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カレンダーボーイ
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たかせまこと
BL現代BL
2025年02月06日
公開日
2.3万字
完結済
好き。 不可能だって知ってるけど、ホントはずっと見ていたい。 カレンダーをめくるように、少しずつ変わっていく君のこと。 慶の卒業をきっかけに付き合い始めたふたりは、現在、遠距離恋愛中。 ふたりが美樹の卒業で少しだけ関係が変わる、春のお話。 表紙:西はじめさま

第1話 バレンタインデイ(慶)

 たとえば正月。

 たとえば盆。

 それから、クリスマスもそうかな。

 日本全国津々浦々、どこもかしこもって浮かれざわめく年間行事、って感じではなく。

 局地的に……ごくごく一部の年齢帯の人間だけが、そわあって浮かれるそんな時期。


 それが二月。

 今日はバレンタインデイだ。


 ご多分にもれず、俺――羽鳥慶はとり けい――だって浮かれます。

 先日は恥ずかしいのをこらえて、ちょっと値のはるチョコレートを手配しておいた。

『ふわりと花が綻ぶような』って言いたくなるような、あの笑顔のためなら、多少の気恥ずかしさくらい乗り越える。

 だって、好きな人のためのイベントだ。

 笑顔のために頑張るし、その笑顔を想像しては、浮かれたりもするだろう。

 届いたって報告を楽しみに、待機したりするだろう。

 でも。

 一方で、浮かれつつ腹の底にたまったぐるぐるが、もう、これもう、って感じで重たくのしかかる。

 それでも外面はいい方だから、友人と一緒の時には平気な顔をして。

 自分一人になると、こうやってスマホの画面を眺めてうだうだとしている。


 俺の大事な人は、今、手の届くところにいない。

 いわゆる遠距離恋愛だ。

 俺は大学進学でどうしてもどうしても、という状態で、地元を離れて寮に入った。

 二年間だけは寮に入らなきゃいけなくて、どうしようもなかったんだ。

 俺の大事なミキ――小椋美樹おぐら よしき――は、まだ高校生で親元にいる。

 大学は同じじゃなかったとしてもこっちに進学して、その時はルームシェアという名の同棲をしよう、そう約束して早一年と十か月。

 同性だってことの迷いなんか、付き合い始める前に乗り越えた。

 物理的な距離も、お互いの努力で今のところ素敵なスパイスだ。

 約束の日はもうすぐやってくる。


 し・か・し!

 人によっては『脱!童貞処女』を掲げるバレンタインというこのイベント。

 これが単純に浮かれていられようか。


 かわいいんだよ。

 誰が何と言おうと、俺のミキはかわいいんだ。

 それなのに、こんな浮かれた時期に、俺は近くにいられない。

 狙われたらどうするよ、っていうか、狙われない訳がない。

 だって、ミキだ。

 そして、現在ミキは高校三年。

 人によっては高校生活をかけての最後のチャンスとばかりに、猛攻を仕掛けてくるだろう。

 ミキの気持ちを疑ってはいない。

 これっぽっちも疑ってないし、疑いをはさむ余地もない。

 俺は単純に周りの野獣ども――男女関わらずの肉食獣たち――の暴走を心配してる。


 寮の部屋の床に、ゴロゴロと転がる。


 本人は『もやし』だと言い張るけれど、すっと伸びた平均より少し高めの身長。

 色白で細いけれど、でも貧弱じゃないしなやかな身体。

 頭が小さくて、手足が長くて、バランスがいいシルエット。

 サラサラの黒髪。

 口下手で人見知りで、感情豊かで言いたいことは表情に出る。

 普段そんなに舌っ足らずな感じはないけど、『けー先輩』って俺を呼ぶときだけは。

 そういうときにだけ、少しだけ甘えたような口調になる。

 色んなことに器用じゃないけど一生懸命で、情に厚くて、優しい。


 ああ。

 会いたいよ、俺のミキ。


「羽鳥ー、郵便来てたー」


 部屋の扉がノックされる。

 俺は慌てて外面を整えて、受け取るために扉を開けた。


「おー、さんきゅ」

「なあ、それ、誰から? 彼女??」


 隣の部屋の同級生が不思議そうな顔で、俺に茶封筒を差し出した。


「は?」

「や、だって今日だしさ。けど、なんかほら、封筒に色気ないしなあって……でも、差出人がさあ」

「差出人、見たのか」

「許せよ。差出人だけじゃん」


 はあ。

 まあ、寮なんてこれくらいプライベートがないもんだろうけどさ。

 あらためて受け取った封筒を検分する。

 定型の料金で送られる、少し大き目のごくごく普通の事務用茶封筒。

 厚みはないけど、なんか……カード? っていう感じのものが入ってる。

 宛先は俺。

 読み取る相手のことを考えたんだろうなっていう、きっちりと角の整った……少し緊張したなってわかる、ミキの筆跡。

 差出人は間違いなく、ミキ。

 字面だけだと女の名前に見えるのをわかっているから、ミキは郵便を送ってくることに躊躇いはない。

 電話はスマホであっても、頻繁過ぎないかとか気にするくせに。


「ああ、うん。あいつからだな」


 俺の口から彼女とは言わない。

 ミキは俺の大事な人で恋人だけど、決して彼女じゃないから。


「にやけてる」

「当り前だろ」

「ああ、いいよな~。ごち」

「あはは、お前も頑張れ」

「今日はもうほとんど終わりだろうがよ」


 はいはいと呆れたように笑う相手に手を振って、俺は扉を閉める。

 何だろう。

 封を切って中身を出した。


 板チョコ。


 それだけ。


「ぷ……ふふふ……」


 かわいいなあ。

 ホントにかわいい。

 大好きだ。

 ひとりで腹を抱えて笑っていたら、スマホが着信を伝える。

 この音は、ミキから。

 大急ぎで着信ボタンを押して、何よりも先に伝えよう。


「ミキ、愛してる」




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