ポルターガイスト。
人知れず物が動く現象を、人々はそう呼んだ。
現代科学では説明できないとことから、考察される分野は超心理学。
故に今でも、一部の物好きが研究をしているとかいないとか。
で、なんで俺がそんな投げかけをしているのか。
きっかけは、俺の旧友……佐藤の話だった。
夏盛りなのに白衣を着て、赤い丸眼鏡をかけたこいつは、現在佐藤塚高校の教師をしている。
最近ザラメとも親しくなり、このカフェにも時たま来るのだが……。
「怪奇現象、ですか」
「そーなんだよ」
その日は少し勝手が違った。
コスズからアイスコーヒーを受け取り、二人分のシロップを垂らす佐藤。
佐藤はコーヒーをストローで少し吸ったのち、話を進める。
なんでも、旧校舎に眠っていた備品が、近頃独りでに動くというのだ。
恐る恐ると問いかけるザラメに、佐藤は苦笑いをして続ける。
「昨日にいたっては、照明が勝手に点いたり消えたりを繰り返していてさぁ」
「なるほどなるほど……それで、どうしてその話をザラメに?」
「キョンシーであるザラメちゃんなら、何か心当たりがあるかと思ってね」
「残念ですが、ザラメにもよく分かりません。うーん……こういう現象、なんて言うんでしたっけ」
首を傾げるザラメに、コスズが一冊の本を開いて見せた。
オカルト雑誌みたいだ。
「なになに? ……ポルターガイスト、ですか」
一瞬、ザラメの肩がピクリと動いた気がした。
茶色い毛先を弄りながら、続けて話す佐藤。
「明日は僕が旧校舎の見回り、押し付けられたんだよねぇ……やんなっちゃうなぁ、誰か代わりに調べてくれないかなぁ?」
言いながら、わざとらしく俺たちに視線を送る。
意訳すると、「代わりに行ってきて〜」だ。他力本願ここに極まれり。
ザラメは意図に気づいていないようだ。
意気揚々に、自信満々に、胸を叩いて言った。
「分かりました! 友達の悩みです!! 解決しますよ!!」
「やっばむりでずうううう! ずびぃいいいい」
即落ち二コマか!!
右方向からしがみつくザラメが、鼻水を俺の袖で噛んで……
「……っておま! 汚ねぇな!!」
「レディになんでごとを言うんでずか! 人権侵害でずぅ!」
「
俺から離れやがらないザラメの頬を、握るように摘まむ。
左方向からは、コスズがぎゅっと抱きつく。
「郡ぃ……こわーい……」
「嘘つけ!! オカルト雑誌で予習してたの知ってっからな!」
付箋まで貼って熟読してたろお前。
なんなら今持ってるだろ、ちょっとジャンプしてみろや。
「で、お前はなんで来たんだよお荷物」
「神に向かってなんてこと言うんだ?!」
デウスは後ろから、俺の両肩を持ってわなわな震えている。
「ざ、ザラメに何かあったら、た大変、だろう。花嫁を守るのは花婿の仕事。この私がザラメを守っ」
「ばぁ……」
「ふぃいいいいいいいいいい!!」
コスズにズボンの裾を引っ張られただけでビビり散らかすデウスに、もはや神の威厳はない。
「コスズちゃん、やめてくださいよぉ! 心臓止まるかと思いました!」
「いや、止まってんだろ」
ちなみに俺は、ザラメを掘り起こしたあの日の不法侵入をチクると脅され、渋々同行している。
クソッ。面倒くせえ。
こんなのとっとと終わらせて帰りたいってのに。
「いやああああああああ! おーばーけー!!」
「ああ、あ安心したまえザラメこここの私が守り抜いてふぃああああああ!」
「ぎゅー……」
「あづい! あづぐるじい!!」
風が窓に打ち付けるたびに、この騒ぎようだ。
調査も全然進まねぇ。
シャツの襟を掴み、パタパタ風を送る。それでも蒸し暑い。陽の光もないくせに。
外は、真っ暗な夜が広がっている。灰色の雲に、月も星も隠れちまった。
窓から見える運動場は、当たり前だが人一人としていやしない。
新校舎にも、明かりはない。
俺たち以外誰もいないはずなのに、俺たち以外の誰かが後ろにいるような錯覚に見舞われる。
へばりつく汗が、暑さ故のものか不安からの冷や汗か分からなくなってくる。
怪異の類は信じちゃいないが、それでも、不気味だと思う。
俺の知ってる学校とはかけ離れた、夜の学校。
昼と夜のギャップが、一層雰囲気を演出していた。
「「ああああああああああああ!!」」
……こいつらのせいで、台無しだが。
スマホのライトで前方を照らし、ゆっくり歩く。
母校なだけあって、どこのフロアに何があるかとか、だいたいこれぐらい歩けば教室があるかとかは大体分かる。
旧校舎はあまり来なかったが、それでもなんとなく覚えている。
この廊下をもう少し歩けば、生徒会室があったはずだ。
聞くところによると、そこが一番、怪奇現象の起こる場所だとか。
だから俺たちは、そこに向かっていただけだが。
ガタンっ!!
別の教室から、物音がする。
方向的には、生徒会室の手前にある旧大教室。備品を置いてるところだ。
ガタタっ!!
人力では絶対に出せない大きな音に、全員がびくりと肩を上下させた。
そして、次の瞬間——。
旧大教室から、机が雪崩れ込んできた!