「はい、これ落ちてた物です」
「ありがとう、助かったよ」
街の中に在るNPCが経営しているカフェの中で、適当にデスペナルティが明けるのを待っていると。
何とか帰還してきたクリスが店内に入ってきたため、私の座っている席へと誘導した。
「最後はすいません……」
「いや、仕方ないよ。アレ知らなかったんだろう?知らないものを警戒しろって言うのは無理だって」
死ぬと同時、私がその場に落としてしまった所持品を渡されつつ。
する話題といえば、ヴォーパルラビットが最期の最期に私に対して致命傷を与えてきた謎の行動の事だ。
クリスからの情報にはそんな事をするなど書いていなかった。
つまり、ここがベータテストと製品版での違いなのだろう。
「ラストアタック、とか言われる奴だね」
「ヴォーパルラビットに関して言えば、見られた位置に裂傷を付ける……とかですかね」
「多分そんな感じだと思うよ。結構深めに斬られたから、避けるとか先に目を潰しておくとかしないとダメかもしれないねぇ」
対処は簡単と言えば簡単だろう。
ダメージ量などは分からないものの、ラストアタックの発動条件は恐らく『見られていること』。
それも全体的にではなく、ヴォーパルラビットに見られている部位に対して発動するのだから……最悪、その赤い瞳を手で覆うなりしてしまえば、手が犠牲になるものの。私のように殺される所までは持っていかれないだろう。
だからこそ、この話題はここで終わり。
次の話題に移っていこう。
「で、じゃあ色々あったけど分配の話をしようか」
「どうします?私ほぼ参加してませんけど」
「んん-、じゃあこっちで欲しい部位だけ指定して良いかい?それ以外はクリスちゃんの自由にするって感じで」
「……良いんですか?いや、私が言う事じゃないんですけど、それこそ全部持っていくとか言われても文句は言いませんよ?」
「それはダメだね」
彼女が持ち帰ってきたのは私が落とした所持品だけではない。
私が死んだものの、殺し切ることが出来たヴォーパルラビットの死体もしっかり持ち帰ってきてくれたのだ。
「君は功労者なんだよ。自分じゃそうじゃないと思ってるかもしれないけれどね。矢で動きを止める、死んだメンバーの所持品を持ち帰る、獲物を持ち帰る……どれも君の功績さ。寧ろ私が部位を指定する方が図々しいって言うべきだと私は思うぜ?」
「そう……ですかね?」
「そうそう。だから……私はあの兎の目を貰ってもいいかな?」
その言葉に、クリスは少しだけ考えた後に了承した。
ベータテストの情報を持っているならばある程度察する事はできるだろうが、ヴォーパルラビットの目は恐らく魔眼やなんだと言われる類の物だろう。
何せ、発動条件はあったものの。私の首を切断した下手人なのだから。
そんなものを要求したのにも関わらず了承してくれた彼女に心の内で感謝しつつ、カフェから解体施設へと移動を開始した。
当然、その道中で手に入れた低品質のフォレストウルフの素材を売って金銭に変えた後だが。
「そういえば、さ」
「何でしょう?」
「レベル上がってたんだよね。それにスキルも増えてる」
「それはそれは。……あ、私も上がってる」
歩きつつ目的地を目指す途中。
私はヴォーパルラビットの唯一の手元に残っていた戦果である経験値の行方をウィンドウを表示して確認していた。
――――――――――
マイヴェス レベル:3
Preference:悪食家
HP:130/130 MP:115/115
PoF:87/100
Equipment:【食人の服・上】、【食人の服・下】
Skill:【危機察知】、【背水の陣】、【包丁使い】、【第六感】
――――――――――
レベルがいつの間にか3まで、そしてスキルに【第六感】という知らないものが増えていた。
これについて聞いてみれば、
「【第六感】は、感覚全般が強化されるスキルのはずですね。斥候役とかが狙って発現させて、罠とかが何処にあるか見抜くのに使ってたはずです」
「成程……ヴォーパルラビットの攻撃を見えないけど防いでたのが原因かな?」
「恐らくは」
少し集中してみると、周りの人の気配や一瞬こちらへと向けられた視線など、視覚的にではなく直感的に分かる。
どうやらこれが【第六感】の効果の様で……探索中は確かに便利だろうと、そう思った。
「あとはレベルが上がったならツリーを増やしたり出来ますね」
「なる、ほど?あぁ、これか。ツリーシステムの方にもステータスみたいのがあるんだね」
言われ、ウィンドウを弄ってみれば。
現在取得しているツリーの一覧と、『保有ポイント:4』と書かれているのが目に見えた。
オヘルがキャラクター作成時に言っていたポイントはこれだったのかと思いつつ。
彼女に更に説明を促すと、
「そのポイントを使って、未取得のツリーを取得したり、あとは既に取得済みのツリーのレベルを上げたりできますよ」
「ふむ、オススメは?」
「私は……そうですね。ある程度のスタイルが確立してるならそれに合ったツリーに、まだ模索中ならツリーの数を増やすって感じですかね」
そう言われた瞬間に、私は戦闘ツリーと料理ツリーの両方に2ずつポイントを割り振った。
すると、だ。
【ツリースキルが発現しました:【戦闘経験値微増】】
【ツリースキルが発現しました:【休息時HP回復微増】】
【ツリースキルが発現しました:【ラーニング確率微増】】
【ツリースキルが発現しました:【料理効果微増】】
一気に4つのスキルが発現したというログと共に、キャラクター作成時に見た系統樹が表示されているウィンドウが2つ出現する。
それぞれ『戦闘ツリー』、『料理ツリー』と銘打たれたそれらをよく見てみると、白く輝いている実のようなアイコンが2つずつあることが分かった。
試しに1つタップしてみると、【戦闘経験値微増】という先程入手したスキルの名前が表示される。
「ほーぅ、これがツリーの強みって事かな?」
クリスにも見えるようにウィンドウの設定を見せれば、彼女は首を縦に振り肯定した。
ツリーの強み。それは簡単にスキルが獲得出来る所だ。
他のスキルを発現させる方法は、言ってしまえば運の要素が多すぎる。
今回獲得した料理ツリーのスキルである【ラーニング確率微増】なんてものもあるにはあるが、それにしたって本当に効果量は微量なのだろう。
だからこそ、こういった所でスキルが獲得できる。
「これ進めていくと【危機察知】とかみたいなスキルも獲得できるのかい?」
「出来ますね。狩猟ツリーとかだと矢が散弾になったりするスキルが手に入ったりしますよ」
「成程……本当、強みって部分だねぇ……」
ただ、やはりデメリットというか。弱みと言える部分は存在している。
それは単純に、『レベルを上げないといけない』という点に尽きる。
言ってしまえば、他のスキルの発現方法はレベルアップを伴わない方法だ。食えば、行動すれば発現する可能性があるのだから。
しかしながらツリースキルはレベルアップ時に獲得できるポイントを使い、新たなツリーやスキルを獲得するのだから、他の方法と違い進行はどうしても遅くなってしまうのだ。
「どっちもどっち、気にせずプレイするのが良さそうだ」
「レベリングなんてするより、獲物を狩ってきて食べた方が良かったりする場合もありますからねぇ」
「ケースバイケースだねぇ……」
そんな事を話していれば、いつの間にか冒険者ギルドの前まで辿り着いていて。
私とクリスは解体施設の方へと移動する。
まだまともに冒険者ギルドを利用した事はないものの、何処かのタイミングで利用してみよう。
解体施設の中へと入ってみれば、私が初めて狩ったフォレストウルフを解体してくれたNPCのおじさんがまだそこで作業しているのが見えた。
これ幸いと思いつつ、彼に今回も依頼しようと話しかける。
「すいません」
「む?……おぉ、嬢ちゃんか。どうした?」
「新しい獲物を狩ってきたんでね。解体してほしいのだけど……今は大丈夫かな」
「今の所は何も仕事は入ってねぇから大丈夫だぞ。……しかし真面目だな。あれくらいの狼1匹狩ってきたなら今日の飯くらいは余裕だろうに」
「あは、私達はそういうの気にせずに狩るからねぇ」
そう言いながら、クリスに目を配りヴォーパルラビットを出すように促した。
その意図を察してくれた彼女がインベントリ内からソレを取り出すと、
「……おぉう。こりゃあ良いもん狩ってきたな。それに自分で処理しようとせずにここに持ってきたのも良い心がけだ」
「私達に解体技術はまだ無いからねぇ。で、これを解体してもらいたいんだけど……幾らくらいになるかな?」
NPCの彼にとってもヴォーパルラビットは良いモノの範疇の様で。
クリスが出した死体を色んな角度から眺めては頻りに頷いている。
私が料金の話を出すと、私とクリスの両方の目の前に半透明のウィンドウが出現した。
「とりあえずこれくらいだ。全体を解体するなら、だが」
「と言うと?」
「肉の使い道をこっちで決めて良いならもう少し安くしよう。どうだ?」
その言葉に私とクリスは一度お互いに顔を見合わせて。
クリスが微笑んだのを見て、私はその申し出を了承した。
解体施設のNPCである彼が肉の使い道を指定する、というのは中々に興味深いのだから。
ヴォーパルラビットの解体は程なくして終わり、私は『首狩兎の赤目』という素材を2つ、それ以外の素材はクリスが受け取った後。
綺麗に経木によって包まれたヴォーパルラビットの肉を持たされる。
「良いか?今から教える場所に行って、この肉と俺の名前を出せ。それで分かってくれるだろうからよ」
「成程?……で、貴方の名前は?」
「おっとこりゃあいけねぇ。俺はアリバースってんだ。これからもご贔屓に」
NPCの彼……アリバースに礼を言った後、私達は言われた通りの場所へと目指す。
ここで変に逆らっても、彼の心象が後で悪くなるだけだろうし……NPCの好感度があるかどうかは分からないが、そういうモノが下がってしまうのは避けておいた方がいいだろうから。
「クリスちゃんは
「いえ……ベータテストだと発生しなかったイベントですね、これ」
隣を歩くクリスに話を振ってみれば、彼女も知らないという今回のアリバースの行動。
当然、彼女がヴォーパルラビットの情報を持っていたという事はベータテストでも倒されていた個体だという事で。
つまりは、アリバースのような解体施設のNPCが『肉の使い道を決めさせてほしい』と言ってくる状況に心当たりはないようだった。
歩くこと暫し。アリバースに言われた場所へと辿り着いた私達を迎えたのは、古びた喫茶店のような店だった。
ゲーム内の現在時間は凡そ夕方と言った所なのだが、まだ営業している様子はない。
本当にここで合っているのかと2人して周囲を見渡していると、カランという音と共に喫茶店のドアが開いた。
中から出てくるのは初老の男性だ。ひょろ長いという印象が先に来た後、燕尾服のようなものを着ている事に気が付いた。
「えぇっと、お嬢さん方。まだ営業時間前なのだが……」
「あっ、えっと。私達アリバースさんにここに行けと言われたのですが……」
「何?アリバース?あの馬鹿が寄越したお嬢さん方か。……よろしい、お入りなさい」
彼はアリバースの名前を聞いた途端、少しだけ考えた後に私達を店の中へと招き入れた。
再度顔を見合わせつつ、行くしかないと私が前に、クリスがその後ろからついてくるという形でその喫茶店の中へと入る。
喫茶店の中は、外見とは違い中々に綺麗だった。
アンティーク調と称すればいいのか、私の少ない語彙では分からないものの。
少ない白熱電球による照明によって照らされている薄暗い店内は中々に新鮮味があった。
促されるままに2人して木製のテーブルにつくと、初老の男性は私達へと一礼する。
「ようこそ、喫茶店『ストレチア』へ。オーナー兼店主のエリックスです」
「どうも。アリバースさんからはここに来て、これを渡せば良いって言われたんだけど、説明してくれるかい?」
私が経木に包まれたヴォーパルラビットの肉を手渡すと、エリックスは微笑んだ。
「えぇ。アリバースは有望な新米冒険者を見つけては、うちに案内して料理を奢る……というのが趣味でして。今回もその類でしょう。これは……ヴォーパルラビットですか」
「さっき森林で戦いまして。それで料理を?」
「はい、作りましょう。お代はアリバースから後々貰いますので、少々お待ちください」
彼はそのまま厨房の方へと歩いて行った。
程なくして小気味いい調理の音が聞こえ始める。
さて、気になるのはこの流れ……ではなく。
「所でクリスちゃん」
「何ですか?」
「NPCが調理した料理でのラーニング確率でどれくらいなものなんだい?」
ヴォーパルラビットの肉を使った料理によるラーニングの確率だった。
当然、このゲームには料理ツリーなんてものがある以上、プレイヤー自身が調理をすることも想定されているだろう。
そして私が獲得したツリースキルのように、スキルをラーニングする確率を上げる事だって可能だと考えられる。
では、それらを踏まえた上でNPCが調理した場合にはどうなるのか、という点だ。
「調理する側の技量による、としか言いようがありませんね」
「というと?」
「少なくとも、NPCとプレイヤーの間には調理技術に差は殆どありません。寧ろ精密さで言えばNPCの方が上でしょう」
「だろうね。向こうはプログラムが人の形をしているんだから当然だ」
「えぇ、ですから変わるのは技量……個人の持つスキルによって変わります」
ここで彼女は人差し指を立てながら話し始める。
どうやらクリスという女の子は、教えるのが好きな性質のようで。少しだけ頬を緩ませながらも饒舌に語っていく。
「このゲームでは、NPCにもスキルが設定されているんです。なので、調理に特化しているNPCならば、プレイヤーよりもクオリティの高いものが出てくるでしょうね」
「ふむ、ということはだ」
「えぇ。期待してもいいと思います。特にこんな喫茶店を経営しているNPCの調理スキルが低く設定されてるとは思いませんし」
ヴォーパルラビットからラーニング出来るスキルに思いを馳せながらエリックスを待っていれば。
ものの数分で2皿、厨房から持って歩いてくる彼の姿が見えた。
彼はそれぞれの皿を私達の前に置き、にっこりと微笑むと、
「どうぞ、ヴォーパルラビットのソテーです。……兎を食べたことは?」
「私は無いねぇ。クリスちゃんは?」
「無いです」
「ふむ、では初めにそのままで。その後にこちらのブルーベリーソースに付けて食べてみてください」
いつの間にか用意されていたナイフとフォークを持ち、私達は少し真剣な表情で皿の上を見る。
見た目は兎、と言うよりは鳥肉と言われた方がしっくりと来る肉だ。
付け合わせとして人参のグラッセやアスパラが添えられているため、こちらの方で口直しなどをすればいいだろう。
「「いただきます」」
一口サイズに切り分け、私とクリスはほぼ同時にヴォーパルラビットのソテーを口へと運び味わう。
すると、口の中に広がったのは癖のない鶏肉のような味。
塩コショウの風味はあるものの、肉の脂による甘さが私の舌に直撃した。
だがその脂もくどくなく、寧ろあっさりとしていて食べやすい。
そのままの勢いで次は勧められた通りにブルーベリーソースに付けて食べてみれば、また変わる。
甘酸っぱいブルーベリーのソースが、甘い脂と絡みつき。あっさりとしていた肉の味をコクがあるガツンとしたモノへと変化させた。
「……これは美味しいねぇ」
エリックスがグラスに入った水を渡してくれたので、それを飲み口の中を一回リセットさせる。
これは良いモノだ。
ヴォーパルラビットが良かったとか、エリックスの腕が良かったとかそういう分かりきっている事ではなく。
単純に、ここまでの味わいをVRMMOという環境でプレイヤーに感じさせるこのゲームが、だ。
【スキルをラーニングしました:【首狩り】】
勿論、このシステムも含めて。
あとでこのゲームを教えてくれた桐崎にはお礼をしなければならないなと頭の隅で考えながら。
私は皿に残ったものを、味わいながら平らげていった。