視界はゼロ。
辺り一帯は完全に白い煙に支配されている。
けれど、さっきまでの爆発騒ぎがウソのように静まり返っていた。
「≪セリー≫! ≪サポちゃん≫! 無事⁉ 返事してー!」
うー、何も見えない。
さっきまでわたしの腰にへばりついていたはずの≪セリー≫の感触が今はなくなっているし。だけど、腰に繋いだロープは……多分切れてはいなそう。
「痛いわ……。お、お姉さま、どこ⁉ どこどこどこどこどこどこ⁉」
少し離れたところから≪セリー≫の声が聞こえてくる。
「≪セリー≫! わたしはここよー! こっちよー!」
一切何も見えないけれど、声だけで居場所をアピール。
「お~い。姉ちゃんたち、無事かいな~?」
≪セリー≫とは反対側のほうから、ノートのおっさんの声も聞こえてきた。
「おっさんも無事なの⁉ めっちゃ煙吐いてたし、爆発したけど⁉」
「お姉さま! どこ~⁉ お姉さま~! お姉さま~~~!」
≪セリー≫の声がだんだんと近づいてくる。
と、突然何かがわたしの体に覆いかぶさってくる。
「えっ⁉」
「きゃっ! お姉さま♡ お姉さまだ~! お姉さま、お姉さま♡」
正体は≪セリー≫だった。
わたしを押し倒し、これでもかというくらい激しい頬擦りをしてくる。鼻水とか擦りつけてきて……。取り乱しすぎだからね?
「わかったから! ほーら、ちょっと離れて落ち着いて。ケガはない?」
「お姉さまぁ♡ お姉さまぁ♡」
ダメだこりゃ……。
とりあえず落ち着くまでは好きにさせておこう……。
って、まだ≪サポちゃん≫の反応がない⁉
「≪サポちゃん≫⁉ いたら返事して!」
≪サポちゃん≫だけ空中を飛んでるし、さっきの爆風で吹き飛んじゃったかも⁉
もし気絶していたりしたらどうしよう。
この煙の中を探すのはかなり厳しい……。
【ここにいます。カメラが機能していないので、音声のみで配信を続けています】
お、おお……。無事だった。
姿は見えないけれど、声は聞こえる!
「≪サポちゃん≫良かったよー。どこかに飛んでいっちゃったか思った……。いたならすぐに声出して知らせてよ……」
【≪アルミちゃん≫の配信を極力邪魔しない。それがサポートAIとしての私の役目です】
「その心がけはすばらしいけれど、今は緊急事態だからね……。ていうか、この爆発はなんだったの……」
ノートのおっさんに金色のプレートを乗せたら、白い煙がワーッと吹きあがって、急に爆発して、わたしたちも煙に飲み込まれて……。でも今はめっちゃ静か……。
「おっさーん! 平気なのー? そっちの煙って収まった? 無事ならそっち行くから声出して!」
さっき声がしたから、爆発で燃えちゃったってことはなさそうだけど、煙の中心地だったし、どうなっちゃっているんだろう……。心配……。
「ワイはこっちや~! なんや体が重くてな……」
なんだかおっさんの声が苦しそう。
金属が擦れるような音も聞こえてくる……。
「えっ、体が重いの? 大丈夫……?」
ノートの開いたページが悪かったのかな?
あれはたしか左膝のページだったよね……。
「う~苦しい……。ダメや。立てへん……」
おっさんのうめき声。
そして金属音。
「立てへんって……おっさん、ノートじゃん」
左膝のページで爆発が起こったから、ノートの中で足を痛めたとか?
でも痛めていなくてもノートだし、そもそも立てないよね。
「お姉さま、どうしよう……。私にもおじさんの声が聞こえる……」
≪セリー≫がわたしの裾を引っ張ってくる。
えっ? とうとう≪セリー≫の頭の中にもおっさんの声が届くようになったの? 金色のプレートの影響ってこと?
【いいえ。そうではなさそうです。これは≪マイケル=アルバレイウス≫氏の肉声です】
「肉声……? ノートから声が出るようになったってこと?」
それがさっきの爆発の効果ってこと? 金色のプレートのおかげで、おっさんが少し人間に近づいたのかも? ってことはこれはクエストがうまく進行しているってことなのかな?
【≪マイケル=アルバレイウス≫氏に近づいてみましょう】
「OK。おっさーん! どこー?」
≪セリー≫と違って向こうから歩いて来てくれないから、探すのが大変……。相変わらず周りが真っ白でぜんぜん見えないし。
「うぅ……ここや……」
近いっ!
あとは屈んで手探り……。
ガチャン――。
「痛っ!……何?」
思いっきり右手を何かにぶつけた……。
金属? 手が痺れたんですけど……。
「これ……鎧? なんでこんなものが?」
さっきまでこんなものは通路に落ちてなかったよね?
金属の塊に顔を近づけると、うっすらとその下にある地面が見えてきた。
緑の草だ。
どういうこと……? なんで草が生えているの?
さっきまで洞窟のざらざらした土の上を歩いていたはずなのに?
「うぅ……姉ちゃん……」
金属の……鎧(?)からおっさんの声がする……。
「おっさん……?」
「苦しい……」
「ちょっと! おっさん⁉ おっさんなの⁉」
ペタペタと金属の塊――たぶん鎧を触ってみる。
ノートが鎧に変化したってこと?
「きゃっ!」
なんか生暖かい……トゲトゲしたもの触っちゃった⁉
「姉ちゃん……助けてや……」
「おっさん……?」
この生暖かいものの正体って……。
勇気を振り絞り、顔を近づいて観察……。
人の……顔だった。
わたしが触ったのは兜の部分だったらしい。鼻から上は兜で隠れていて見えないけれど、下半分――鼻から下は人間の顔だった。
生暖かいものの正体はおっさんの皮ふで、トゲトゲしたもの正体のはおっさんの髭だったんだ……。
「おっさん……人間に戻ってるじゃん……」
「ワイ……人間に戻れたんか……? あかん……指一本動かせん……」
呼吸が浅い。
苦しそう。
【≪アルミちゃん≫ポーションを】
あ、そっか。
「おっさん。これ飲んで。何が効くかわからないから、とりあえず片っ端から!」
HP、MP、解毒、万能薬……≪アサダ≫さん印のエリクサーも行っちゃおう!
これでどうだ⁉ とにかく全部飲んで!
「ゴホゴホ……姉ちゃん……、一気に詰め込み過ぎやで……。ポーションで溺れ死ぬかと思ったわ……。でもありがとな。おかげで体が動くようになったみたいやわ」
ゆっくりと金属鎧姿のおっさんが起き上がる。
上半身を起こしただけなのに、かなり大きい……。
「回復して良かった……。それにしてもおっさん、ホントに人間だったのね……」
「おじさま……はじめまして……ですね……」
≪セリー≫の人見知りが発動。
ノート相手なら、燃やすとか有罪とか、わりと強気だったのに、人の姿になった途端これなのね。まったく……。
「ほんまおおきに! 姉ちゃんたちのおかげやで~!」
人間のおっさんから、ノートのおっさんの声が聞こえてくる。
顔はよく見えないけれど、すごく不思議な感覚。
「どういたしまして? じゃあクエスト達成なのかな。この靄だと先に進むにも引き返すにも……」
と、生暖かい何かがわたしの顔を叩いた。
……風?
そういえば白い煙が出てから先、ブリザードのような強風がピタリとやんでいたような。
その柔らかな風とともに、少しずつ白い靄が薄れていく。
と、同時に辺りの様子が見えてくる――。
洞窟の中、じゃない……。
地面に草が生えているし、見たことのない木々がそこかしこに生えている。
「ここ、どこ……?」
上空には青空が広がっていた。
「ここは……どこや……?」
金属鎧のおっさんが立ち上がる。
やっぱりでかい!
わたしたち、おっさんの胸くらいまでの高さしかない。
「お姉さま……怖いわ」
背中にピッタリとくっついてくる≪セリー≫。
反射的に口を突いて出そうになった「大丈夫だよ」という言葉を飲み込んだ。
ホントにここはどこなの……?
【ここは、先ほどまでの洞窟の中ではありませんね】
「さすがにそれは見ればわかる……けど……」
【ここは――】
≪サポちゃん≫が何かを言いかけた瞬間――。
アラーム音が鳴った。
『ホットドリンク』が切れる時間! 追加で飲まなきゃ!
あ、おっさんが人間になったのに、『ホットドリンク』渡してない!
【もう必要ありません】
「えっ?」
どういうこと?
【ここは『ニャンニャンアレナベース』国です】
にゃんにゃんあれなべーす?
【『猫の眼』ギルド・ギルドマスター≪ニャンニャンティア≫さんの故郷です】
え、ええーーーーーーーっ⁉
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第四章 アルミちゃん、義妹とパーティーを組む 編 ~完~
第五章 ??? 編 へ続く
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