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【第五話】隠し通路がバレたらしい

「ぐっ、……ああくそっ、眠れねえ!」


 騒々しさで目が覚めた。なんだこの音は、うるさくて眠れやしないぞ。


 窓を開けて外を見る。

 騒音の原因は何なのかと目を細めたが、一瞬で答え合わせすることができた。


「……テレビか」


 大きなカメラを持った人達が次から次に現れる。マスコミ関係の奴らだろう。目的地は赤の門っぽいが、こんな朝っぱらから近所迷惑などお構いなしなところは今も昔も変わらないな。


 ヒガコ荘から自転車で二分の場所に、赤の門はある。

 故に、騒ぎがここまで聞こえてくるのも仕方ないのかもしれない。


 しかしまあ、ヒガコ荘の周辺がこんなに賑わうのは一体いつ振りだ?

 ここに住み始めてから十年になるけど、下手したら大震災以来じゃないか。


 あいにく俺の部屋にテレビは置いていないので、パソコンで何かしらニュースになっていないか調べてみる。

 すると、トップニュースのタイトルが目についた。


「何々? 赤の門に隠し通路を発見!! ……なるほどな」


 合点がいった。だからこの騒ぎか。


 赤の門は世界で最古の門として有名で、大震災から十年の間に隅から隅まで探索し尽くしていた。

 赤の門でしか採れない貴重な鉱物があるから、山口不動産のように今現在でも潜るクランがあるが、それでも全盛期に比べたら閑古鳥が鳴いていると言っても大げさではないだろう。


 赤の門のダンジョン内に巣食う魔物の種類や強さも大したことがなく、ある程度の実力者であれば、潜る価値の無い門と思われている。それこそランク圏内の探索者に至っては、ここ数年は足を運んだ記録がないほどだった。

 まあ尤も、それも昨日の時点で更新されたわけだが……。


 赤の門は、地下三階層からなるダンジョンだ。

 各門にはダンジョンボスと呼ばれる親玉のような魔物が存在し、大抵の場合は最下層を縄張りにしている。

 だが赤の門のダンジョンボスは十年前の大震災で地上に現れ、自衛隊の手で退治された。


 つまり、赤の門はダンジョンボスのいない抜け殻の門なのだ。


 通常、ダンジョンボスが退治されると、主を喪った門は形を保つことができなくなり、ボロボロに崩れてしまう。

 しかし赤の門のダンジョンボスは地上で退治されたからだろうか。赤の門は未だに主が生きていると勘違いし、主亡き今も形を保ったままだ。


 しかしだからといって、ダンジョン内に魔物がいないわけではない。


 探索者組合による研究の結果、魔物はダンジョン内に漂う魔素から生み出されていることが判明している。故に、赤の門はダンジョンボスが存在しなくても魔物が生み出される歪な状態が続いていた。


 探索者登録を済ませたばかりの初心者や、経験を積みたい者など、腕に自信の無い探索者がダンジョンに慣れるには打って付けの門として認識されている。

 その寂れつつある赤の門に、マスコミが押し寄せての大騒ぎときたものだ。


 とはいえ、それも無理はない。

 数年の時を経て、新たな通路が発見されたのだから盛り上がるのも当然だ。


 そして、その隠し通路を発見した人物というのは恐らく……。


「……あの子だろうなぁ」


 思わず溜息が漏れる。

 だって、昨日実際に隠し通路を進んでいたわけだし、そうとしか思えない。

 ダンジョンから出た後、その足で探索者組合に報告したのだろう。


 いやしかし面倒なことになったな。

 あの隠し通路に関しては、実は前々から知っていた。というか誰にも見つからないようにと細工していたのは、何を隠そう俺自身だ。


 理由は幾つかあるわけだが、悠長に構えている場合じゃない。

 このまま放っておけば、命知らずの探索者が潜って隠し通路を進んでしまうだろう。もしそうなれば、確実に……。


「死人が出るな」


 朝食も取らずに顔を洗って着替えを済ますと、俺は部屋を出て自転車を勢いよく走らせた。目的地は決まっている。目と鼻の先の赤の門だ。


     ※


「ダメだ、前に進めねえ……」


 見てみろ、人がゴミのようだ。

 思っていたよりも騒ぎは大きくなっていて、赤の門へと繋がる道を真っ直ぐ進むのも困難な状況だった。これはもう、人を轢きながら行かないと無理だな。勿論しないけど。


 普段なら二分かかるところを十分以上かけて到着し、路肩に自転車を停める。

 探索者組合の建物周辺は人で溢れ返っている。そのほとんどがマスコミ関係者っぽい。本当に邪魔でしかない。


「おっ、茶川くんじゃないか!」


 少し離れた位置から声をかけられて振り向くと、山口さんが手を挙げてこちらを見ていた。探索者組合内部にも大勢の探索者がいる。その間を縫って山口さんと合流する。


「山口さん。今日も来てたんですか」

「今日もというか、山口不動産は赤の門をメインの仕事場にしているからね。本業で手が離せない時を除いて毎日来てるのさ」


 赤の門がメインの仕事場だったのか。

 俺は毎月一回行くかどうかの頻度なので、今まで一度も気付かなかった。もしかしたらダンジョン内で擦れ違っていたかもしれないな。


「しかし凄い騒ぎだな……茶川くんも聞いたかい?」

「はい。ネットニュースで見ました。何やら隠し通路が見つかったとか」

「そうそう。それでランク圏内の探索者が実際に探索に入ったらしいんだが、どうやら連絡が取れなくなったらしくてね。マスコミの奴らの話だと、亡くなったんじゃないかって」

「亡くなっ……」


 まさか、あの子が……?

 あの時、俺が一言忠告しておけば……。


「あの、それって……高校生ぐらいの女の子ですか?」

「女の子? いや、男三人組のランカーだったはずだが?」


 山口さんの返事に、思わず胸を撫で下ろす。

 いや、見知らぬ三人組なら別に死んでも構わないってわけじゃないが、昨日実際にこの目で見た子が亡くなったとなれば、さすがに目覚めが悪い。……ダメだ、これも言い訳に過ぎない。俺は性格が悪いな。


 だが、俺の心中を察することなく、山口さんは更に続ける。


「ああそうそう! 後から一人、同じくランカーが潜ったって聞いたが、確かそれは女の子だったはずだよ」

「っ、……そうですか、ありがとうございます」


 やはり、安堵するには早いらしい。

 先に探索へと向かった三人組は連絡が途絶えたみたいだが、後から入った一人はまだ生きている可能性がある。それが彼女か否かは不明だが、手遅れになる前に行動に移すべきだろう。


 だとすれば、やるべきことは一つ。


「この状況だと今日は仕事にならないな……って、茶川くん? どこに行くんだい?」

「ちょっと、隠し通路の先まで」


 それだけ言い残し、俺はその場から離れる。


 赤の門が見えるギリギリの位置に移動すると、辺りを見回す。誰にも見られていないことを確認し、右手の人差し指を立てて何も無い場所に絵を描くように指先を動かしていく。

 ものの数分で絵を完成させると、俺は堂々と赤の門に向けて歩き始めた。


 赤の門の周りには人の波ができていて、更には立ち入り禁止と書かれたテープで囲われていた。ランカーと連絡が途絶えたのだから、それも当然の処置と言えるだろう。


 現状、赤の門に潜る許可は、ランカーに限られているはずだ。

 つまり、ランク圏外の俺に許可が下りることは有り得ない。


 だが勿論、許可など必要ない。んなもん糞食らえだ。


 俺は誰の目も憚ることなく堂々と胸を張って歩いてテープをくぐる。

 それから赤の門の前に立つと、一呼吸を置いて一歩足を踏み出した。


 目的は二つ。

 隠し通路を探索しているであろう彼女の救出と、もう一つは……。


「どうかまだ、無事で居ますように」


 存在するはずのない神には祈らず、代わりに家族の顔を思い浮かべて口にする。

 そして俺は、赤の門の中へと入っていった。


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