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第5話 行く道

歩き始めて、ようやく目的地の半分まで来たが、信介は汗だくになっている。タオルを持って来なかったので、水かぶったようにビショビショになって、スポーツドリンクは飲み干してしまっていた。

弥辻󠄀ときたら、汗もかかずに、軽快に足を運ばせ、リズムをとりながら歩いていた。やっぱり変な人だなと思いつつ聞いてみた。

「弥辻󠄀さんは何故、汗もかかずに歩いてられるんですか?こんな直射日光ですよ。干からびてもおかしくないですよ。」

歩くペースをゆるめず弥辻󠄀は答えた。

「まずは、呼吸。これをリズム良く吸い過ぎず吐き過ぎず、乱れないように。次に歩行、一定の間隔で歩くという感覚を無くして、歩いて無いけど進んでると脳を錯覚させる。次に、これ大事よ。暑いんじゃない、暖かいと思う事。これやってれば、汗はあまりかかないよ。」

難しいこと言う。これ、やろうと思えば何年か修行でもしないと無理なんじゃないかな。

何で弥辻󠄀さんは、易々とできるんだ。年齢だって、2個下の22なのに経験値高すぎないかな、自分の経験値が低いだけなのか?

弥辻󠄀は水筒を開け、軽く水分補給する水分を摂っている間もペースは変えずに歩き続けていた。

 2時間も無言で進むはシンドイので、僕は信介に話しかける。

「何で、筋トレばかりやってるん?特にスポーツとかやってる訳でも無いでしょ?」

信介は腕の筋肉を触りながら、言った。

「落ち着くんですよ。筋トレしている間は、何も考えなくていいし、社会からの不安を忘れる事が出来ます。でも、それを辞めてしまうと、暗い部屋で一人という何か、嫌な気持ちになっっちゃうんです。筋トレ無しでは、生きていけませんね。別に、筋肉隆々になろうとかは思ってないんですよ、アスリートを志した事も無いですし、体は細いけど、そういうトレーニングをやる事で、自分の自信に繋がるんです。」

メンタル的な問題が多いのか、確かに信介は人に見せる筋肉というより、体が締まっていて、どちらかと言うと短距離走の選手みたいな体つきをしている。

 僕は、筋トレをしたりする考えは無いけどね、特に僕に自信が無い訳でもないし、むしろ、僕に興味が無いので、生きていくの支障が無い程度の体をしていればいい。メンタル面でも、そこまで病む事は無い。只、観察という行動とボーっと電子タバコさえ吸えば落ち着いた状態を保ている。だからといってメンタルが弱い人間を責めたり、蔑ろにする気持ちも無い。彼らだって、どこかに拠り所を見つけたり、模索して、普通であろうと考えて、医者から処方箋を貰ったりして、生きているのだから。その点でいうと信介は、筋トレという、心の平穏を求めた結果、それを毎日続けている様なので、僕の考えに無い事を、平然とやってのけるのは凄い事だと思う。

 信介自身も、いつか自分に自信を持って行動できればと思うが、そういうのは、大きなお節介的な考えだろう。

僕は、観察対象や観察した物には干渉したく無いしね。

信介の腕の筋肉と足の筋肉を見つめ、そこらへんの人間より引き締まった体は素晴らしいと思いながら、弥辻󠄀は脳内で、思っていた。

 ここで、信介からも質問が投げかけられる。

「弥辻󠄀さんは、そういう続けてる趣味といってはおかしいですが、何か、譲れないとか生きる上で、大事にしている事ってあるんですか?」

少し考え、僕には観察だけでは無く、日々過ごしている中で大事にしている事がある。

「その、信介の様に、メンタルとか趣味では無く、思い付く事があるね。僕は物を大事に扱っている。今、履いてるこのジーパンとか、かれこれ6年くらい履いてる、これは金欠とか、では無く良い物は長く使いたいんだ、だいぶ履き潰された感じはするけど、大事に手入れはしているし、保管にも気にかけている。今持っている財布も、長い期間使っているよ。誰かに貰った大事な代物とか思い出の代物じゃなくて、只、これも大事に使えば長く使えるからね。特にブランドとかも気にしていないし、たまに皮財布なんで、皮脂汚れの洗浄や、それ用のクリーム塗ったりして長く使ってるね。後は、この皮靴もそう、これも、昔から履いてる。ほぼほぼ財布と同じ手入れ方法なんだけど、やっぱり踵とか擦り減ると、靴屋さんに持っていて靴底の張替えを頼んだりしてるね。でも、僕は、物が勿体ないとか、ファッションに気を使ってる訳では無いんだよ。コスパとタイパで考えてる。長年使えば、1年でも幾らか維持できれば、安物の壊れやすい物を買うより、断然コスパは良いよ。その他にタイパで言うと、服を買いに行ったり、選んでる時間が短縮できるからね。これは大きいと思うかなぁ。」

 お互いの人生観を話て、少し人間の距離感か縮めた気がする、弥辻󠄀が、ここまで人に内心を話したりするのは、初めてだった。何故か、信介は話やすい。彼は弱い部分を自分から話てくれるので、そこに好感を持てるからかもしれない。信介の生き様は、人として弱い気がするが、信介の生き様は、どこかカッコいいというか、芯があるというか、惹きつける物がある。彼の人生観はどうやって構成されたのは、知らないが、弥辻󠄀は少しばかり心が動いた。そして、思った。

 信介を、守る事に尽力しようと。


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