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第八話

 礼安は入城した後、そのキャメロット内の散策へと繰り出す。

 どこを見ても、超高層ビルと特殊な浮遊する乗り物で移動する半機械の人間ばかり。現代技術に存在する、宙を浮くスケートボードなど鼻で笑えるほど。そのため、デバイスドライバーを起動させていない今、人の肌を十全に残した生身の状態であるため、特段周りから浮いている。

「まだ体を機械化してない人がいるわ……田舎の人かしら」

「何か変なベルトを着けているぞ……新手のコスプレか?」

「服もみすぼらしい……今はマシンスーツが当たり前の中で……苦労しているのかしらねえ」

 このように、口々に礼安を案じる周りの声があるものの、礼安は気に留めることなくある目的地へと足早に向かう。

 ある程度治安が安定しているキャメロットでも、そうでない区画は確かに存在する。日の当たる場所があれば、日陰になる場所も当然生まれる。

 礼安は、自ら進んで裏路地へと向かったのだ。

 今までの目線は、礼安を憐れむものがほとんどであったが、今向けられるものは明確な殺意や品定めの意が強い。

 選抜大会に出場するためには、各地で行われる選抜予選大会に出場する必要がある。現在開催されている唯一の大会かつ、力を高めるうえで有用な大会こそ、裏路地の地下に存在するスタジアムにて開催される、ルール無用の殺し合いを行う『ドブネズミたちの楽園アンダー・グラウンド』である。

 『ドブネズミたちの楽園』の特徴は、何といっても他の選抜大会は違う、バトルロイヤル方式であるということ。健全かつ一般的な選抜大会のほとんどはトーナメント方式が採用されている中、この大会を見る質の悪い富豪向けに、手っ取り早く実力者たちの戦いを見せるためにバトルロイヤル方式を採用している、らしい。

 それに、この世界は俗に言う『死にゲー』の世界。あらゆる概念が、プレイヤーである礼安を殺しにかかる。ここの参加者であるならず者たちも、一切容赦なく殺しにかかってくるだろう。

 礼安は早々に、かなりの大きさである裏闘技場にて受付を済ませる。周りを見渡せば、裏の世界で鍛え上げられた筋骨隆々の男たちばかり。今まで拳ですべての物事を解決してきたような、よく言えば力自慢、極端に悪く言うなら筋肉馬鹿ばかりがそろい踏みである。

 そんな中、一人の男が受付を終えたばかりの礼安の前に立ちはだかる。

 他の男たちに見劣りしないほどの、さながらボディビルダーのような体形に、背には二メートルほどの片刃の大剣を背負う、いかにもと言った風貌の猛者であった。だが鎧は割と軽装備であり、体に傷跡は無い。軽装備でいられるほど剣の腕が立った男、ということが理解できる。

 しかし、他の男たちとは大きく異なる点があった。それは、敵意の類を一切感じない部分にあった。常人であれば押しつぶされるような重圧、気圧されるほどの殺気、辺りに誰も寄らせないための特有のオーラ……そういったマイナスの圧を一切感じないのである。

 そんな男は重苦しい空気の中、その空気感を打ち破るほど、とても気さくに礼安に話しかける。

「やあお嬢さん、一体全体どうして、こんなむさ苦しいところを選んだんだい? 他の大会のほうが、幾分健全な気はするけど……」

「いやまあ、ここしか大会が無かったというか……」

 多少戸惑う礼安の耳元で、男は耳打ちをする。

(――近くに僕の待機個室がある。付いてきてもらえるかな)

 礼安は不審がるも、男は「この通り」と言ってウインクし手を合わせる。

 悪い予感は感じ取りこそしなかったため、礼安は男についていくことにした。


 必要最低限のものしかない、さっぱりとした男の待機個室。男の個室とは思えないほど不快なにおいもせず理路整然としており、とても感心する礼安。なお、仙台の部屋の惨状は一切考えないあたり、何とも言えない。

「ふう、とりあえずはこれで大丈夫……かな」

 男は個室に鍵をかけ、礼安に大きめのソファに座るよう促す。

 訳もよく分からないまま礼安は座り、男に対して質問する。

「あの……貴方は一体――?」

「ああ、この見た目じゃあよく分からないよね。ちょちょい、と」

 男は、どこかから取り出したのか分からないデバイスを取り出し、軽くいじる。すると、筋骨隆々の男はみるみる変貌していき、見知った男の姿に変わる。この修行場を提供した、丙良であった。軽装備云々を取り払った、彼のカジュアルな私服そのままであった。

「やあ、あまりにも後輩ちゃんが心配になって、このゲームのアバター引っ提げてやってきたよ」

「そんな、心配しなくても大丈夫だったのに丙良ししょー……」

「敬語は使わなくても……ってまあいいか、些細なことだし……と言うかそれ以前にもう敬語じゃあないし……」

 丙良は後輩のそんな態度に軽く落ち込みつつ、少し小さめのテーブルに温かいココア入りのマグを置く。

 どかりと深く座り込む丙良。その表情はあまり良いものではなかった。

 心配になった礼安は、ひとつの不安がよぎる。それは大切な親友の身に何かあったか、ということ。

 しかし、丙良はエスパーかの如く、「ああ、あの娘のことじゃあないよ」と文頭に置く。

「まず、二つの報告がある。一つは嬉しいもの、一つは重大かつ深刻なものだ。どっちから聞きたいかい?」

 礼安は首を傾げつつ、「深刻な方で」と答える。

「――――端的に言おう。この間襲ってきた奴等の仲間……組織名を『教会』って言うんだけど、このゲームの根幹をバグ塗れにして、馬鹿みたいに強力な助っ人を用意して後輩ちゃんを殺しにかかってる。何なら、バグを悪用して少しでも五体満足に出られないよう、あらゆる策を講じるだろうね」

 一気に礼安の表情が険しくなる。

「死にゲーなんて目じゃない、デスゲームそのものみたいな状況になった。直そうにも、外からも中からもアクセスすらできない最悪の状況だ。今なら僕の特別なアカウントの権限で、このゲームから強制ログアウトできる。どうする?」

 丙良の深刻な表情に、礼安は一瞬考えるも、すぐにニッと笑って答える。

「なおさら、そいつ倒さなきゃいけないよ。だって、このバージョンの物は将来一般に流通するし、何より間接的に直せないバグなら、私が倒して根絶するしかないよ! しかも、それが私を狙ってるならなおさら、やらなきゃあいけないよ!」

 丙良はそんな礼安を見て、安心していた。いつになっても爛々と輝き続ける目は、見るものに希望を与える。少しばかりの狂気に身を浸らせた、万人を守ろうとする意志のこもったお人よし。それは紛れもなく、彼女にふさわしい。

 目の前の後輩に対して、自身の命を軽視しているあまり、自ら決死隊のような行動をとるのではないかと、うっすら心配していた。

 しかし、今彼が目にしている将来の後輩の姿は、彼自身が幼いころから憧れていた『原初の英雄』の姿に、不思議と重なっていた。

「――――このゲーム内で過ごした数日の間に、後輩ちゃんはずいぶんと逞しくなったようだね。悪い、愚問だったよ」

 そういう丙良の表情は、靄が晴れたように微笑んでいた。

 そんな丙良を見て、はっと気づいた様子の礼安が、「そういえば」と区切る。

「もう一つのいい報告って……いったい?」

「ああ、それね」

 丙良はそう言うと、デバイスを操作してひとつのアイテムを顕現させる。

 礼安は、そのアイテムを手に取る。

 ぱっと見は、オリンピックの表彰台でよく見るような、程よい大きさのメダルであった。デザインとしては真ん中に弓のデザイン、二人の女性がその弓を挟む形で施されている。

「これ、エヴァちゃんからの差し入れ。後輩ちゃんにまつわるものだって話は貰ったけど、詳しいことは分からないんだ……エヴァちゃんの勘づいている様子だと聖遺物っぽいんだけどねえ」

 礼安はよくわからないといった様子で、そのメダルを受け取る。

 以降、にこやかな笑顔を向けるばかりで何も語らない丙良に対し、礼安はぽつりと呟く。

「――いい報告、悪い報告に比べてしょぼい……」

 無自覚かつ強烈、そして無慈悲なストレートが、丙良の心に突き刺さった。


 『ドブネズミたちの楽園』の準備のため、二人は会場入りする。無論丙良は大本のアバターの見た目に戻った上で。多くの荒くれ者でごった返す一階観客席に、誰の邪魔も入らないであろう高い位置に設計された、VIP専用の十階観客席。

 ふとリングに視点を移せば、側にいるのはぶりんぶりんの装飾品をつけたラッパーのような実況者がいた。周りの男たちに比べると、だいぶ見劣りする貧相さではあったが、装飾品でマイナスをプラスまでもっていくほど派手であった。

 その男は、参加者が全員会場入りしたのを確認した瞬間、今まで静かだったその男は、観客や参加者たちを火に油を注ぐよう煽り立てる。

「やあやあお待たせしちゃったね!! いよいよ始まるよ、どん底から円卓の騎士の座を分捕るために命を散らしあう、究極のサバイバル!! 己の名誉を賭けた、『ドブネズミたちの楽園』の開幕だァッ!!!!」

 MC業が非常にこなれていたためか、会場の熱が零下から灼熱、一気に上昇した。

「それじゃあ今回の舞台を発表しちゃおう!! 今回の舞台は……この『パッチワーク・シティ』だ!!」

 近世のロンドンと言わんばかりの、レンガ造りかつ二階建ての物件が多く立ち並ぶ『霧満ちるミストロンドン』。

 現代の超高層ビルが乱立し、エリア中央にはエンパイア・ステート・ビルが聳え立つ『現代いまを生きるアメリカ』。

 見渡す限りの更地に巨大な岩、活発な活火山すら存在する『万物すべてが生まれし古代』。

 それこそが三つの世界が歪に組み合わさった、『パッチワーク・シティ』である。

 しかし、燃え上がる会場の雰囲気とは真逆に、礼安には懸念点があった。それは、パッチワーク・シティが人ひとり入ることができないほど、『小さい』点にあった。軽く見積もって、長さ一メートルに幅一メートル、高さ一メートルの立方体。

 屈強な騎士志望の男たちは、どう足掻こうともバトルフィールドが大きな臀部の下敷きになる。

 表情からダイレクトに伝わるほど、心配そうであった礼安の肩をぽんと優しく叩く丙良。

「大丈夫、このゲーム世界は『何でもあり』だ。神に等しい力が欲しい、なんてことは無理だけど、体を縮めることくらいなら余裕さ」

 そう丙良が諭すと、周りの屈強な男たちは皆、デバイスを操作して次々にパッチワーク・シティの中へ入っていく。体躯が少し小さめのプラモデルほどの大きさになり、環境へ適応していく。

 礼安たちもデバイスを操作して、パッチワーク・シティの中へ進入する。二人にとって最悪の、バトルロイヤルの開幕であった。


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