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第16話 残された時間の使い方。

「反対2。及び、欠席した──」


 ファシリテート役を担っているのは、旧領邦軍遺族会を支持母体とする議員である。


 グレン・ルチアノの政敵であり、尚且つ思想信条が180度異なるとはいえ、コップの中の争いが許される状況下に無い事を互いに理解していた。


「ロベニカ・カールセンを除き、評議会議員の賛成多数を得ました」


 この場でロベニカが地球圏に入っている事を知る者はグレンのみである。


 但し、そのグレンですら、彼女が月面基地で旗艦トールハンマーと再会したとは夢にも思っていない。


 トーマス一座が無事連れ帰ってくれる事を願ってはいたが……。


「よって、グレン・ルチアノを臨時独裁官と任じます」


 ◇


「臨時独裁官に、戒厳令?」


 意外な情報提供者からの話を聞き終えたソフィア・ムッチーノは、著述支援システムのコンソールから目を離した。


「夢見る御曹司にしては随分と思い切ったものね」


 政変後のソフィアが辿った苦難の道は涙無しに語れない──本人談による──が、現在は独立系の報道メディアを運営している。


 独立系とはつまり教化委員会の認可を得ていない、という意味だ。


 専制主義国家においては体制側に与し、まがりなりにも共和制を目指す国家では反体制派として活動する……。


 我ながら何と天邪鬼なのだろうかと思うが、結局は個人の好悪で論ずる他ないのがジャーナリストなのだろう──と達観し、一連のオリュンポシズムを糾弾する記事を書き連ねていた。


「トロヤで反乱でも起きたのかしら?」


 << ── >>


 ソフィアの質問に答えるべきか否か、FAT通信ユニットのモニタに映る女は若干躊躇う様子を見せた。


「つまらないから、私は現象だけの記事は書かないの、フィオナ」


 フィオナ・カウフマン。

 教化委員会の尖兵として、高等教育院で思想教育を担っている。


 彼女はトールの右腕ケヴィン・カウフマンの娘だが、遺族会に代表される右派勢力を毛嫌いしていた。


 他方で、共和制を目指すと謳いながらメーティスと手を組むグレンも否定している。


 つまり彼女は教化委員会保守本流、オビタルの、オビタルによる、オビタルのための共和制を目論む派閥に属していた。


 << 問題はトロヤではなくタイタンです >>


 今回の動きを快く思っていない教化委員会派の評議会議員が、政府の公式発表前にフィオナを使い情報をリークしているのだ。


 ──教化委員会は余程グレン・ルチアノを失脚させたいのね。

 ──思想は違えど、遺族会も同じ動きをすれば……。


 だが、話の続きを聞くと、評議会内部の政治的思惑など吹き飛んでしまった。


「ええっ!? レギオン旗艦ですって!?」


 ポータル活性化と言うフレーズに一瞬華やいだソフィアだったが、ポータルから現れたのが蛮族の船では何の意味も無かった。


 例え復活派勢力だったとしても帝国の艦船ならば──と思わずにはいられない。


 彼女は飢えていたのだ。


 帝国の豪奢に。

 驕れる貴種達の絢爛に。

 何より英雄トール・ベルニクに。


 が、ともあれ、まずは蛮族である。


「船団国からコンタクトはあったの?」


 << いえ >>


 と、フィオナは暗澹とした表情で首を振った。


 << レギオン旗艦現るの打電を最後に、防衛陣を築いていた木星方面隊との交信は途絶えています >>


「つまり──全滅──」


 << 評議会はそう判断しました >>


 ならば、今回の評議会の決定も当然だろう、とソフィアは思った。

 速やかに戒厳令を敷き、臨時独裁官が危機管理に当たって然るべきである。


「でも、あなた達はこれを潰したいのよね?」


 << 無論です。臨時独裁官なる制度を教化委員会は──いえ──私は支持していません。いかなる事態に陥ろうとも、評議会という准民主的なプロセスを経るべきなのです >>


 フィオナに気付かれないようソフィアは浅く息を吐いた。


 ──カウフマン家の子が、随分と青鳩被れに育ってしまったのね。

 ──それとも──閣下への逆恨みかしら?


 オソロセア領邦への遠征に、ケヴィン・カウフマンは従軍している。当時、中央管区司令官だったケヴィンが、遠征軍に随行する羽目になった経緯は分からないが……。


「そう──なら、あなた達から期待されているのは、これまで通り私が評議会を批判する事なんでしょうけど──」 


 全ては是々非々であるべきだし、そもそもソフィアの信じた唯一の政治家は飄々とした専制君主であり、尚且つ思想信条に拘泥しない男でもあった。


「私は応援するわ」


 その政治家に倣って、あまり上手くないウインクも添えてみた。


「全力でね」


 ◇


「いかほど全力を出したところで、火星方面隊如きでアレを抑える事など出来んのだ!! 馬鹿どもがッ!!」


 白いものが交じり始めたカイゼル髭を揺らし、オリヴァー・ボルツが机を叩いて吠えた。


「わ、我々に如きとは無礼千万! 穀潰しの南極方面隊がっ!!」


「喧しいわいっ!! 兎も角あの化け物艦が放つ対消滅波は重力場シールドでは防げんぞ。だから、そのええと例のあれだええと──」

「閣下、アンチフェノメンシールドです」


 ディオが耳元で囁いた。


「それだっ! そいつが無いと、へなちょこのお前等では──」

「オリヴァー司令」


 いがみ合う火星方面隊と南極方面隊の両司令を前に、グレンは先が思いやられると眉間を指先で軽く揉んだ。


 レギオン旗艦の正確な速力は不明だが、タイタンポータルから火星圏までは亜光速移動で二時間程度である。


 残された時間が余りに少ないのだ。


「では、どうしろとお考えか?」


 と、グレンは問うた。

 アンチフェノメンシールドが必要と言われても、無いものは無いのだ。


「トールハンマーがある」

「ふん。何をほざくかと思えば、トールハンマーなど旧軍の消息不明艦ではないか。バカバカしい。やはり火星方面隊のみで──」

「黙れいっ! これまでも幾度も上申して来たように、あれはまだ月面基地に存在する。故にこそ、儂等は地球圏奪還をと口酸っぱく唱えて来たのだが──」


 己の怒気を抑えるためオリヴァーは暫し瞑目した。


「我等を地球圏へ派出せよ。月面基地へ辿り着きさえすれば、蛮族に抗し得る兵器が手に入るのだ」

「──しかし、動くのだろうか。かなり特殊な船と私も記憶している……」


 一般的なμミュー艦が駆動するには贈歌巫女が必要である。


 だが、トールがみゆうを覚醒させて以降、トールハンマーは贈歌巫女を必要とせずに駆動出来るようになった。

 トールが光速度の彼方に消えた今、彼女は眠りについているが……。


「その点も問題ない」


 オリヴァーは自身の胸を叩いた。


「贈歌巫女の当てはあるのだ」

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