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14.続・アーツを修得しよう!

 急ぎ教会に戻ったセナは、『硝子の杯に付ける装飾が足りないから追加で持ってきて』と言い渡された。


 セナは激怒した。必ず、かの邪智暴虐のチェーンクエストを除かねばならぬと決意した。セナには運営の事情が分からぬ。セナは、不治の病を疾患していること以外はただの一般人である。VR世界で、気の赴くままにして暮してきた。けれども邪悪面倒で不必要なチェーンクエストに対しては、人一倍に敏感であった。


「(走れメロス構文だっけ。ずっと昔からあるんだよねこれ)」


 ふと今の自分を、走れメロス構文に沿って頭の中で口ずさんだセナは、その足で骨董屋に向かう。

 違う場所に行かされるのもチェーンクエストらしいと思いつつ、その店に入る。


「……らっしゃい」

「この硝子の杯の装飾を受け取りに来ました」

「……おう」


 無口で頑固そうな壮年の男性は、無愛想な面で奥から箱を持ってくる。

 その箱には古めかしい装飾が整理されて仕舞われており、そのうちの一つを取り出して男は言う。


「……これ、は、戦の神」

「……?」


 再度男は言う。


「……戦神の、飾り」

「……? あ、私が信仰しているのは〝猛威を振るう疫病にして薬毒の神〟です」


 どの神を信仰しているか問われていると気づいたセナは、やましいことは何もないと自信満々に言い放つ。


 男はどこか困ったような様子を浮かべ、再び店の奥から違う箱を持ってきた。

 箱の中には紫紺と深緑の二色の装飾が納められており、組み合わせることを前提としたデザインになっている。


 デザインも相まって毒々しい印象を受ける装飾は、正しく〝猛威を振るう疫病にして薬毒の神〟のために作られたものだった。


「……ん」

「ありがとうございます! 大切に使いますね!」


 それを受け取ったセナは三度教会へと戻る。

 行ったりきたりと忙しない。


 通りすがるプレイヤーの多くは、『ああ、アーツ解放のクエストやってるんだ』と暖かい目をしていた。

 同時にどこか遠い目をしていたのは、やはり面倒だったからだろう。


「……あなたが信仰する神は少し特殊なようですね」


 神官をしているだけあってさすがに〝猛威を振るう疫病にして薬毒の神〟を知っているようだ。言葉を濁したが、彼は逡巡してから話を続ける。


「かの女神は慈悲深いと聞くが、残酷とも聞く。命を奪い、死の淵にある者を試す神だからこそ、極端な二面性を持っているのでしょう。くれぐれも、背くことのないように」

「分かってます。私は、病気にならない体を戴けて感謝してますから、神様が望むならなんだってやります。止められたのなら従います」


 セナは嘘偽りなく本心を伝えた。

 ゲームである以上、どの神を信仰していてもゲームとして楽しむべきではあるが、セナはFGオンラインでは神の意向を最優先するロールプレイをすることにしたのだ。


 病気にならない体ばんざい。〝猛威を振るう疫病にして薬毒の神〟ばんざい。

 もはや狂気すら感じる熱意で、セナはその理由と言葉を形にした。


「……神が止めないのなら、私も止めません。心のままに生きなさい」


《――クエスト:アーツ修得への道Ⅲを特殊クリアしました》

《――ユニーククエスト:アーツ修得への道・疫病編、薬毒編が発生しました》

《――クエスト:アーツ修得への道IV、クエスト:アーツ修得への道Ⅴが破棄されます》


 すると、セナにユニーククエストの発生が通達された。

 通常のクエストが自動破棄され、セナはユニーククエストの受注を余儀なくされる。


「(ユニーククエストってなに?)」


 攻略サイトを見ないセナはユニーククエストなんて初めて聞いた。

 他のゲームではちょっと報酬が良かっただけだったり、一度限りのクエストだったり、あるいはメインストーリーを進めるためのキークエストだったりした。


「(ヘルプは……あった)」


 このゲームに於けるユニーククエストの立ち位置は、ヘルプの中に赤文字で『New!』の文字と共に説明されていた。


 ヘルプによると、ユニーククエストは条件を満たした場合に発生し、自動的に受注され、通常のクエストが進行できなくなるものだった。

 通常のクエストが進行できなくなる理由は至って簡単で、ユニーククエストの内容に関連するクエストは全て統合されるからだ。


 なので、セナがアーツを修得するには、このユニーククエストをクリアする必要がある。


「ではこれを持って広間で祈りなさい」


 セナが集めてきた道具を渡され広間に入ると、中央のクリスタルは女神の姿に変じていた。

 金の糸、そして装飾を付けた硝子の杯を台座に置いてセナは祈りを捧げる。


 数秒か、数分か。

 暗闇の中で鼓動と呼吸の音ばかりが耳に届く。そして、セナの体は光に包まれる。

 浮遊感……それから柔らかな感触。


「――え?」


 セナが目を開けると、辺りの様子は一変していた。

 神々しい空間なのは変わらないが、質が違うとセナは感じる。

 彼女の目に飛び込んでくるのは極彩色で彩られた森と、どこまでも聳える石膏の柱と、質素な木造の小屋。


《――疫病と薬毒の神域に招待されました》


 周囲の異常を認識したセナの耳にアナウンスが届き、彼女は衝撃と歓喜を覚える。

 神域に招待されたということは、もしかすると……。そう思ったのだ。

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