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第82話

『聖…?あのさ、昨日は…ごめんね』


後日、聖に電話して、酔って散々愚痴ったことを謝罪した。


『なにが…?たいしたことねぇよ?あんなの、可愛いもんだ』


ふふ…っと鼻で笑われ、ところで、と話が続いた。


『仲直りしたわけ?普通の女の子の気持ちがまったくわからないアホな裕也さんとは…』


『うん、まぁ…ね』


返事をしながら思った。

聖、いつの間にか裕也専務のこと名前で呼んでる…


『あのさ…裕也専務といつの間に仲良くなっちゃったの?名前呼びしてるよね?』


『別に仲良くなんかないけど…あの事件の後、呼び出されて謝罪されたんだよ。その時かなり腹割って話して…それからなんとなくな』


何やら美味しい肉を食べに連れて行ってもらったらしい…


『その時いろいろ話して…元々の性格なのか御曹司として育ったからなのか、変人には間違いないけど…舞楽を真剣に思ってることは伝わってきた』


『そ…そうなん?』


そんなまっすぐ言われるとテレるんですけど。


『ところでその沙希さんって幼なじみ、大丈夫な人なの?』


『大丈夫…って?』


『昨日、酔って散々愚痴ってたぞ?…裕也さんのことを愚痴るのと半々くらい』


そんなに…と思いながら、お酒の力は恐ろしいと思う。

隠した本音を、いとも簡単に口外しちゃうんだから…


『うん、でも悪い人じゃないよ。多分私たちの周りにはいないタイプってだけで。…そうだ、聖…今度遊びに来てよ!沙希さん、ほとんど毎日来てるから!』


お誘いにOKをもらったところで電話を切った。



するとそのタイミングで、シャワーを浴びていた裕也専務がリビンクに戻ってくる。


バスタオルを腰に巻いて、髪をタオルで拭きながら…という姿にギョッとした。


「今日は来るなって、沙希に伝えました」


唐突に言われ「そうなんですか?」と返事をすると、拭いていたタオルを頭から下げながらダイニングの椅子に座る。


「どうしてか、わかります?」


「…いえ、あの…昨日のことならもう謝ってもらったので、私は気にしませんけど…」


「俺が気にしてるんですよ。実は」


「そう…ですか?」


ふふん…と笑う裕也専務。


過去の女性との生々しいやり取りを聞かされて、怒ったのは私だったはず。


それを…特に反省しているようには見えないけど?



「今日は1日、2人きりで過ごしたい」


飲み物をテーブルに出した私の手首を急に握るので「ひゃぁ…っ!」

と、変な叫び声が出た。


濡れた前髪が下りた状態で、逆に目力が増してるように感じる。


悪そうに弧を描く唇。

…喉仏のあたりを、水滴が滑っていく…


私はブルっと頭を振って逃げるようにキッチンに行った。


気にもせず、出した飲み物を飲んで、そのままの姿で寝室へ入っていく裕也専務。


思わず…その背中を見つめてしまう。


…あらわになった胸筋も腹筋も、腕筋…とは言わないかもだけど、とにかくしなやかな筋肉が美しく彩った体は、目をそらせないほど綺麗で色っぽい。



「舞楽…」


急に寝室から声をかけられて焦る。


「はいっ!」


妙にはっきりした返事は、自衛隊の点呼みたい。


「ちょっと来て…」


姿を現さず呼ばれて、私の脳内妄想は一気にピンク色になった。


裸でベッドに入ってたらどうしよう…酸欠でし…ぬ



そろそろと寝室を覗くと、

黒のカーゴパンツを身に着けた裕也専務が、上半身をあらわにしたまま、白とモスグリーンのTシャツを手にしていた。


「どっちがいいですか?」


「…えっと…」


そんなことより裸のほうが気になるんですけど…?

鼻の穴を膨らませないように、こっち…と指差して顔を背ける。


正直どっちも絶対似合うから、選ぶ必要ないって…


裕也専務はニコッと笑い、選ばれたモスグリーンに袖を通す。



「あ、なんか…いつもモノトーンばかりだから、色もの新鮮ですねぇ…ご自分で、選んで買ったんですか?」


聞きながら、余計なことを言ったと後悔した。


「…あぁ…これはまぁ…」


案の定、言い淀む。

わかりました。過去の女性に選んでもらったとか、贈られたってやつですね…


平然と言わないのは、さすがに昨日の今日で、学習してくれたと褒めてやろう。


生意気ながらそんなふうに思ったことくらい、許して欲しい。


「ど、どこか、いらっしゃるんですか?ちゃんとお洋服なんか着ちゃって」


「…別に。休日、家で過ごすにしても、着替えくらいしますよね?」


いや…しない、。

1人で暮らしていた時は、休日出かけなければずっとパジャマ代わりのスウェットで過ごした…


ここに引っ越して来て、さすがにそれはなくなったけど。


えへへ…と笑ってごまかして、寝室を出ようとして、ぐいっと腕を引かれた。


「服を買いに行きましょうか」


昨日のレストランで、私だけビジネススーツで…ちょっと悲しかったこと、気づいたみたい。



最寄り駅に入るファッションビル。

その中に出店しているファストファッションのお店に、私は裕也専務を連れ出した。


「…ずいぶんところ狭しと商品が積まれていますね」


…そりゃそうです。

前に連れて行ってもらった高級店とはわけが違いますから。


店内の80%は女性客で、裕也専務は珍しそうにその光景を眺めている。


「…で?どれがいいんですか?」


「どれがいいって言われても…」


もともとおしゃれでもセンスがいいわけでもない私。

今の流行りとかにも疎いんですけど。


もたもたしている私に、裕也専務は勝手にいろんな服をあてがい、1人納得してカゴに入れていった。


「…試着してみなさい」


選ばれた服は…自分では絶対選ばないような服ばかり。


大人しく試着してみると…

あれ…思ったより可愛い…?


それは白地にグリーンと青の小花柄のワンピースで、袖は少しふっくらしたデザインの七分袖。

襟元はゆったり開いてるけど、ネックレスが映えそうでとても素敵だった。


「…着れましたか?」


返事を待たずにシャッとカーテンを開けられ、鏡を覗き込む私と目が合う裕也専務。


顎に手を当てて、一歩引いて私を見ると満足そうに笑った。


「他の服の試着はいいでしょう。俺のセンスに脱帽したでしょうし」


私の感想はひとことも聞かないで、もう一度カーテンを閉める裕也専務。


気に入ったかどうか…聞くことはやっぱりなかった…




「…は?君、なにをやってるんですか?」


「このお店は、別に大丈夫なので」


背中が大胆にカットされた白いカットソーと、ハイウェストの黒いフレアスカートを着て出てきた私。


たった今、裕也専務が選んだ服だ。


この服は、今日の裕也専務とお似合いな気がして、着替えたくなった。


「…なるほど」


頭のてっぺんから爪先までジロリと視線をやり、さっきのワンピースとカゴに入れた服、そして私自身を連れて、裕也専務はセルフレジに向かった。


「バーコードを出しなさい」


くるりと背中を向けて、バーコードを探してもらう。そしてスカートの裾をめくって、出てきたバーコードを順に読み取ってもらった。



「…ありがとうございました!」


「いいえ。金額の安さには、驚きですねぇ…ところで」


「…はい?」


「君は時々あざといですね。悪女みたいに俺を揺さぶるところがある」


「えっと…突然どうしたんですか?」


「背中を見せたりスカートをめくったり。俺が動揺するとわかっててやってますよね」


「服を選んだのは、裕也専務じゃないですか」


「…だとしても、です」


言いながら腰に回された手は、ちょっとだけ色気を含んでいた。


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