――ザラメが捧げられなかった。
神ことデウスは、はっきりと口にする。
「だからザラメは、埋まってたんですかね?」
「というよりは。埋まっていたから、捧げられなかったのだろう」
デウスはさらに続ける。
「そして……気づけば私も、力を失った状態でこの世界に降り立っていた」
「なるほどなるほど……つまり?」
「つまり、今の私は神としての力をほとんど持っていなのだよ。世界を導く力を含めてな」
「つーことは、お前を倒しても意味ねぇってことか?」
「そうだ」
あまりにあっさりと、デウスは認めた。
名実ともにペラッペラの紙じゃねぇか!
「だからな、ザラメ。君に私を倒す理由は存在しない……そう! 年中無休でイチャイチャできる!! ひゃっほうおごっ!?」
飛びつくデウスに、ザラメは無言で頭突きをかます。
みぞおちにクリーンヒットしてやがるぜ。
「良い一撃だ……さすがは我が婚約者……」
「倒せないことが、これほど辛いとは思いませんでした。ケッ」
ザラメは呆れた声で、そう吐き捨てた。
みぞおちを押さえながら、デウスはむくりと姿勢を戻す。
「さてと‥‥‥私はそろそろ失礼するとしよう」
「帰るのか」
「コスズにも聞きたいことがあったが、眠っているからな。次の機会にしよう」
すやすや眠るコスズに、デウスは目を向ける。
その視線は、慈愛に満ちていて。
子どもを見守る親のような……そんな優しい眼差しだった。
「ここで待ってたらどうです? コスズちゃんが起きるまで」
「いや、これから自動車教習があってな。遅れるわけにはいかんのだ」
神でもとれんのか、免許。
「とりあえず、今日のところは失礼するよ。またな、ザ・ラ・メ♪」
「もう来なくていいですー!!」
塩を撒きながら、ザラメは喚いた。
――――
閉店作業を終え、俺とザラメ、コスズはアパートに向かっていた。
「お店、なかなか繁盛しないですぅ……」
ザラメががっくり肩を落とし、トボトボと歩く。
その隣に並ぶのはコスズで、ザラメと仲良く手を繋いでいた。
「そろそろ経営、ヤバいんじゃねぇの?」
店の維持費だの俺とコスズの給料だのを差し引くと、赤字すれすれだ。
「そうなんですよぉ、何か良い手はないでしょうか」
「いっそ店辞めたらどうだ?」
「もう、すぐそういうこと言うー」
「郡……ツメタイ」
そんなことを言い合いながら、アパートの階段を上る。
ちなみに、俺の部屋は2階の隅にある。
「ん?」
淡い赤銅色のドアの真ん中より上。
俺の目の高さより少し下に、違和感を覚えた。
薄い黄色に染まるガラスの覗き穴に、俺は目を凝らす。
「どしたの、郡……」
「覗き穴の向こうが明るいんだ」
「消し忘れたんですか? ダメですよ、電気代がムダになっちゃいます」
「いや、消したはずなんだが……」
……消したつもりだったが、うっかり点けっぱになってたのかもしれん。
そう思いながら、鍵を差しこみ回す。
そして、扉を開くとそこには——。
「お風呂にする? ごはんにする? それとも、デ・ウ・ス?」
ピンクのエプロンを着たデウスが、立っていた。