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幻のニューネッシー②

トシキと吸血鬼の間に小さい人間がトコトコと歩いてやって来て、爪楊枝のような釣り竿で立ったまま釣りを始めた。身長は20cmにも満たないが、バーコード頭で白いタンクトップに黒い短パンを履いた、見まごうことなきおじさんだ。



トシキ「小さいおじさん……日本各地で目撃されてる、小さいおじさんだ!」



小さいおじさんは左隣で興奮しているトシキを見上げる。



おじさん「小さいおじさんやと?ワシが小さいんちゃう、お前らがデカいんや。街中を歩くとお前みたいな巨人ばっかで踏み潰されそうになって敵わんわ。もっと自重して生活せーや、このウスノロども」


トシキ「態度デカ!身長と比較して態度デカ!」


おじさん「おい少年、お前いくつや?」


トシキ「……17歳ですけど」


おじさん「17っちゅーことは、高2か。もうすぐ受験やないか」


トシキ「いや、まだ1年半以上ありますね」


おじさん「アホ!名門大に合格するようなヤツはもうとっくに受験対策を始めとる!こんな釣り堀で油売っとる場合ちゃうで!」


トシキ「はぁ……」


おじさん「ワシが高校生の頃は1年生のときから毎日5時間勉強しとったわ。それでも結局、4浪して合格できたのは3流大学。受験っちゅーのはな、それくらい厳しいんや……分かったらさっさと帰って英単語の1つでも覚えんかい!」



おじさんの説教に腹が立ったトシキは、右足でおじさんを池に向かって蹴り飛ばした。水に落ち、水面から顔を出してバシャバシャと水飛沫を上げながらもがくおじさん。



おじさん「何しくさるんじゃこのガキぃ!ワシは、ワシはもっと説教したいんや!説教してる間こそワシは輝けるんや!」



おじさんは、餌と勘違いしたこいの群れに飲み込まれた。


厄介者が消えたことに一安心し、トシキは池に垂らした釣り糸のほうへ目をやる。浮きのすぐ左隣、水中から女性が顔を出した。20代中盤くらいと思われる痩せた女性で、顔色は真っ白。体は濁った水中に沈んでおり、顔しか見えない。


トシキは釣り竿を持ったまま「うわぁ!」と声を出し、立ち上がった。



女性「ねぇ、しりとりしない?しりとり。私からね。じゃあ……『水死体』。はいキミの番。『水死体』の『い』だよ」


トシキ「……いや、やらないです」


女性「そう。それは残念ね。楽しいのに、しりとり」



女性は水中深くへと沈んでいった。



トシキ「何だあの人!?吸血鬼と小さいおじさんは何者か特定できたけど、あの女の人はわからん!幽霊なのか、池で潜水するのが趣味のしりとり好きな人間なのか、全くわからん!」



うろたえるトシキの視界の隅、空から降ってきた何かが池の中に落ちた。そして爆音とともに大きな水の柱を上げる。降ってきた何かは1つだけではなく、次々に池に飛び込み、水の柱をいくつも作った。


空を見上げるトシキ。雲の中から無数の手榴弾が雨のように降り注ぐ。



トシキ「これは怪雨かいう……ファフロツキーズか!?本来あり得ないものが空から降ってくる現象!でも手榴弾が降ってくるなんて聞いたことないぞ……まさか、ニューネッシーがシゲミちゃんの願いも叶えてしまったのか!?」



手榴弾はトシキの隣で釣りをしていたカズヒロ、サエ、シゲミたちに直撃し、爆発する。3人の体はバラバラになり、池へ落ちていった。



トシキ「なんてことだ……!ニューネッシーは……ニューネッシーは恐ろしいものだったんだぁぁぁ!」


???「……シキ……トシキ……おいトシキ」



誰かが自分を呼ぶ声が聞こえ、ふと我に返るトシキ。空から降ってきていた手榴弾は消え、ビールケースに座りながら釣りをしている。爆音も聞こえないし、水の柱も上がっていない。バラバラになったはずのシゲミたちも、隣で何事もなかったかのように座っている。



カズヒロ「おいトシキ聞こえてるかー?あと30分やって何も釣れなかったら帰ろうぜー」



呼んでいたのはカズヒロだった。トシキは「えっ、ああ、そうだね」と空返事をする。頭がぼーっとし、寝起きのような感覚に包まれるトシキ。右隣にいた吸血鬼もいなくなっている。さっきまで見ていたものは何だったのか、いまいちはっきりしない。目覚めた直後は覚えているけれど生活していくうちにだんだんと忘れてしまう夢のように、トシキの記憶が薄れていく。



サエ「本当に釣れるのかね〜、


カズヒロ「釣った人の願いが叶うんだろー?どうもウソくせぇよなー。そもそも鯉すら釣れねーし」


シゲミ「私が釣る。釣ったら新型の手榴弾をお願いする」


トシキ「……あれ?僕、何か釣らなかったっけ?」


サエ「誰も何も釣ってないよ〜。ウチら本当にツイてない」


トシキ「……そっか、釣ってないか。そんな気がしてきた」


カズヒロ「あと30分やってダメだったら、ウワサはガセだったってことで」


シゲミ「私は諦めない」



何か重要なことを忘れてしまったように感じるトシキだが、どうしても思い出せない。何か異様なことが起きていたような気もするが、勘違いだったようにも思える。


「忘れてしまったということは、大して重要なことではなかったのだろう」と思い直し、トシキは釣り糸を水面から上げる。釣り針に茶色い塊がついていた。



<幻のニューネッシー-完->

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