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第2話 悪魔登場

 話は二時間ほど前にさかのぼる。


 ここは東京の片隅にあるバー、『ナイト・アクアマリン』。

 シェアハウス中の親友、明子あきこが雇われママをしている店だ。

 小さいながらも繁盛しており、ほぼ満席状態である。

 そんなフロアの片隅で、私はイガさんという六十代の男性……大企業の社長さんらしい……と話し込んでいた。

 年齢も性別も環境も違う私たちだが、ある共通点があったのだ。


 それは家族問題である。



「まさか一人息子に跡継ぎを拒否されるとはの。マナト……あの親不孝者めが……地球一周にガーデニング、トレーニングジム通い、ケーキバイキング……引退したらやろうと思っていた計画の全てが先送りじゃ」


 イガさんは、もう何杯目かわからないカクテルを煽る。


「……ここ数ヶ月わしは胃薬が手放せんというのに、あいつはまるっきり素知らぬ顔。悪魔を相手にしておる気分じゃよ」


 ため息まじりのイガさんに向かって、私は大きく頷いた。


「それは大変ですね……お疲れ様です……」


 労いの言葉と同時にチャラ男な兄の姿が脳裏に浮かぶ。

 冬でも商店街をサンダルとアロハシャツで練り歩く、見るからにマイルドヤンキー系タイプの彼は、四百万もの借金を踏み倒して失踪中。そのとばっちりで何故か私が会社を首になり、社宅アパートを追い出された。

 真面目に働いてお金をため、誰かと恋をして結婚を、なんて。

 思い描いていたささやかな夢が一気に遠のく絶望は、もう二度と味わいたくないと思うほど。


「チャラ男が一家に一台あるだけで人生はたちまち無理ゲーに……ううっ」

「悪魔にチャラ男、まとめて成敗したいものじゃな」


 薄暗いフロアの片隅で私たちはひっそりと親睦を深めていた。


◇◇◇


 そんな中、現れた美貌の男。

 私たちのいるテーブル横へとやってきた彼は、近くで見るとさらに完璧なルックスだった。茶色い髪はさらさら、切れ長だが優しい目元に高い鼻梁。ふっと唇に笑みを浮かべただけで、まるで背後の花びらが見えたような錯覚に陥る。

 思わずうっとりしてしまった私だったが、夢から覚めるのも一瞬だった。


「ったく。何時だと思ってんの。パパリン」


 なんとそのイケメンは、開口一番、こう言ったのだ!


「おう、マナト。やっと来たか」


 イガさんがそう応じた事で、二人の関係が親子だと判明する。


「パパ……リン?」


 愕然としている私に、マナトさんと呼ばれた彼は微笑みかけてきた。


「そ、この人、俺のパパリン。似てないでしょ。でもちゃんと親子だから」


 確かにモンキー顔と王子顔で、同じDNAとは思えない。

 しかし、問題はそこじゃなかった。


「普段からパパリンって呼んでるんですか?!」


 我慢できずに尋ねれば


「そうだよ」


 まさかの返事が戻ってきた。


「冗談……ですよね?!」

「んー。五十嵐倫太郎いがうえりんたろうでパパリンなんだけど……突っ込まれたのは初めてかも」

「嘘……」


 むしろ、これが通用している理由が知りたい。イケメン補正?! 私には理解しがたい感性だ。


「まあ、ファザコンって誤解されても困るから、父さんって呼ぼうかな」


 そう言うマナトさんに向かい、イガさんは仏頂面のまま言い放つ。


「そんな事はどうでもよい!」


 え? 本当に!? わりと大問題だと思うんですけど!


「紹介しよう。これが我が家のドラ息子じゃ。わしにそっくりな男前じゃろう? 性格は……悪魔のように食えん男よ。天使のわしとは真逆ぞよ」

(悪魔……! 本人にも言っちゃうんだ!)


私は唖然とした。

いくらなんでも、その言い方は傷つくはずと思ったのに……。


「悪魔か。それ、かっこいいね。これからはそう名乗ろうかな」


 マナトさんはどこ吹く風。天使設定はスルーである。

 イガさんがマナトさんに私を紹介すると、


「へえ。朝倉みかりさんって言うんだ。可愛い名前。よろしくね。みかりん」


 彼はにっこりと微笑みかけてきた。


「み、みかりん……」

「俺の事はデビルマナティーと呼んでいいよ。なんてね」


 端的な笑顔でそう言うと、マナトさんはバチン、と片目を閉じた。

 生まれて初めて見る、生ウィンクに、私はポカンと口を開ける。


(なんなの、この……気障で変で、ぬるっと近い距離感は……)

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