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第14話 自販機

 そうこう考えてる内に、僕とスイカンの距離が縮まってきていた。僕は、落ち着き、先程ホースを拝借した家から、さらに自転車を拝借した。返すかどうかは考えていないが利用できる物は利用した方が良いだろうという楽観的な考えで、自転車にまたがりペダルに足を掛け走り出した。

信介に追いつくためにペダルに力が入る。しかし、弥辻󠄀の足は重い。愛用の革靴のせいだ、黒に牛革で仕立てられたハイカットのブーツだが、かれこれ8年以上履いているので靴の皺が弥辻の足に馴染む。月に2回程、手入れをしている。何も考えずに慣れた作業をするので、頭を使わず手が覚えてる。この時だけは弥辻は考えたり、観察を止めるので、脳がスッキリする様な感覚になる。

でも、8年以上履き続けてきた靴でも、かなりの距離を走ったので、自転車に乗ってペダルを漕いだ時に疲れが出た。ペダル漕ぐという作業苦痛になった。

信介は、弥辻󠄀を置いて走り出してから、たまに後ろを気にしていたが弥辻󠄀が戻って来ない事が不安になっていた。良くない、これは非常に良くない。襲われる、逃げる、この不安感が精神衛生上、信介にはダメージがデカい。どこかで、止まって弥辻󠄀を待とうかと思ったが、それだと彼が命がけでスイカンの足止めをして、逃げる時間を稼いでくれているのが無駄になってしまう。

走るのは慣れているが、普段走っている時はストレスなど感じず気楽な気持ちでいられるが、今は全く逆だストレスが、かなり溜まる。

そろそろ気持ちが沈んで、スイカンに殺されても構わないと思った時、ある音が信介を助けてくれる事になった。

エンジン音、良く聞く音、アパートの部屋で聞く、この音は。

だんだん近づいてくる、そのマフラーから出る音が彼女の物だと確信した時、信介の気持ちは少し軽くなった。

目の前に現れた、最年少美少女大家さんのタシギさんだ。

タシギさんがバイクを減速し、信介の横で止まる。

「信介君、ランニングですか?私は軽くツーリングしてきた所です。今日は暑いですね、走ってると汗がすごいですね。私はバイクなのでスピード出している間は涼しいので気持ちいいですけど、ランニングって苦行ですね。」

言いたい事はランニングしてる人は修行でもしているの?的な事なのだろうか、それとも足で走るよりバイクで走る方が速いし涼しいというのをオススメしているのだろうか。

「タシギさん、こんにちは。今日のランニングは、ちょっと事情がありまして、僕だってこんな日差しの中ランニングはシンドイですよ。できれば日中はクーラーの効いた部屋で筋トレして、夜中に走りたいくらいです。」

信介は足を止めずに走りながら返答した。タシギさんはバイクのアクセル弱めて、ゆっくりと並走している。

「クーラーの電気代は払えるのに、家賃を払うの遅れるのですね。結構なご身分です。ランニングしている事情は知りませんが、脱水で倒れてしまいますよ、良ければ、この慈悲深き大家の私が飲み物でも奢ってあげましょうか?」

何か上から目線で言っている様にも聞こえるが、タシギさんは大家で、自分はそこに住居を借りる住人なので上下関係はできあがっている。

「電気代は口座から引き落としだから、自動で処理できるけど、家賃は手渡ししか許してくれないし、自分は人に会いたくない日もありますし、タシギさんがいらっしゃるかも分からないので、タイミングが合わないだけですよ。」

軽く軽蔑する様な眼差しをタシギさんは向けてきた。



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