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第十話

 『現代を生きるアメリカ』エリア。

 そこにあったのは、参加者たちの戦いの現場――ではなく、信号機や街灯、ビルの壁に参加者たちの死体が打ち付けられていた。それもすべて、仮称『バーサク』の破壊衝動のままに暴れまわった結果である。

 今もなお、現在進行形で暴れまわり、参加者を蹂躙していた。

 しかし、されたままでは終われないと、一人の男が剣を持ち立ちはだかった。

 他の男たちを凌駕するほどの体躯を、持ち合わせているわけではない。

 他の男たちを嘲笑できるほどの経歴を、持ち合わせているわけでもない。

 しかし、その男には他の男たちにはない身軽さがあった。頭脳があった。

 死体が握りしめていたもう一つの剣を合わせ、二刀流で対峙する。これといった構えは無くとも、即座に対応する動体視力でどうにかしようという魂胆であった。

 仮称『バーサク』は、眼前の男を見下す。取るに足らない存在だと、心の中でも見下していた。

 道端に落ちているような小石を、軽く蹴り飛ばすかのような気軽さで。

 仮称『バーサク』は、男の頭目掛け、目で追えない速度の蹴りを放つ。

 頭で理解、伝達するより先に、男が一対の剣でその蹴りを防ぐ。

 その蹴りの勢いを殺すことが叶わず、ビルのガラスに思い切り叩きつけられる。

 TNT爆薬でも使ったのかというレベルの轟音に、ガラスの破片が、舞い散る桜の花弁のようにあたりに飛び散った。

 すんでのところで何とか防御したために、剣を持つ両腕が悲鳴を上げていた。

 男は、化け物の前に立ちはだかったことをとても後悔した。死を目の前にした人間は、心の弱さが露呈するもの。すでに、化け物に立ち向かえるほどの気力は失っていた。

 だが、死体のひとつと眼があってしまった。この世のものとは思えない化け物に、痛みや絶望を理解する間もなく死んでしまった男の目から、血涙ではない、純粋な涙が流れ出ていたのだ。

 瞬間、男は自身の中にあった恐怖心や絶望をかなぐり捨てた。

 ガラスの破片によって、そして化け物に痛めつけられた肉体を奮い立たせ、震えながらもゆっくりと起こす。

 ぱきり、ぱきりとガラスを踏みしめながら、彼は一歩ずつ、着実に化け物へと向かっていく。

 正直、周りの男たちに対し、特別な感情は一切持ち合わせていない。

 ただ、許せなかったのだ。それぞれが多種多様な夢のために戦っていたのにもかかわらず、どこからともなく現れた化け物に全てを奪われる、そんな傲慢がただひたすらに許せなかったのだ。

 彼は、一人の主人公という主役を引き立たせるために生まれた、意志を持たない、所謂NPCノンプレイアブル・キャラクター。それでも、プログラミングされたもの以外に、新しく芽生えたこの感情エラーが、彼を突如AIをシンギュラリティ、一つの到達点へと導いたのだ。

「お前だけは……お前だけはッ!!」

 片足に全身全霊の力を込め、一気に踏み込んで化け物に近づく。

 その勢いのまま、一対の剣を心臓部に深く突き刺す。しかし手ごたえなど、無いに等しかった。

 仮称『バーサク』は、何食わぬ顔で彼を見下し、首を荒々しく掴む。

(そうか、俺はやっぱり駄目だったか。でも一矢、報いることができたなら)

 彼の中にあったのは、決して諦めではなかった。

 自分が起こした風が、少しでもあの化け物の障害となれたなら。

 誰か、この化け物を超えるための架け橋の一部となれたなら。

 胸の内に生まれていたのは、一筋の光であったのだ。まず生まれるイフすら存在しないはずの、感情エラーであったのだ。

(誰か、この得体のしれない化け物を、超えてくれ――――)

 彼は、一筋の涙を流し、いつか現れるかもしれない、英雄を願った。

 そんな、勇敢な彼の意志の力ゆえか。もしくは、運命の女神がNPCである彼の願いを聞き届けたか。

 空から、一閃。得体のしれない人間が三人、とてつもないスピードで落下してきたのだ。

 化け物の心臓部に目掛けて、猛スピードの飛び蹴り。心臓部に突き刺した一対の剣を、確かなダメージに変換する。

 化け物の握力が緩み、男は地面に落下する。そして、目撃する。

 仮称『バーサク』に対し、一傷負わせたのは。

「誰かの『助けて』って声が、今、確かに聞こえたよ!!」

 子供と青年を引き連れた、溌溂な笑みを浮かべ綺麗に着地した一人の少女ヒーローであった。


 礼安たちは、現場の惨劇を目の当たりにして、眼前の化け物、仮称『バーサク』がすべて殺したのだと察した。

 丙良はデバイスを操作して、対象にカメラを向ける。

「――間違いない、こいつがバグそのものだ。装甲、というか表皮も中々の硬度。まるで鉱石のようだ」

 覚悟した表情の礼安は、黙って頷く。

「僕たちは、辺りの被害者を安全な所へ逃がす。――ほぼ死んでいるようだから意味は無いかもしれないけど、こんなところで建物にぺしゃんこにされて完全に終わり……なんて、させたくない」

 行こう、とモードレッドに促して、死体や生存者を安全な所へ避難させ始めた。

 礼安とバーサクのみ、一対一の戦いの舞台に仕上げる。

 バーサクは、眼前の礼安に対して野性的な敵意をむき出しにしていた。今までなんてことはない痛みだったはずの心臓部が、全脳内神経が痛覚を主張している。

 もとより、礼安たちを抹殺するための悪質なバグであったため、一定値定められた殺意のラインこそあれど、今は殺意がオーバーフロウ状態にある。

 目は血走り、血管は蠢き、筋肉は躍動する。心の底からの純粋な殺意が、体中からあふれ出し、今にも辺りを圧し潰さんばかりのプレッシャーで場が満ちる。

 それでも礼安は、不敵な笑みを絶やすことは無かった。

「確かに、貴方にも『精一杯生きたい』とか、『自分の欲を満たしたい』とか……それが生きる糧になっているのは分かるよ。でもね」

 すう、と礼安は一息吸って、今までの不敵な笑みから、明らかな怒りの感情へシフトする。

「歪んだ欲を満たすために、誰かを傷つけるなんて、私は絶対許せない!!」

 瞬時にデバイスを腰に装着する礼安。

 すると、ポケットに入れておいたはずの、あのメダルが煌々と光り始める。礼安はある確信を持ち、メダルを前方に掲げる。

 ほんの一瞬で、その光は圧を増し、やがて礼安の手には一枚のヒーローライセンスが握られる。

 礼安は出来たばかりのライセンスをデバイスドライバーに認証させる。

『認証、トリスタンと二人のイゾルデ! 二人の同名女性から迫られる、ハープと戦いの腕が立つ一人の騎士の、モテモテ珍道中ロード!』

 礼安は少し不安になりながらも、認証、挿入しデバイスドライバーの右側を押し、起動させる。

『GAME START! Im a SUPER HERO!!』

「変身!」

 割と喧しい音は健在なまま、装甲が礼安を包み込んでいく。

 左肩を覆っていた青のマントはそのままに、右半身を中心に展開されていく、ポップな西洋の鎧。小さな王冠は無く、その代わりとしてなのか、大きな堅琴を手に持っている。

 今までと異なる点はそれだけではない。華美なドレスを纏った、二人の女性の霊体が、礼安の側にピッタリとくっついているのだ。霊体に関しては、装甲とはとても言えないのだが、第三者に対しての敵意をむき出しにしているのが、何とも。

 何とも動きづらそうにしていた礼安をよそに、金髪の霊体、『キン』が礼安に激しいボディタッチをし始める。気品ある口調ではあるが、どうも性欲が強過ぎるようで、目が当てられない。いたいけな少女相手にそこまで艶めかしい手つきを見せた時点で、事案に発展してしまいそうな。

『騎士様、貴女のためになら私、いかなる敵も打ちのめして差し上げますわ。そう、まるで貴女とあの日夢中になった、激しい夜の営みのように!』

 同時に、全体的に白い霊体、『シロ』は、目の前のバーサクに対して、全力で中指を突き立てる。お嬢様言葉なのか、大阪弁口調なのか何とも言い難い口調であった。

『勿論ですわ! 騎士様の為ならァあんのデカブツいてこましたりますわ!!』

 礼安はそんな二人に何とも困り果てながら、二人に指示を出す。

「ええっと……じゃあとりあえず少し離れてもらって……」

『『何ですって!?』』

 二人の霊体は礼安に対し、さらに激しいボディタッチを始め、まくしたてる。シロに関してはボディタッチ、よりは単純な暴力というか。

『私と貴女、アーンなことやウフフなことしましたよね!?』

『貴女の愛はその程度だったってこったあ!? 内臓ぶち晒しの刑かァ!?』

 昨今の深夜番組でもコンプライアンスの問題でやれないような、良い子には見せられない痴話喧嘩を繰り広げる中、バーサクはしびれを切らして礼安に殴り掛かる。

 殺気で察知した礼安は、その場から即座に離れようとするが。

 次の瞬間、バーサクは二人の霊体にフルパワーで殴り飛ばされ、宙に飛ばされていた。

 ビルの壁に思い切り打ち付けられたバーサクは、完全に沈黙していた。

『ここは一旦休戦と行きましょう、シロ。邪魔があってはランデヴーも何も不可能ですわ』

『そうねぇ、あんのデカブツシバキ倒して、騎士様とピンクの城でアラアラウフーンなことヤろうや、キン』

 礼安はよくわからないといった様子で、頭をリセットして竪琴を静かに構える。

「二人が言ってることあんまし分かんないけど……二人とも、頑張ろう!」

 シロとキンは不敵に笑いかけ、バーサクに向きなおる。

 バーサクは、ビルの壁に打ち付けられてもなお、目立った怪我がないほど頑強であった。

 壁から力任せに身を投げて、地面に降り立つ。地面がひび割れ、それと同時に一層強い殺気が飛ばされる。

 一瞬の静寂の後、バーサクが先に動いた。

 体重を目いっぱい乗せた、渾身の右ストレート。

 すんでのところで全員回避し、後方に着地する。

『騎士様、貴女様が今手に握られている竪琴を演奏してくださいまし。それによって攻撃が可能ですわ』

「オーケー、物は試しでやってみよう!」

 弦を荒々しく弾くと、バーサクに不可視の斬撃が叩き込まれる。

 それによって生じた隙を見逃すことなく、霊体の二人は前進し、バーサクにフロントキックを叩き込む。

 鳩尾にヒットしたためか、かなりの巨体を持ち合わせたバーサクも勢いを殺しきれてはいなかった。

『次はもっと荒々しく弾いたってえな、騎士様』

 その言葉通りより激しく弾くと、さらなる斬撃がバーサクを襲う。

 固い表皮を持ったバーサクに、数か所完全なる傷を負わせるほどの斬撃であった。

 二人の霊体はバーサクの顔面に、容赦ないハイキックを叩き込んで、バーサクを沈黙させた。

 礼安が瞬きをした、ほんの刹那。これで終わりか、と場に安堵の空気が満ち始めた瞬間であった。

 バーサクは徐々に変形し始めていたのだ。

 肉体は収縮、膨張を繰り返し。元あった姿ではない、別の姿へ変貌を遂げようとしていた。

 三人は悪い予感を察知して、すぐさま戦闘態勢へと戻る。

 ぐにぐにと、まるで捏ねられている粘土のように形状変化を遂げたバーサクは。

 一回り小さい、すらりとした男性へと変化した。

 変化したバーサクは、筋肉はあるものの全体的にスマートであり、重量感を排除した見た目となった。

 バーサクは、ひたり、ひたりと緩慢に一歩ずつ近づき、そして一瞬のうちに消えた。

 どこへ行ったのかと、三人は辺りを見渡す。それと同時に、礼安の中で猛烈に嫌な予感が立ち込めていた。

 荒々しく弦を鳴らして、辺り一帯に不可視の斬撃を飛ばす。

 最初、二人の霊体は何をしているのかと疑念を抱いたものの、礼安の第六感が正しかったのだと、瞬時に理解する。

 霊体二人の眼前に、バーサクの回し蹴りが迫っていたのだ。

 左足を完全に切断され、身動きが取れないバーサクは、腕を高速で伸ばし一矢報いようとした。

 しかし礼安は、弦を鳴らしてその伸ばした腕すら切断する。

「せめて、殺戮兵器として生まれた貴方に救いあれ」

 礼安はデバイスドライバーの左側を押し込み、自分含め二人や竪琴に力を籠める。

『必殺承認、この愛は、全てを射抜くトライスター・トゥ・ザ・フェイト!』

 竪琴が即座に弓矢へと変形し、霊体二人は一つになり、雷迸る煌々と光る矢へと変貌する。

「行くよ、二人とも!!」

 二人の無言の肯定が魂に伝わる。礼安は全力で弓を引き絞り、溜め込んだ力を一気に解き放つ。

 その矢は、バーサクに命中するや否や、はらはらとバーサクの肉体を解いていく。真っ黒な毛糸のようなオーラで覆われた何かは、光に当てられて徐々に本当の姿を現す。それは、一人の青年であった。

「――――――――――――、――――――」

 それが何を伝えたいかは三人には理解できなかったものの、バーサクだった誰かは、涙こそ浮かべつつも、実に晴れやかな笑顔であった。

 礼安は跪きながら手を差し伸べる。

「私、貴方が誰なのか分からない。けど、貴方が救われて良かった!」

 ニッ、と礼安は笑んだ。するとその青年は同じように笑んで見せて、光の粒となりながら、天へと消えていった。

 礼安は変身解除しつつ空を見上げながら、その光の粒を見送る。

「良かった。少しでも、救われたのなら何よりだよ」

 二人の霊体も、黙ってうんうんと頷く。

 しかし、それで終わるわけもなく。キンは礼安の右半身を、装甲越しにやらしい手つきで触りまくる。

『と、いうことで騎士様? この戦場を出たらピンクのお城……そうですねえ、HAYAN辺りで少しばかり休憩したいのですが……十時間ほど、予定は開いていますか?』

 そんな攻勢に出ているキンをよそに、シロは逆側をまさぐる。

『騎士様? こんな性欲ベースケの塊と一緒におるとアカン、ウチとぷらとにっく、な関係築き上げましょ! ぱーてぃーたいむですわァ!』

 先ほどまで戦っていたバーサクよりも嫌な予感が、礼安の第六感を刺激していた。

 それは、和やかなこの空気がもたらすものではなかった。

「二人とも、横に飛び退いて!!」

 危機察知により、今までふざけていたような二人の空気も、一気に引き締まる。

 三人がいたその場に、突如としてどす黒い巨大な手が地中より出でる。

 回避したために三人とも無事であったものの、その巨大な手に握り潰されたら、たとえ英雄の装甲を纏った英雄であっても、死は確実であった。

「……正直、これだけなら予感していたほどの物じゃあなかった。何なら、私が日課にしてる人助けとおんなじ要領で戦えば、大したことなかったんだよ」

 礼安は、先ほどの丙良との会話を思い返す。

 バグが自分を殺しにかかる。

 死にゲーであるはずのこの世界のバランスが崩れるほどの、とんでもない敵がいる。

「……そう、敵の悪意が足りなかった。純粋な衝動に動かされた人間って感じの。決して、誰かを陥れるとか、誰かの心を圧し折るとかの、歪んだ悪意が足りなかった」

 地面が砕かれた際の土煙が徐々に晴れていく。そこには二人の影。長身痩躯の影に、少年と思わしき影。

「――貴方は誰? 姿を見せて」

 そういうと礼安は、その土煙に対して力強く弦を弾く。一気に晴れたその場にいたのは。

「――――え? 何で……」

 先ほど会場でマイクパフォーマンスをしていた実況者に、虚ろな目をしたモードレッドだった。


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