3階にある病室の窓から飛び出したシゲミは、前転しながら病院の中庭に着地する。右手に手榴弾を握り、左脇にキアヌを抱えながら走り出した。
現在所持している手榴弾は、護身用にと祖母・ハルミから渡された1つのみ。この1つを包帯男の確実に当てなければ、シゲミに勝ち筋はない。
シゲミの後を追うように病室から飛び降りる包帯男。
包帯男「どぉするつもりかなぁ〜?このまま逃げ続けるのぉ〜?それとも手に持ってる爆弾で反撃するぅ〜?できるかなぁ〜?」
包帯男の声を無視し、シゲミは病院の1階廊下の窓ガラスを突き破る。左右に伸びる薄暗い廊下。患者が入院しているであろう病室はなく、診察室や検査室など夜間は無人だと思われる部屋のみ。なるべく犠牲者を出さずに包帯男を仕留めるにはこの廊下で待ち伏せするしかないとシゲミは悟る。
シゲミ「ヤツの隙を突いて確実に手榴弾を当てる……攻撃のチャンスは1回のみ……キアヌ、力を貸してくれるかしら?」
シゲミに抱えられたままキアヌは「ニャン」と短く鳴いた。
ゆっくりと中庭を歩く包帯男。シゲミが突入した廊下へ、窓ガラスをすり抜けながら入る。左側に5mほど離れて立つシゲミを発見した。
包帯男「あららぁ〜、もう見つけちゃったよぉ〜。ニャンコはどうしたのぉ〜?」
シゲミ「さぁ?どこかしら。でも、アナタにとってキアヌはどうでも良い存在でしょ?」
包帯男「まぁねぇ〜。俺っちは患者だけ殺せればそれで万事OKだからなぁ〜」
シゲミ「……アナタが30年ちまちまと患者を殺し続けても病院は存続してる。プランを変えたほうが良いんじゃない?」
包帯男「俺っちはもっと先を見据えてんのよぉ〜。1万年後、この病院は俺っちの手により確実に潰れているぅ〜」
シゲミ「そもそも人類が生きているのかしら?」
包帯男「ということで作戦を変える気なぁ〜し。お嬢ちゃんはどうするつもりぃ〜?観念するぅ〜?それとも戦うぅ〜?前者だとうれしいんだけどなぁ〜」
シゲミ「残念ながら後者よ。アナタのくだらない作戦の犠牲になるなんて死んでも御免だわ」
包帯男「死んでもってぇ〜、死んでくれたほうが俺っちにとっちゃありがたいんだけどなぁ〜〜〜っ!」
シゲミは右手に握った手榴弾の安全ピンを口に咥えて引き抜く。
シゲミ「パスするわよ」
シゲミは野球のアンダースローのフォームで包帯男へ手榴弾を投げつける。宙を舞う手榴弾。だが勢いがつき過ぎており爆発する前に包帯男の体を透過してしまう。
包帯男「コントロールは良いけど速球すぎるよぉ〜ん!球足が速けりゃいいってもんじゃなぁ〜いのさぁ〜」
シゲミ「アナタにパスしたんじゃないわ。ねぇ、キアヌ?」
包帯男の背後でキアヌが大きく跳躍。そしてバック宙をしながら後ろ足で、包帯男の体を透過した手榴弾を蹴り返した。振り向く包帯男の眼前に手榴弾が迫る。
包帯男「ニ、ニャンコぉぉ〜〜〜っ?!」
手榴弾が包帯男の至近距離で爆発。体をバラバラに吹き飛ばした。床に落下した包帯男の体が霧散していく。
シゲミ「アナタの敗因は30年以上もキアヌを
消えゆく包帯男の体を避けながらキアヌはシゲミの足にすり寄った。
シゲミ「良いリハビリになったわ」
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翌日 AM 10:05
ベッドに腰掛けるシゲミの太ももの上で丸くなるキアヌ。シゲミはキアヌの背中と長い尻尾をなでる。その様子をそばで立って見つめる女性看護師。
女性看護師「すごいわねぇ、シゲミちゃん。キアヌが病室に入ったのに無事退院できるなんて。私が知る限りでは初めてだわ」
シゲミ「キアヌは患者さんの死と関係なかったみたいです。でもいいんですか?この子、私がもらっちゃって」
女性看護師「いいのよ。元の飼い主だった先代の院長はとっくに亡くなってて、キアヌは誰の飼い猫でもない。それにシゲミちゃんにものすごく懐いてるみたいだし」
キアヌが大きなあくびをする。
シゲミ「準備をして1時間後には退院します。今までお世話になりました」
女性看護師「お大事に。帰り際、一度ナースステーションに寄ってね」
女性看護師はスライド式の扉を開け、病室を後にした。視線を下げ、キアヌを見つめるシゲミ。
シゲミ「もう隠さなくていいわよ」
キアヌはシゲミの太ももの上に立つと、ブルルと全身を震わせる。その勢いで、キアヌのモフモフと太くて長い尻尾が縦に割れた。
シゲミ「長生きした猫の尻尾は2つに分かれ、妖怪・
シゲミの顔を見ながら「ニャオ」と鳴くキアヌ。
シゲミ「ウチの家族は怪異を暗殺してるけど、依頼がなければ何もしない。それにアナタは良い子だからきっと快く迎えてくれるはずよ」
キアヌはもう一度大きなあくびをし、
シゲミ「これからよろしく」
<死を告げる猫-完->