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89.閑話・ある兎たちの受難

 我輩は兎である。名前は無い。あんなのが名前だとは思いたくない。

 我輩の種族はホーンラビットである。後輩にヴォーパルバニーとグレーターセンチピードがいるのである。


「きゅきゅ、きゅきゅきゅ(今日こそあの主にぎゃふんと言わせてやりたいのだ)」

「ふんす(無理である)」


 後輩のヴォーパルバニーは毎日、主にぎゃふんと言わせたいと考えているが、我輩は無理だと悟っている。

 我輩たちの主はとても酷い人だ。人なのに人の心が無いのである。


「きゅきゅう(下克上をするのだ)」

「ふんふんす(見張られてるから無理だろう)」


 我輩たちの後輩のくせに、レギオンは我輩たちを監視しているのである。

 何も考えてないような顔してるのに、ふと様子を窺うとこっちを視ているのだ。

 あの恐ろしいモンスターに我輩たちが敵うはずが無いのだ。


「きゅうう……きゅきゅ!(でも、一発ぐらい殴りたいのだ!)」

「ふんす(だから無理だと……)」


 そもそも我輩たちは契約で縛られている。

 主を害することはできないし、逃げることもできない。命令されたら従うしか無いのである。


「ギチギチ……(アルジ、ツヨイ。シタガウ、トウゼン)」


 こいつは頭が悪いのである。蟲だもんな。


「きゅきゅきゅ!(待遇の改善を要求するのだ!)」

「ギチ……(メイレイ、ゼッタイ)」

「きゅっきゅっきゅ!(美味しい餌がたくさん欲しいのだ!)」

「……ふんす(……はあ)」

「――何してるの?」


 あっ、噂をすればレギオンの登場である。哀れ、二号よ……。


「きゅううう!?(うわああああ!?)」

「じー……」

「きゅ、きゅうう……(た、食べても美味しくないよー……)」

「じーー……」

「きゅ、きゅぅ……(あ、死んだ……)」

「じーーー……」


 レギオンは何でもかんでも食べるから怖いのである。

 下手すれば我輩たちも食べられそうになるのである。


 だから我輩はレギオンが怖い。あの瞳で見つめられると、いつ食べられるか戦々恐々するのである。


「……うりうり」

「うきゅぁあ!?」


 レギオンの可愛がりはとても怖いのである。

 我輩たちを噛み千切れる牙を持つ捕食者の頬ずりは、我輩たちからすればいつでも喰えるんだぞという脅しでしかないのだ。


「じゃあレギオンはこっちにする」


 嗚呼……我輩も哀れである。ここで死ぬのかな……死ぬのはいつものことだけれど。

 食べられるのだけは勘弁して欲しいのである。

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