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10食目 メンタルケアには美味しいものを


アリバースに鹿の死体を預け、神殿で治療された後。

私はポーションを買い込んでから再び『ライオット草原』へと向かった。

とりあえずとは言わないが今回の目標は本当にボスがどんな相手なのかを確かめるだけだ。

死にに行く前提とも言えるが、情報を仕入れずに向かうのだ。

それくらいは許容範囲と考えるくらいが身体に変に力が入らず、リラックスした状態で挑めるだろう。


「さっきぶりだけど、見える位置にはやっぱり何もいないなぁ」


もしかしたら地中には何かが居るかもしれないが、そこを確かめる術は今のところ持っていない。

今度金物屋に寄ってシャベルでも買って試してみるのもアリだろう。

何かしらのスキルが発現する可能性も存在しているのだから。

そんな事を考えて歩いていれば、先ほどと同じように敵性モブとエンカウントすることなくボス戦用のエリアの手前へと辿り着いてしまった。

正直他の事を考えつつ、精神的なスタミナを残して歩いて辿り着けるというのはある意味メリットかもしれない。


インベントリ内から【森狼の長包丁】を取り出し、軽く振るう。

満腹度も問題ない。【飢餓の礎】を使う前提ではあるが、隙を見て何かを……最悪地面の土でも食べれば悪食家の特性で回復するのだからあまり考える必要もない。

回復関係も、ポーションを買い込んだおかげでHPの回復には困らないだろう。

事前情報なし、私に考えられる範囲内での準備ではあるが十分なはずだ。


「……行くか」


足を一歩前へと、空間が歪んで見える場所へと踏み出した。

『ダーギリ森林』の時のように私の視界は一変する。


先ほどまで草原に居たはずの私の周囲には、白い山が出来ていた。

否、ただ白いわけではない。骨だ。

多種多様な生物の骨が積み重なるように棄てられ、複数の小山となっているのだ。

だがそれだけではない。

突然周囲から匂ってきた濃密な血の匂いに気を取られそうになったものの。

私のスキル【危機察知】は、その小山達ではなく空に反応する。


その反応に釣られるように空を見上げてみれば、そこには。

巨大な鳥が飛んでいた。否、それを鳥と言うのが正確かは分からない。

何故なら、普通の鳥の頭の代わりについていたのは人の顔だったのだから。

赤と黒と緑で構成された翼を大きく羽ばたきながら、それは私の事を空中で静かに観察していた。

人面鳥は私の目の前へと降り立ってくると、その顔をニタァ……と笑わせた後に大きく叫ぶ。

それと同時、人面鳥の頭の上に名前、周囲には3本のHPバーが出現する。


「【無尽食 ピアサ】……ッ!」


私がその名前を確認したと共に、ピアサはこちらへと向かって口を大きく広げ、私の事を丸呑みにしようと突っ込んでくる。

咄嗟に【飢餓の礎】を発動させながら横に避けたものの、ピアサの速度は中々に速い。

狼であったゲリより速いとは言えないものの、顔以外は鳥であるのにも関わらず地上での行動が速いと思わせるほどの速度は尋常ではない。


ピアサは骨の小山へと突っ込んで止まり、しかしながらそこからすぐには動かない。

何をしているのかと警戒しながら確認してみれば……人面鳥は骨を食らっていた。

楽しそうに、美味そうに顔を歪ませながら、地面ごとその小山程に積み上げられた死者達を食らっていた。


「……気分が良いものではないねぇ」


そして私はそこでやっと気が付いた。

ここにある骨の小山。それを構成しているのは肉食や雑食の動物の骨ばかりであることに。

このゲームを始めてからすっかり見慣れてしまった狼を始め、大きめの鳥の骨や、熊らしきもの。

果ては私が見たことのない動物らしき骨まであるが……ここで積み上げられているという事から、1つの仮説が浮かび上がる。

『ライオット草原』に居た敵性モブが異様に憶病だった理由。

それは、目の前の人面鳥が原因なのではないかと。


こうして私が攻撃していないのにも関わらず、ピアサは今だ骨を食らい続けている。

【無尽食】とはよく言ったものだ。だが、こうして見ているだけではボス戦は終わらない。

私はいつの間にか強く握りしめていた鮪包丁の柄を握り直し地面を蹴ってピアサへと斬りかかった。

狙うは翼。鳥型のボスという事は、登場した時と同じように飛んで攻撃してくる可能性があるという事。

そして私には全くもって空中に対する攻撃手段がないのだから翼を狙うのは順当だろう。


当然、骨を食らっているピアサは私の攻撃に反応は出来ず翼を斬りつける事に成功する。

ざくりと肉を断つ感触と、それに伴って硬い骨を折る感触が同時に手に伝わってくる。

伝わってはくるのだが、


「回復能力……!」


大きく口を開いたピアサは今まで食べていた骨の小山を一口で飲み込んだ。

そして次の瞬間には、私が斬ったはずの翼は時間が巻き戻っていくかのように傷が癒えていく。

満腹度を消費して自身の傷を回復させる能力だろうか、と頭に過ぎったものの。

ピアサが嫌らしい笑みを浮かべながら視線をこちらへと向けたため、私は距離を取るために地面を蹴った。

だが、ピアサはそれを追うような事はしなかった。

否、ピアサには追う必要がなかったと言った方がいいだろう。

私が地面を蹴ると同時、両の翼を大きく広げその場で大きく羽ばたいたのだ。


「う、おぉおおおッ?!」


ピアサが羽ばたくと共に、その翼から3色の羽根がこちらへと向かって散弾のように撒き散らされる。

ただ羽根が舞うだけだったなら私も大きく慌てる事なんてなかっただろう。

しかしながらそれらの羽根は、【飢餓の礎】によって強化されている私の身体能力をもってしてもほぼ線のようにしか見えない速度でこちらへと飛んできたのだ。

数が多く、速度も速い。

斬り払おうにも鮪包丁を一振りしている間に私の身体に何本もの羽根が突き刺さる事だろう。

逃げようにもピアサが羽ばたき続けているために羽根の散弾は収まる様子はない。

だが所詮は羽根だ。

幾らその速度が速かろうと攻撃力は低いと考え、私は空中で腕を交差させ身体を丸める。

頭や内臓に傷が付かないように、それ以外の面でその羽根を受けるために。


ドドドッという羽根には似付かわしくない音と衝撃が私の腕や足、周囲から聴こえてくる。

それと同時に【背水の陣】が発動し、私のステータスが更に強化されるものの、今は関係ない。

吹き飛ばされるように、羽根の勢いに押されるように私は丸まったまま地面へと着地し、そして転がっていく。

最終的に適当な骨の小山へやぶつかった所で羽根の散弾は止んでくれた……のだが。


【外的要因を確認:デバフを獲得しました】

【『熱病』、『暗闇』、『毒』】


HPはそれほど減ってはいない。

音や衝撃だけだったのがよく分かるものの、問題はそこではない。

3色の羽根が突き刺さった私は視界が暗く染まり、身体は熱を持ち動かし辛くなり、そしてどこか息苦しく胸を締め付けられる感覚に陥った。

原因は分かりきっている。

そしてピアサの翼が、羽根が3色であった理由も理解した。


「あは、これじゃあ強化されてもどうにもできないじゃあないか」


3種のデバフを押し付け、弱った相手を丸呑みにする。

実に理にかなった狩猟方法であり、これを打ち破るにはしっかりとした対策が必要であることがよく分かった。

暗闇の中、私は何とか体勢を立て直したものの。

強化された私の聴覚はこちらへと向かってくる何かの音を捉えており、いつも危険を報せてくれるスキル2種も目の前にソレが迫っている事を教えてくれていた。

私は動かし辛い身体を無理やりに動かし、インベントリ内へと包丁を仕舞った後に一言、


「次は食うからな」


【死亡しました:デバフを獲得します】

【『全ステータス低下』:30min】

【Tips:デバフには種類があります。中には薬を使う事で即時解除が出来るものも存在するので試してみましょう!】


次に私の視界に映ったのは、街の神殿に近い様式の建物の天井だった。

教会にあるような長椅子に寝かされていた私は、重くなった身体を起き上がらせると近くを歩いていた神官に話しかける。


「ここは?」

「あぁ、食人さん。起きられたのですね。ここは各地で力尽きてしまった食人さんが戻ってくる聖堂となります。そちらから外へと出る事が出来ますが……大丈夫ですか?」

「ん?どういう意味だい?」

「いえ、少し調子が悪そうな表情をしていられたので」

「……あぁ、問題ないよ。ありがとう」


神官に礼を言って立ち上がる。多少ふらついたものの行動出来ないほどではない。

言われた通りに外へと出てみると、近くに神殿が見える。マップ的には初期拠点内ではあるらしい。

私は少しだけ周りを気にしつつ神殿の方へ、そちらから街の方へと歩いていった。

アリバースに預けていた鹿の素材を受け取った後、向かうは喫茶店ストレチア。

時間的にはまだ少し早いだろうが……それでも。

少し落ち着いた所で何かを食べつつ考えねば、私の今の気持ちはどうしようもないだろうと自身で分かっていた。

少しして辿り着いたストレチアの扉をノックすると、中で開店準備をしていたエリックスが出てきてくれる。


「む、お嬢さんですか。しかし申し訳ありません。まだ少し開店には早い……あぁいや。この場合はそうではないですね。素材は持っていますか?」

「うん、メドウディアの肉と『ダーギリ森林』のボスの血液なんだけど、良いかな?」

「ボス……という事は森林は攻略されたのですね。おめでとうございます。問題ありませんよ、お入りください」


私の表情を見たエリックスは、本当にNPCなのかと疑ってしまう程に機敏に心情を理解して店の中へと入れてくれる。

私が鹿の肉とゲリの血液を渡すと、代わりにお冷を置いて奥のキッチンへと引っ込んでしまったが……それでもありがたい。

お冷を一口含み、飲み干してから両手で顔を覆う。


「あぁー……慢心してたぁ……」


何処かで私は慢心していたのだろう。

ゲリと一対一で戦い、クリスの援護も多少はあったものの打ち勝って。

スキルも装備も良くなって、下手な相手には負けないだろうという感情が何処かにはあったのだろう。

今回負けるのは良い。元々負けるのが前提で挑んでいるのだからそれは良い。

しかしながら負け方にも色々ある。


特に今回、私の負け方は最悪も最悪だ。

相手に気圧され、攻撃して。

その反撃で詰まされ、そして狩られた。

情報もほぼ無いに等しい。あの羽根でダメージを食らったらデバフを受けるのか、それとも身体で触れたらデバフを受けるのかもわかっていないのだから。


だが対策を立てる事は可能だ。

簡易的な盾があれば羽ばたきからの羽根の散弾は防げるだろうし、デバフ回復用の薬さえ買っておけばデバフを獲得しても多少のラグはあるものの対応は出来るはず。

デバフに対しても、『暗闇』に関しては何も対策しなくてもいいくらいだ。

何故なら視界が暗転していたとしても、【危機察知】と【第六感】の2つのスキルはしっかりとピアサの位置を私へと教えてくれていたのだから。

場所さえ分かれば、あとは距離を測って攻撃を当てるだけ。

当然、目が見えていた方が良いのは分かっているが……後回しに出来るものがあるだけ準備が楽でいいだろう。


考えれば考えるだけ色々と出来る事が湧き出てくるのに、少しだけ笑みを浮かべてしまう。

どうやら私は私が知っているよりも負けず嫌いだったらしい。

次は絶対に勝つために、そう考え頭の中で対策を取っているだけではあるものの……それでも今までにないモチベーションをもってそれらを形にするための準備を進めて行った。


「……おや、お嬢さん。顔色が良くなりましたね」

「あぁ、エリックスさん。ごめんね、押し掛けちゃって」

「いえ良いのですよ。若いうちは悩み試行錯誤するものです。そういった姿を見るのが、私共老いぼれの役目であり楽しみですので」

「あは、ありがとう。素直にその言葉に甘えるとしよう」


いつの間にかキッチンからこちらへと戻ってきていたエリックスの手には1つの皿が乗せられていた。

その皿の上には、


「これは……ソーセージかな?」

「えぇ。お嬢さんはブラッドソーセージというものはご存じですか?」

「知ってるよ。家畜の肉と血を混ぜて作るソーセージの事だろう?……あぁ、成程。鹿のソーセージにゲリの血液を混ぜたのか」

「そういう事です。ささ、お召し上がりください」

「ありがとう。では……イタダキマス」


2本の黒みがかったソーセージに、付け合わせのマッシュポテト。

エリックスの腕を疑うわけではないが、鹿の肉に狼の血が合うとは少し思えない。

だが自身で頼んだものだ。ナイフとフォークをそれぞれ手に持って、ソーセージを一口大に切ってみる。


すると、だ。プチッとした感触と共に切れたソーセージの断面からは肉汁が溢れるほどに流れ出る。

これはいけないと慌ててそれを口に運べば、口の中に広がるのは鹿肉特有の肉肉しい赤身のさっぱりとした味。

それと共に感じる強い血の風味はゲリの血液が使われた影響だろう。

しかしながらそれを邪魔だとは感じない。寧ろ、鹿肉がさっぱりとしているからか肉汁と血の風味が混ざり合いソースのようになっている。

中々に野生的な味ではあるが、これはこれで良いものだ。


次にソーセージと一緒にマッシュポテトを食べてみる。

すると、また風味が変わった。ソーセージの野性的な味をジャガイモのまろやかさで包み込み、食べやすくしてくれている。

アクセントなのか、微塵切りになった玉ねぎの歯触りの良い感触と、ニンニクの香りが更に食欲を誘い、食べる手が止まらなくなっていく。

少ししたら、私の目の前の皿には何も残ってはいなかった。


「ご馳走様。今回も美味しかったよ」

「お粗末様です。メインの素材はお嬢さんが獲ってきたモノですので、私は特別な事はしていませんよ。次もよろしくお願いしますね」

「あぁ、次は……そうだね。鳥の素材をもってくるよ。結構調理が難しいかもしれない素材だけど、大丈夫かい?」

「えぇ、えぇ。問題ありませんよ」

「ありがとう。じゃあね」


ストレチアを後にし、私は街へと再び繰り出した。

まずはデバフ対策用の薬を探す所からだ。


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