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先生を仲間にしよう②

PM 10:06

店舗ビルの最上階、8階でエレベーターを降りるシゲミ、皮崎かわさき、フミヤ、コズエ。エレベーターを降りてすぐ、大学受験専門予備校・寒部利かんぶりゼミナールの受付ロビーが広がっていた。


照明は全て消えておりフロア全体が薄暗い。シゲミは左肩にかけたスクールバッグから懐中電灯を取り出し、点灯した。



シゲミ「今日は営業時間を短縮してもらったから、職員や生徒はいないはず。もし私たち以外に誰かいたとしたら、それが怪異よ」


フミヤ「ターゲットはどんな怪異なんだ?容姿とか特徴とかがわかってたほうが仕留めやすいだろう?」


シゲミ「目撃証言はない。でも最近、明らかに職員や生徒の様子がおかしいみたい。講師は授業を放棄。生徒も誰一人として授業を聞いてないらしい。例外なく全員」


フミヤ「寒部利ゼミナールは進学実績が高く、受験に意欲的な高校生や浪人生が通ってると聞く。異常事態だな」


シゲミ「そう。そこで運営元は怪異の仕業である可能性を考えて私に依頼してきた」


コズエ「単にモチベが下がってるだけじゃないっすか?」


皮崎「受験は長期戦ですからね。集中力を維持するのは容易なことではありません。でもお金をもらって働いてるはずの講師や職員まで仕事を放棄しているのは妙ですよ」


シゲミ「人のやる気を奪う怪異……そいうい類いの何かがこの予備校に潜んでいるかもしれない。私ならこのフロアごと吹き飛ばして終わりだけど、依頼人からは『物品は絶対に破損させないでくれ』と言われている」


フミヤ「だから協力者が必要だったのか。爆弾なんて被害が大きくなるものを使ってるからこうやって対処できない案件が出てくるんだ。少しは反省したたまえ」


シゲミ「しない」



シゲミを先頭にコズエ、皮崎、フミヤの順で受付ロビーを抜け、講義室のほうへと歩き出した。


複数ある講義室を1つずつ確認していくシゲミたち。2つ目の講義室の中を覗き、廊下に出た直後、どこからか機械のモーター音が鳴り出した。



コズエ「……何の音っすかね?」


フミヤ「エアコンか?」


皮崎「おそらく掃除機ですね。私が自宅で使っているものと音が似ています」



シゲミたちは音のするほうへ進む。音はロビーから入って5つ目の講義室の中から響いていた。扉を開けて入室する4人。奥行きが15mほどある縦長の部屋で、机が10列並んでいる。左側はガラス張りになっており、月明かりが差し込む。


講義室の最奥、黒板の前で青い作業着を着た中年女性が床に掃除機をかけていた。



シゲミ「アレが怪異ね」


フミヤ「コズエさん、間違いないか?」


コズエ「十中八九。あの清掃員から邪気を感じます」



中年女性は掃除機のスイッチを切り、シゲミたちのほうを向く。



中年女性「アンタたち、見ない顔だね。ここの生徒じゃないだろ?」


シゲミ「ええ。私たちは」


フミヤ「お前を駆除しに来た!観念しろ、妖怪・クリーニングババア」



シゲミの言葉を奪った上、怪異に勝手に名前をつけたフミヤを一瞥するシゲミ、コズエ、皮崎。



中年女性「アタシを駆除ぉ?ずいぶんとやる気に満ちてるみたいだねぇ」


フミヤ「もちろんだ。お前をこの世から消し去り、我々生徒会の功績とする」


中年女性「いいよぉ……アンタたちみたいなやる気のある人間がアタシは大好きなんだ」


フミヤ「コズエさん!やれ!」



コズエはスカートの右ポケットに手を入れ、長方形の紙を3枚取り出した。墨で呪文のようなものが書かれている。紙を中年女性に向かって投げつけるコズエ。



コズエ「除霊の御符ごふ!さらに臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」



コズエは素早く両手で印を組む。一方、中年女性は掃除機のホースと延長管を持ち上げ、スイッチを入れた。コズエが投げた御符は掃除機に吸い込まれる。



中年女性「微温ぬるいわ!」


コズエ「そんな!?」



中年女性は掃除機の吸引力を最大まで高める。教室中の机が音を立てて振動するほどの勢いで、掃除機へ引きつけられるように風が吹いた。室内では考えられないほどの強風だが、立っていられないほどではない。ましてシゲミたちが掃除機に吸い込まれるほどの勢いでもない。



フミヤ「ふははははっ!その程度の吸引力じゃアリを吸い込むのがせいぜいだ!コズエさん、除霊を続けろ!」



突如コズエが両膝をつき、尻を高く上げたまま上半身を床に伏せる。



フミヤ「どうした!?」


コズエ「会長ぉ〜、もうどうでもよくないっすかぁ〜?ほっときましょうよぉ〜」


フミヤ「何を言っている!?多少効かなかったくらいでめげるな!第2、第3の手を……」



コズエに続いて床に腰を下ろすフミヤ。



フミヤ「と思ったけど、そんなに頑張らなくていいよコズエさぁん。早く帰ってポテトサラダ食べたぁい」


皮崎「2人と……も……」


シゲミ「まずいわね」



皮崎とシゲミも床に膝をつく。戦意を失った4人を見て「だはははははっ!」と笑う中年女性。



中年女性「この掃除機は人間のやる気を吸い込む!生きてた頃からここで清掃員をしていたアタシの唯一の楽しみは、受験に失敗したガキの落胆した顔と、ガキを合格させられなくて上司に叱られる講師のマヌケ面を拝むことだった!訳あって死んだアタシだが、おかげで自分から他人のやる気を奪う手段を得た!これでガキどもの受験の結末も、講師どものキャリアもアタシの思うがままってわけさ!だはははははっ!」


皮崎「はぁ……私、仕事をした後に何で幽霊退治なんてやってるのかしら……頑張りすぎじゃない?」


シゲミ「もう何もできない……殺し屋は引退しよう」



シゲミはうつ伏せに、皮崎は仰向けに倒れた。

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