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第32話 読解、トキメキ探しのダイアリー

——アタシは、トキメキを探している。


 トキメキ。

 その丸っこい単語が、嫌でも目についた。

 宙をぷかぷか浮いてはしゃぐ、薄緑のおかっぱ生徒が脳裏を過る。


「トキメキって、もしかして」


 ザラメがハッとして声を零す。

 多分、こいつも俺と同じことを考えている。

 俺は、その答えを探るべくページを捲った。


 ——“トキメキ”って何?

 色んな本を読んだけど、分かんなかった。

 でも、欲しくてたまらない。満たしたくてしょうがない。

 トキメキって言葉に、胸が高鳴っちゃうの。


「やっぱこれ、ミドウの……」

「ですよね」


 ——せんせーが言ってた。恋はトキメキだって。

 恐怖に追い込まれると、恋をしやすくなるって。


 “せんせー”の似顔絵と一緒に、文は続く。


「吊り橋効果ってやつか」

「つまり、ミドウさんは生徒を怖がらせることで、トキメキを引き出そうとしたってことですかね?」

「だろうな」


 日記を閉じ、教室を一望する。


「他にもなんかあるかもしれねぇな」


 ここがポルターガイストの頻発する場所だったのは、物証があったからだろうか。


「探してみましょう!」

「だな」

「捜査……」

「まずはここの書類を……あれ? 佐藤さん、どこへ行くんですか?」


 抜き足差し足で出口に向かう佐藤。


「ちょ、ちょ〜っとお手洗いに行こうかな〜って」

「行かせねぇよ?」


 佐藤の肩に右手を置く。

 そんでもって、がっちり掴む。


「い、痛いな郡。離してよ郡」

「なんで逃げるんだ? まさかここに、不都合なもんでもあるのか?」

「まっさかぁ、そんなことは……」


 左手で、佐藤の左手首を握る。


「お前、この異変に関わってるだろ」

「ナ、ナンノコトダカサッパリダヨォ」

「ミドウがガムシロップ持ってたんだよな。お前がいつも持ってるのと同じやつ」

「うわぁ~、す、すっごいぐうぜ~ん……」


 目が泳いでるじゃねーか。

 つーか死んだ魚みたいに虚を仰いでるぞ。

 滅茶苦茶怪しい。むしゃくしゃしてきた。

 握る手に力が入る。


「ちょ、いだい! 逃げないから優しくしてぇ!」

「嘘つけ! 絶対とんずら決めるだろお前」

「郡さん、いくらなんでも友達を疑うのは……」

「ひどい……」

「俺が悪いの?! どう考えてもこいつ黒だろ!」


 ザラメもコスズも騙されるな。

 見たか佐藤のほくそ笑み。「数で勝ったんだけど郡君?」みたいな顔。

 1対3、俺が完全アウェーだ。勝ち目がねぇ。

 決め手に欠ける尋問。苦虫を嚙み潰したような心地でいると……。


「なぁ佐藤青年。ホワイトボードに、ミドウの名とともに君の名が書いてあるのだが」


 救世主がいた!! 鶴の一声ならぬ、神の一声。モザイクのせいで雰囲気台無しだけど。

 この一言で、ザラメとコスズが頷き合う。俺たちを回り込み、扉の前で両腕を広げ立ち塞がった!


「ザラメを騙すなんて100年早いです!」

「早い……」


 さっき普通に騙されてたんだがな。


「犯人……確保……」

「観念してください!!」


 あっさり手のひらクイックターン。すっげぇ切り替えの速さ。ともあれ形勢逆転だ。


「ぁ、あわ……わ」


 佐藤はか細く鳴き、丸い汗を滝のように流す。

 それを目の当たりにした途端、何かが爆ぜた。今までぐつぐつと腹の中で煮えていたものが、泡を立てて一気に噴き出したような気がして。

 佐藤の耳元に顔を寄せ、囁くようにして再度問い詰める。子どもに尋ねるかのごとく、ねっとりと。


「なぁ佐藤クン。ミドウに、協力してるんだよな」

「…………はぃ、その通り、です……」


 わななく佐藤の顔は、アンデッドもびっくりするぐらいに青ざめていた。

 ザラメがジト目で詰め寄る。


「それで、どうしてミドウさんに協力を?」

「だってそりゃぁ……」

「そりゃぁ?」


 呼吸を整えて言ったのが、同情誘う動機ならまだ良かったが。


「面白そうだったんだもん☆」

「ざけんなクソ教師!!」


 有罪。情状酌量の余地はなかった。

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