水瀬先輩の想いを聞いてから数週間が経った。
当初懸念していた接し方や態度も以前と変わらず、普段どおり接してきてくれるとお兄ちゃんから聞いた。
それに一番驚いたのは水瀬先輩が合コンにハマった事だ。
沙月ちゃんに無理矢理連れて行かれた合コンで、チヤホヤされたのが嬉しかったらしい。
合コンの度に「やっぱりトモより良い男いないや」とボヤいていたので、今でもお兄ちゃんの事は好きなんだと思う。
だけど水瀬先輩はお兄ちゃんにはそんな素振りを一切見せていないらしい。
多分それはお兄ちゃんが好きで、幸せを願っているからこそなんだと思う。
沙月ちゃんのお陰で水瀬先輩は気持ちの整理が出来たのは嬉しい反面、合コンにハマってしまっている事に関してはお兄ちゃんも心配していた。
「沙月には感謝だけど、他にやりようはなかったのかなぁ」
とお兄ちゃんがボヤいていた。
まぁ自分の事を好きで居てくれた女の子がいきなり合コンにハマりだしたのだから複雑な気持ちなのだろう。
お兄ちゃんだけでなくグループの人達全員が水瀬先輩の変わりように戸惑っていたみたいだ。
それも最初の内だけで、今では水瀬先輩=合コンというキャラが定着しつつあるらしい。
実際私も何度か誘われたが丁重に断った。
そんな出来事がありながら中間試験も終了し試験休みに入ったのだが、休みに入った途端、お兄ちゃんが熱を出して倒れた。
そして今は看病の真っ最中だ。
「もう、お兄ちゃんは無理し過ぎだよ」
「ゴホッゴホッ! すまん……」
どうしてこうなったかというと、文化祭のライブが切っ掛けだった。
振替休日が終わり学校へ行くと、1年から3年まで分け隔てなく女子から猛アプローチを受けていた。
授業が終わり帰宅する時には、校門に他校の女子が出待ちまでしてたし。
アプローチされても軽く流せばいいのにお兄ちゃんは一人ひとり丁寧に対応し、睡眠時間をへらしてまでファン達の相手をしていた。
気持ちを無下にできないっていうお兄ちゃんらしい優しさではあったけど、結局無理が祟って体調を崩してしまった。
「お母さんたち遅くなるみたいだから私が夕食作るけど、食欲はある?」
「少しなら」
「じゃあお粥作るね」
「すまないな」
「今更だよ」
「はは、そうだな」
部屋から出てキッチンに向かう。
冷蔵庫の中を見て献立を考える。
お兄ちゃんには梅がゆを作って、私はどうしようかなぁ。
お母さんたちは「外で済ませてくる」って言ってたからそこまで凝った物を作っても仕方ないか。
うん。私もお兄ちゃんのお粥を分けて貰えばいいかな。
そう結論を出し、調理に掛かろうとした時、インターホンが鳴った。
誰だろう? とモニターを見ると、そこには新島先輩が立っていた。
「ごめんね~こんな時間に」
「いえいえ、大丈夫ですよ。お兄ちゃんのお見舞いですか?」
「ん~、まぁそんなところかな」
新島先輩の何かを含んだ言い方に若干違和感を覚えたが、お兄ちゃんの部屋へ案内した。
「友也君ちゃんと寝てるかな~?」
「楓か……どうしたんだ?」
「お見舞いに決まってるでしょ。ほら、起き上がらなくていいからちゃんと横になって」
「ああ、悪いな」
新島先輩の登場でビックリしたお兄ちゃんを新島先輩が優しく看病する。
「それでは私は下で夕食の準備してますので」
「うん。帰る時に声掛けるね」
今の光景を思い出すと少し心がモヤモヤする。
一度付き合ってるだけあってお互い信頼しあってる感じがした。
だけど、そんな新島先輩もお兄ちゃんの心を掴む事が出来なかった。
きっと、お兄ちゃんの傍に居る為には優しいだけじゃダメなんだ。
暫くして2階から新島先輩が降りてきた。
「もういいんですか?」
「病人だから安静にしとかないとね。それに……」
「それに?」
「今日の目的は柚希ちゃんだから」
そう言って新島先輩は微笑んだ。
どういう事? お見舞いはついでで、私と話すのが目的だった?
「少し話せないかな?」
「大丈夫ですよ。あ! ちょっと待ってて下さい。鍋の火を止めてきます」
慌ててキッチンに戻りコンロの火を消す。
戸棚からコップを取り出し、麦茶を注いで持って行く。
「適当な所に座ってください。それと麦茶しかなかったのですみません」
「全然気にしないで」
そう言いながらテーブルの窓側に腰を降ろしたので、自然と向かい合う様に私も座る。
私に話ってなんだろう? もしかして水瀬先輩の事かな?
なんて事を考えていると、麦茶を一口飲んだ新島先輩が口を開いた。
「柚希ちゃんに確かめたい事があって今日は来たんだ」
「確かめたい事ですか?」
「うん。ストレートに聞くけど、友也君の事好き?」
「えっ?」
あまりにも直球な質問に面食らってしまう。
もしかしたらと思ってたけど新島先輩は私の気持ちに気づいてたんだ。
ここはなんて答えるのが正解なんだろう?
「お兄ちゃんの事は好きですよ」
「そういう意味じゃないわ。男として好きかどうか聞いてるの」
「それは……」
新島先輩の確信を持った表情に一瞬沙月ちゃんの顔が浮かんだ。
もしかして沙月ちゃんから聞いた?
ううん。沙月ちゃんはそんな事するような子じゃない。
だとしたら、今までの私の言動から推理したと考える方が自然だ。
先輩は勘が鋭いし、観察眼も私並かそれ以上。
もう、新島先輩には隠し通せないかも。
「言葉に詰まるって事は私の考えが当たってるって事でいいのかな?」
「そう……ですね。私はお兄ちゃんの事が一人の男性として好きです……」
「いつから?」
「え?」
「いつから友也君の事好きだったの?」
そう言われ改めて考える。
私はいつからお兄ちゃんの事が好きだったんだろう。
「多分……小学校低学年の頃から好きだったと思います」
「切っ掛けとかはあったの?」
「昔の私は引っ込み思案で、よくイジメられてたんです。でもいつもお兄ちゃんが助けてくれて」
「それって前に話してくれた事かな?」
「はい」
「そっかぁ。それじゃあ好きになっちゃうのも仕方ないかもね」
今なんて言った? 仕方ない?
「仕方なくなんかありませんよ! 兄妹なんですから! 好きになっちゃダメなんです!」
「でも好きなんでしょ?」
「それは……」
兄妹なんだから好きになっちゃダメ。それは分かってる。
一度は他の男子を好きになろうとした事もあったけど、結局は駄目だった。
「これは私の独り言だと思って聞いて」
そう前置きして新島先輩が語りだす。
「私には1年間片思いしてた男子が居たの。その
新島先輩は話し終えると麦茶を一気に飲む。
ふぅ、と軽く息を吐くと、諭すようなトーンで話し出す。
「短く言うとね、好きになるなんていうのは抑えられる様なモノじゃ無いってこと」
「…………」
「振られた私が言うのもなんだけど、自分の気持に素直になってみたら?」
その言葉を残して新島先輩は帰っていった。
『自分の気持に素直になってみたら?』
この言葉がずっと胸に刺さって、その晩は中々寝付くことが出来なかった。