最後の曲が終わり、体育館は今日最大の歓声に包まれた。
私は知らず知らずの内に流れていた涙を拭いながらステージを後にするお兄ちゃんを見送る。
「友也先輩凄かったね! ねぇゆず!」
「うん、凄かったね」
本当に凄かった。
今回のライブでお兄ちゃんは誰もが認める学校一のリア充になったと思う。
「トモちんヤバかったねー」
「ホントホント」
「私なんて目が合ったもんね~」
「そんなの勘違いです~、ざんねんでした~」
私とめぐの隣で見ていた菜々達ギャルグループもとい友也ファンクラブが今でも騒いでいる。
これじゃあお兄ちゃんはリア充どころかアイドルだなぁ。
なんて思っていると菜々から声を掛けられた。
「友也さん凄かったっしょ!」
「凄かったけど、どうして菜々が自慢してるのよ」
「そんなの友也さんのファン第1号だからに決まってるっしょ!」
訳の分からない理屈だけど菜々が満足してるなら余計な事は言わないでおこう。
特にめぐがお兄ちゃんとデートした事あるなんて知られた日には面倒な事になるに決まってる。
「んじゃあたし等は帰るから。明日は友也さんのクラスに出向かなきゃならないし」
「そっか。じゃあね」
菜々は地元が一緒だけど他の人達は藤宮に住んでる筈。今の感じだと明日もわざわざ藤宮からこっちまで来るみたいだけど……まぁいっか。精々お兄ちゃんのクラスにお金を落として貰おう。
「私達もクラスに戻ろっか?」
「あ、私は部活の出し物の手伝いがあるから」
「そっか。頑張ってねめぐ」
「ありがと。それじゃ行ってくるね」
めぐと別れ、人混みに流される様に出口から出ると、そこにはお父さんとお母さんが立っていた。
「来てたんだ」
「ええ、お父さんが今の友也を見てみたいって言うから」
「母さん! ゴホン、友也はなかなか人気みたいだな」
「うん! 学校中の人がお兄ちゃんを認めてくれてるよ」
「……そうか」
そう返事をしてお父さんは黙り込む。
それにつられて私も黙り込んでしまう。
何か言わないと、と思ってもお父さんの雰囲気がそれを許してくれなかった。
暫くの沈黙の後、お父さんがおもむろに私の頭を撫でた。
「あれなら友也はもう大丈夫だろう。本当は父さんがやらなきゃならなかったのにな。柚希、よく頑張ってくれたな、ありがとう」
お父さんからの意外な言葉に面を喰らってしまう。
だけど……だけどその言葉は――。
「ありがとうお父さん。だけど頑張ったのはお兄ちゃんだから、お兄ちゃんにも言ってあげて欲しいな」
「……そうだな。俺はまた父親として間違うところだった。すまない」
「ううん、大丈夫。お父さんの気持ちはちゃんと分かってるから」
「はは、そうだったな」
いつかの夜、心の内を話してくれたお父さんの言葉を思い出す。
きっと今日を堺に私達家族は変わっていけると思う。
それは急には変われないかもしれないけど、少しずつでも変わっていける気がする。
私とお父さんのやり取りを黙ってずっと見ていたお母さんが
「そろそろ帰りましょうか」
と言ってお父さんの肩に手を添える。そして最後に「今日俺達が来てた事は内緒な」と言い残して返っていった。まったく、ここまできて素直じゃないんだからなぁ。
文化祭最終日、私達のクラスは大盛況だった。
原因は昨日のお兄ちゃんのライブにあるらしい。
私がお兄ちゃんの妹だと何処からか知った人達が大勢押し寄せた。
前までの私なら大勢の人にチヤホヤされて喜んでいただろうけど、今はただ相手をするのが疲れる。
「柚希ちゃんお疲れさま~」
「すごい人集り出来てたね~」
「しょうがないよ、
「それに柚希ちゃん自体が美少女だからねぇ~」
クラスメイト達がそれぞれ好き勝手に言っている。
とりあえず話を合わせて一段落したところで喧噪から逃げ出した。
「この分じゃお兄ちゃんのクラスはもっと大変だろうなぁ」
そう独りごちて外の景色を眺める。
もうクラスでの演劇は無いし、終了までこうしてよう。
こうやって一人でのんびり過ごすのも悪くないな。なんて考えられるのはお兄ちゃんの影響かな。
暫くして文化祭終了を告げる放送が流れ、高校生活初めての文化祭が終わった。
教室に戻り、担任から振替休日等の説明を受ける。
掃除の時間になるとお兄ちゃんからLINEが届いた。
<いつものグループで打ち上げやるから柚希も来ないか?>
<うん、行く>
<了解。それじゃあ放課後校門前で集合で>
<わかった>
ササッとLINEを終わらせて掃除に戻る。
粗方の掃除を済ませてめぐと一緒に校門まで帰る。
「この後ちょっと用事があるから先に帰ってて」
「わかった。じゃあねゆず」
「うん、また学校で」
校門でめぐと別れ、お兄ちゃん達が来るのを待つ。
暫くして中居先輩達がやってきた。
「お、有名人の妹の柚希ちゃんだ」
「も~、やめてくださいよ水樹先輩」
「はは、悪い悪い」
「打ち上げの事は友也君から聞いてる?」
「はい。お邪魔してすみません」
「全然大丈夫よ。ね、中居」
「ん? ああ。佐藤の妹なら仲間はずれにゃ出来ねぇだろ」
「ほら、中居もああ言ってるし遠慮しないでね」
「ありがとうございます」
「ああ」
私がお礼を言うと中居先輩は照れくさそうにそっぽを向いてしまった。
そんな中居先輩を及川先輩が揶揄っている。相変わらず仲が良いなぁ。
「そういえばお兄ちゃんと水瀬先輩の姿がみえないんですが」
「ああ、あの二人ならゴミ出ししてから合流するってさ。どうする? 柚希ちゃんは俺達と先に行ってる?」
「いえ、お兄ちゃんと待ち合わせているので」
「そっか。じゃあまた後で」
そう言って先輩達は先に打ち上げ会場に向かった。
会場と言ってもいつものファミレスだけど、真弓さんが居るので少し融通が利くのは有り難い。
真弓さんの事だから一緒になって盛り上がるかもしれないなぁ。
なんて事を考えながら待っていたら30分も経っていた。
ゴミ出しにしては遅いなぁ。何の連絡もないし。
何かあったのかもしれないし少し様子を見に行ってみよっと。
上履きに履き替え、2年生の教室を目指す。
2年生のフロアに到着し、お兄ちゃんのクラスを目指して歩き出す。
すると途中の教室から物音が聞こえた。
気になった私は恐る恐る中を覗くと、そこにはとんでもない光景が広がっていた。
水瀬先輩がお兄ちゃんに馬乗りになっていて、しかも衣服が大分はだけている。
「私、こんなにトモの事好きなの!」
「南、止めろって」
「ねぇ、私の身体どうかな? 私はトモになら何されたって構わないよ」
「……ごめん」
「どうして! こんなに……こんなにトモのことが好きなのに……どう……して」
「本当にごめん。今まで期待を持たせるような事をしてごめん。南の気が済むまで殴ってくれても構わない」
「っ! ズルイよトモ。そんなこと……出来るわけないじゃん……ヒック」
「…………」
「ごめん、しばらく一人になりたいな……中居達には適当に言っといて」
「……わかった」
やば! こっちに来る!
慌てて2年のフロアから逃げ出し、気づけば校門まで来ていた。
「はぁ……はぁ……。凄い場面見ちゃった」
どうしよう。
水瀬先輩があそこまでするなんて思ってなかった。
それに動じる事なくお兄ちゃんは水瀬先輩を振った。
という事はもしかしてお兄ちゃんが大切にしたい女性って……沙月ちゃん?
沙月ちゃんはお兄ちゃんを受け入れてくれるかな……ううん、きっと沙月ちゃんなら受け入れてくれるはず。
その時は沙月ちゃんの親友として祝ってあげないと――。