いよいよセナの番がやってきた。レギオンと共に舞台へと転移したセナは、周囲の情報をシャットアウトする。
《――第三回戦、第二試合を開始します》
準備時間はお互いに無言のまま終わった。セナは弓矢を、ホルンはヴァイオリンを構えている。
「――《|戦楽譜《バトルスコア》》《|独奏《ソロ》》……冬」
ホルンが奏でたのはヴィヴァルディ作曲、四季、冬である。
ゆったりとした重い旋律から始まり、冬の厳しさを表現した激しい旋律へと続く。
この冬を表現する音楽は、音楽とは思えない殺傷能力でセナを攻撃した。
「(やっぱり見えない……けど、嫌な感覚が襲ってくるのは分かる)」
音波による攻撃のため視界に映らないが、セナは狩人としての勘でソレを見極め避ける。
肌がビリビリと震えるような、巨大な大岩が迫ってくる感覚。
セナはこれを感じ取ったからこそ、避けることが出来たのだ。
「《ペネトレイトシュート》!」
「《パルヴァライズ》」
回避と同時に反撃を繰り出したものの、音による振動で矢は砕かれた。
「(音の増幅……壁かな)」
セナは知らないが、どれだけ硬い物質だろうと特定の振動を与えれば崩れるのだ。
それは物質によって様々だが、量産品の矢程度、アーツで粉砕できないわけがない。
「(できれば近接に持ち込みたいけど、近づくほど音の振動は強くなるよね)」
「マスターばかり意識してたら、レギオンが食べちゃうよ」
矢を射っては防がれ、音波が放たれれば躱す。
そんな攻防を続けていると、ホルンの足元からレギオンが飛び出し攻撃を仕掛けた。
「……っ!?」
反射的に音波を真下に向けたホルンだが、この距離では音波を当てても意味が無い。
それを察知して跳躍したものの、音波を放ったため行動が遅れてしまった。
「レギオン」
「任せて」
そして、レギオンは自爆する。
元々のステータスが高かったレギオンは、セナに並び立つほどの高レベルモンスターと化しているのだ。
更に、【孤群のレギオン】の銘を与えられたように、彼女は一体だけでは無い。
「っ、《パルヴァライズ》!」
アーツを重ねて発動し、少しでも爆風を抑えようとする。
しかし、レギオンの影から飛び出し続ける小さなレギオンらの自爆によって、音の振動は容易く突破された。
だが、それでも効果はあったようで、ホルンはまだ生存していた。
彼は音楽で戦うという極めて珍しいビルドだが、ステータス自体はサポーターと同じだ。つまりHPなど肉体系のステータスはアタッカーと比べるとかなり低い。
そんな彼がまだ生存できている理由は、運である。
最初に食らった自爆を、無理に耐えようとせず吹き飛んだことで距離が離れたのと、音の振動が意図せず壁となったことで威力が軽減されたのだ。
「……《|戦楽譜《バトルスコア》》《|独奏《ソロ》》、チャルダッシュ」
大ダメ-ジで傷ついた体を動かし、無理やりにでも演奏を続けるホルン。
彼の攻撃手段は演奏を前提としているので、最後まで演奏を続けるしか勝機は無いのだ。
チャルダッシュのサビに当たる部分をループして演奏し、音波攻撃をより一層激しくする。
しかし、影に潜った状態のレギオンにその攻撃は通じない。
「《パルヴァライズ》!」
だからホルンは、レギオンではなくセナに攻撃を仕掛ける。どれだけ従魔が強くても、テイマーは本体が貧弱なのだ。
テイマーが斃れれば従魔も斃れる。
「《ボムズアロー》、《ステルス》」
対するセナはというと、《ボムズアロー》を地面に当てることで煙幕を作り、自身は透明化してその場から離脱した。
そしてレギオンは、主に構わず攻撃を続行する。
「レギオンの影に沈むといい」
音波攻撃をものともせず、
斃しても斃してもキリがない。
影から無数の腕を出現させて掴みかかったり、または底なし沼である影に沈めようとしたり、レギオンは主であるセナが狙われないよう執拗に攻撃した。
「っ、《パルヴァライズ》……!」
そして、執拗に攻撃を仕掛けてくるレギオンを撃退するために、ホルンは音波攻撃の矛先をそちらに向けなければならない。
レギオンの攻撃を地面ごと粉砕し、なんとか回避するホルン。
「――《ボムズアロー》」
しかし、すぐ側に《ボムズアロー》が着弾したことで、彼の周囲は煙幕で覆われる。煙幕の中は影として判定されるため、レギオンの絶好の狩り場である。
ホルンの音波攻撃はあくまで空気の振動であるため、これを晴らすことは出来ない。
「(拙い、早く脱しなければ……!)」
「《ペネトレイトシュート》」
「《パルヴァライズ》!」
その時、煙幕を突っ切って矢が飛翔してきた。すぐさま粉砕したホルンだが、次の瞬間には悪手だと気付いてしまう。
「(黒い……珠? ――まさか)」
セナは予め、《プレイグスプレッド》で生み出した疫病の珠を矢に縛り付けていた。
《パルヴァライズ》は空気を振動させ対象を破壊するアーツだが、単体指定ではなく範囲攻撃である。そのため、疫病の珠も同時に破壊されたのだ。
誰がどう見ても害があると判断できるオーラが噴出し、ホルンの体を瞬く間に覆う。
そして、彼の肌に黒い斑点が出現し始めた。
――『黒死病』である。
「(『黒死病』のタイムリミットは一分。メインの効果が五分後に即死付与で、サブの効果が三〇秒ごとにランダムで状態異常の併発。これだけでも十分だけど……)」
この恐ろしい病を人に感染させたというのに、セナは至って冷静だ。なぜなら、ここはゲームの世界であり、何が起きようと誰も死なないからだ。
巻き込まれたレギオンも感染しているが、彼女は群れを切り離すことで無効化できるため問題無い。
「(油断しちゃだめだよね)《プレイグポイゾ》《マナエンチャント》……レギオン、自爆」
しかし、相手が奥の手を隠し持っている可能性を考慮したセナは、ダメ押しとばかりに自爆攻撃を指示した。
レギオンは小さなレギオンらを生み出し、『黒死病』に冒され合併症まで発生しているホルンを取り囲む。
そして、逃げ場の無い包囲が完成すると、小さなレギオンらは同時に自爆しホルンのHPを全損させた。
《――第三回戦、第二試合はセナ様の勝利です》
勝利のアナウンスが流れても、煙が晴れても歓声は上がらない。
プレイヤーたちは、セナの恐ろしさに戦々恐々としていた。同じ人間のはずなのに、平気であんなことが出来るなんて信じられない、と。
……賭博で負けが確定した者が多いのも理由の一つだろうが、セナというプレイヤーの恐ろしさに、その冷徹な狩人としての戦い方に、彼らは恐怖を覚えたのだ。
だから、観客席に転移したセナの周りからプレイヤーが逃げるのも、致し方ないことだ。
セナの心はちょっぴり傷ついた。