虫の大群を見たアヤコは、「きゃぁぁぁっ!」と悲鳴を上げながら教室の中央へと逃げる。見た目はアリのようだが、大きさはゴキブリくらいある虫の群れが床を這って広がる。
ノリチカ「ア、アヤコさん!つ、机の上に!」
ノリチカの指示に従い、アヤコは机の上に避難する。ノリチカも机の上に乗った。虫たちは「カネ、カネ、カネ」という無機質な鳴き声を発しながら、床を埋め尽くす。
アヤコ「何なのよこれぇぇぇっ!?」
ノリチカ「し、死ね害虫どもっ!」
ノリチカは床の虫に向かって包丁を投げつける。包丁が数匹を貫くが、虫の体は刃をすり抜け、活動を続ける。持っていた包丁全てを投げても結果は同じ。虫たちは変わらず「カネ、カネ、カネ」と鳴きながら、扉の隙間より侵入。その数はすでに万単位となっていた。まるで教室が浸水しているかのように、虫が何重にも重なって机の中程の高さまで群がる。
アヤコ「何とかしてぇぇぇっ!」
ノリチカ「こ、こうなったら仕方ない」
ノリチカはエナメルバッグからライターとカラースプレーの缶を取り出した。
アヤコ「ま、まさか……」
ノリチカ「そ、即席の火炎放射器です!」
アヤコ「バカじゃないの!?火事になって焼け死ぬわよ!」
ノリチカ「し、しかしどうすれば!?」
虫の群れは2人が乗る机の3cmほど下にまで迫っていた。
アヤコ「……シ、シゲミぃぃぃっ!助けてぇぇぇっ!」
アヤコが叫んだ直後、教室の前側の窓ガラスが割れ、外からシゲミが飛び込んできた。シゲミは空中で体を翻しながら両手に持った閃光手榴弾の安全ピンを口で抜き、虫の群れに向かって放り投げる。閃光手榴弾が炸裂し、強烈な光を放った。光が教室中を包む。あまりのまぶしさに目がくらみ、机から落下するアヤコとノリチカ。しかし床を覆い尽くしていた虫は1匹残らず消え去っていた。
教卓の上に着地するシゲミ。
シゲミ「弱い幽霊の群体。やはり閃光手榴弾の光エネルギーだけで駆除には充分だったようね」
シゲミはアヤコとノリチカのほうを向き「大丈夫?」と声をかける。2人は空気が抜けた風船のように、力なくその場に座り込んだ。
ノリチカ「た、助かりましたシゲミさん……」
シゲミ「ノリチカくんも来てたのね。アヤコちゃんのこと、気がかりだったんでしょ?」
ノリチカは無言でずれたメガネの位置を指で元に戻す。
シゲミ「恥ずかしがらなくてもいいのに」
アヤコ「それはそうとシゲミ!さっきの虫は何だったの!?」
シゲミ「お金を無心しようとアヤコちゃんにたかる人間たちから生まれた、
アヤコ「金食い虫……なるほど、じゃあ私が
立ち上がるアヤコ。ノリチカも立ち上がり、アヤコの目の前に回り込む。
ノリチカ「わ、悪いのはアヤコさんではありません!ア、アヤコさんのお金欲しさに近づいてくるヤツこそ悪です!ア、アヤコさんに非はありませんよ!」
アヤコ「ド変態ス……ノリチカ……」
シゲミは教卓から飛び降りる。
シゲミ「2人とも、もっと素直な心で生きて良いんじゃないかしら?人間関係をお金で買うなんて、アヤコちゃんにとって不本意なはず」
アヤコ「……」
シゲミ「ノリチカくんも、アヤコちゃんを好きだって気持ちを真っ直ぐに伝えたほうがいい」
ノリチカ「いや別に僕はそういうわけでは決してなくてですね……」
シゲミ「もちろん強要はしない。それじゃ素直な心で生きることにはならないから」
−−−−−−−−−−
2日後
向かい合って立つアヤコとノリチカ。ノリチカがアヤコのことを呼び出した。自分の気持ちを打ち明けるために。
ノリチカ「あ、あの……アヤコさん……その……僕……」
アヤコ「何?告白したいの?そのくせエナメルバッグなんてかけちゃって、逃げる気満々って感じね」
両の拳を強く握りしめるノリチカ。
ノリチカ「……いいえ!逃げません!僕はアヤコさんのことを1年生の頃からずっと好きでした!どうか、お付き合いしてください!」
ノリチカは深く頭を下げる。ノリチカのつむじを見ながら腕を組むアヤコ。
アヤコ「イヤよ。誰がアンタなんかと。そもそも私には学年ナンバーツーのイケメン、ソウタっていう彼氏がいるの!だから他の男とは付き合わない!」
頭を上げるノリチカ。その表情はアヤコの想像と異なり、微笑んでいる。
ノリチカ「ソウタ……ああ、この前アヤコさんにレンタル彼氏代を請求してた……」
ノリチカは肩にかけたエナメルバッグのチャックを開け、左手を突っ込む。
ノリチカ「コイツのことだよねぇ!?」
バッグから出したノリチカの手には、ソウタの頭が握られていた。首を斬り落とされ、傷口から血が滴っている。本来の甘いマスクは恐怖と苦痛で
アヤコ「きぃやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ノリチカ「さぁ!これでもう彼氏はいないから僕と付き合えるよねぇ!?こんな金にしか興味がない男はさっさと忘れて僕と付き合おうよ!心からアヤコさんを愛している僕とさぁ!あっはっはっはっはっはっはっ!」
<素直な心で-完->