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第6話 圧倒、ブリキの少女

 白銀の世界の中で、俺は動きを封じられていた。


「うっ……このぉ…!」


 両足を凍らされ、逃げることは叶わない。

 縋りつくようにできた結晶は、力を込めてもびくともしない。

 凍った箇所は、冷たいを通り越してもはや痛い。じんじんと締め上げて、痛覚を支配していく。

 身体全体が一層冷えていく。垂れてくる鼻水は、鳥肌が立つほどに冷たい。


 が、俺の横を通りすぎる。

 風で黒い頭巾が脱げ、短く切り揃えられた純白の髪があらわになった。


 何者だよこいつ。

 人形がいきなり人間の身体になるなんて、どこのファンタジーだ。

 ……まあ、キョンシーがいる時点で、この世界も大概だが。


 少女は10歳程度だろうか。ザラメよりもずっとちっこいそいつは、口をへの字に曲げて俺の正面に立ち塞がった。

 風で舞い上がる髪の合間から、エメラルドグリーンの瞳が見える。眉をひそめて、じぃーっと俺を睨んでいた。

 敵意はあるのに怖くない、子どもの威嚇だ。


「ハズレ扱い……許さない」


 どうやら、俺の評価が気に障ったらしい。


「凍らせて……食べる……」


 こいつ、急に恐ろしいこと言うじゃねぇか。

 無害そうな外見に相応しくない、有害そのものの氷。

 ……もしや。


「この吹雪も、お前の仕業か」

「うん……力……暴走した……」


 ザラメにとっても必要なエネルギーを、こいつも使っているってことか。


「お前は、何者なんだ」

「コスズ……デウス様のツカイマ……」

「デ、デウス?!」


 思いもよらぬ単語の登場に、慌てて聞き返す。


「ツカイマ……人を脅かす厄災……」

「……もしかして、お前を倒せば、デウス・エクス・マキナを炙り出せるってことか?」

「…………デウス様の場所、知らない……」


 デウス・エクス・マキナと繋がっていれば、何かしらヒントを得られると思ったんだが。

 こいつをどうにかしても、デウス・エクス・マキナには辿り着けないみたいだ。


 つまるところ……。


「ハズレか」


 吐き捨てたこの言葉に反応して、氷が身体を這うように上っていく。


「また言った……ハズレ」

「タンマタンマ! 今の聞き間違い!! これはその……ハズ…………ミ! ハズミって言ってちょい待ってこれ以上は」

「……」


 あれよあれよと氷はせり上がり、腰、胸、口、鼻を次々に覆っていく。


「っ……!」


 ヤバい。

 身体が、動かない。

 機能するのは、耳と目だけ。

 言葉を話せない。息さえできない。

 眉を必死に動かすも、こいつに意思は届かない。


「美味しくできた……シャーベットにする……」


 こいつの力を侮っちゃいけない。

 窒息するのが先か、食われるのが先か。


「っ……」


 息が……もたない……。

 意識が朦朧とし、コスズの声が遠ざかる。

 抵抗の意思すら、もう持てない。


「いただきまー……」


 と、コスズが凍りついた俺に触れようとしたその時だった。




「ザラメちゃん☆ファイア!!」


 背後でボァっと音がした。そして、その音とほぼ同時に身体が何かに包まれる。

 視界は陽炎のように揺らめき、じわじわと結晶が融けていく。氷は水になり、雪に染み込んでいく。

 あったかい。マジあったかい。

 身体が、思うように動く。


「地脈ふっかーっつ! 参上しましたよ!!」


 俺が振り返った先には、あいつがいた。

 橙髪をツインテールにし、額にお札を貼った女。

 裸コートのそいつは、寒さをもろともせず雪原を駆ける。


「見つけましたよー! 郡さん!!」


 俺の名を叫びながら。


「さっきはよくもザラメで遊びまし、ふべしっ?!」

「ちょっあ?!」


 そんでこけた。

 はずみで俺のコートを掴みやがったせいで、俺まで巻き添えで雪原ダイブくらったんだが?


「ぶはっ、こんにゃろ……」


 睨んだ先には、不満げなザラメ。


「うー……折角カッコいいところ見せられるチャンスだったのにぃ」

「どこがカッコいいんだよ」

「そりゃ、味方のピンチに駆け寄るってカッコいいじゃないですか!」


 ……まあ、助かったのは事実だが。


「ふふふ、ザラメに感謝してください。ほら、“ありがとう”は?」

「は? なんでお前なんかに」

「あ・り・が・と・う、ですよ?」


 そう言いながら、ザラメは俺の頬を引っ張る。

“ありがとう”の口の動きに合わせようとしてるみたいだが、全然合ってない。


「わあっははあ! へおはあへ!」

(分かったから! 手を離せ!)」


 ザラメの手が離されるも、頬がじんじんと痛い。

 だが、そんな俺をお構いなしに、ザラメはじっと見つめる。

 感謝の言葉を待つ様子は、飼い主の下心を知らない犬みたいだ。

 はぁ……言えば良いんだろ言えば。


「……あーなんだ、その……ありがと」

「はい! どういたしまして!!」


 満面の笑みで答えるザラメ。


 ……あれ? 

 そういえば、何か忘れているような……。


 気配は俺の背面から感じる。

 もう一度振り返ると、コスズがぽかんと口を開いていた。


 完全に蚊帳の外だった彼女だが、やがて俺たちに歩み寄る。しゃがみ込んだコスズは、小さな口を動かし問いかけた。


「二人……仲良し」

「どこが!!」


 その言葉、今すぐ取り消してもらおうか。


「こんなめんどくせぇヤツと仲良しとか、断固拒否なんだが!?」

「ちょっと、ザラメのどこが“めんどくせぇ”んですか?!」

「人に“ありがとう”を強要するところだよこのクソザラメ!!」

「クソ?! 郡さんに言われたくないですよ!!」


 コスズは戸惑いながら、俺たちを交互に見つめている。


「だいたいこの可愛い子誰ですか? 郡さんロリコンだったんですか?! 正直引きますよ?」

「違うって、こいつは掘ったらたまたま出てきて」

「掘ったぁ?! ザラメのお世話じゃ満足できず、こーんな可愛らしい子に養われたいと!?」

「お前に満足な世話ができてるとは思えねぇんだが?! 料理の度に火柱立てるわ、小遣いしょぼいわ、金くれねぇわ」


 言い合う俺たちを、コスズは純真な目で見上げた。


「やっぱり、仲睦まじい……」

「ちげぇよ!!」


 叫びすぎて、身体があったまってきた。

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