもらおうか」

「え。うん。いいけど……」

 そうしてテオは僕の魂の匂いについて、話し始めた。

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