トモナリが目を覚ますとそこはアカデミーにある保健室だった。
保健室といっても普通の学校のものとは違う。
覚醒者がいるためにいざという時もちゃんとした医療を行える小さい病院のようなものである。
「体が重いと思ったら……」
目を覚ましたトモナリは起きあがろうとして体の重さを感じた。
結構な重傷だったしそのせいかなと思ってお腹を見るとヒカリがトモナリの上で丸まって寝ていた。
「その子ずっとあなたのそばにいるのよ」
「あっ……」
横を見たら白衣を着た女性が立っていた。
年の頃は二十代後半に見えるおっとりとした顔立ちの優しそうな人だった。
「宍戸恵子(シシドケイコ)よ。アカデミーの保険医、一応現役のヒーラーなの」
シシドはニッコリと笑顔を浮かべる。
まさか保健室にヒーラーまで備えているなんてとトモナリは驚いた。
人の怪我を治したりするヒーラーは戦いにおける安定性を向上させてくれる。
ヒーラーとしての能力が覚醒する人も少なくどこでもヒーラーは欲しい人である。
そんなヒーラーを学校に在中させておくなんてさすがはアカデミーだと感心してしまう。
「あなた意外と危ない状況だったのよ?」
「みんなは……大丈夫だったんですか?」
「あらぁ、こんな時にも人の心配? みんなは大丈夫。転んで足擦りむいた子がいたけどそれぐらいよ。あなたのおかげね」
「よかったです」
途中でゴブリンに襲われるなどの可能性があった。
そんなこともなく逃げ切れたのならよかったとトモナリは胸を撫で下ろした。
「よくないわよ。あんな無茶して。あなたはまだまだ子供なのよ?」
骨折や全身の打ち身などトモナリのダメージは大きかった。
アカデミー近くのゲートでシシドがいたからいいものの、そうでなければ危ないところだった。
「仕方なかったんです。逃げるつもりだったけど……逃げられなくて」
「まあイレギュラーな状況だったらしいしね。あなたの勇気のおかげでみんなが無事だったことは確かだし」
「あっ、トモナリ! 無事でよかったぞ!」
「むぎゅ! ヒカリ……いだい……!」
ヒカリが目を覚ました。
トモナリの顔に抱きついて頬を擦り付ける。
硬いウロコで激しくすりすりされるものだからゴリゴリして意外と痛い。
「心配したぞ〜」
「分かった……分かったから……!」
思いの外力が強くて引き剥がせない。
痛いけど悪い気はしない。
「またトモナリを失うのは嫌だぞ」
「俺も死ぬ気はない……あれは危なかったけど」
「ふふ、仲良しね。アイゼン君の体はヒールで治してあるからあと1日ぐらい様子を見てから退院してもいいわよ」
「分かりました。ありがとうございます」
「それじゃあアイゼン君も起きたことだし」
ちゃんと受け答えもできているし後遺症もなさそうだとシシドは判断した。
「みんないいわよ」
シシドが病室のドアを開けて外に声をかける。
「トモナリ君!」
「トモナリ!」
みんなとはなんだと思っているとミズキを始めとした8班のみんなが病室に飛び込んできた。
少し遅れて一緒だった4班の子たちも病室に入ってくる。
「体大丈夫?」
「トモナリ君、心配したよ」
「ああ、みんな悪かったな」
頬にヒカリをくっつけたままトモナリは体を起こした。
「謝ることじゃないよ」
「いーや、みんなに心配かけたんだから謝ることだ! 次なんてないんじゃないかと心配だったんだからさ……」
「残念ながら次はありそうだぞ、ユウト」
「残念じゃないさ。次ありそうで嬉しいよ」
トモナリとユウトは視線を合わせてニヤリと笑う。
男臭い感じはあるけれどこうした友情関係も悪くはない。
「まだあんたには勝ち越してないんだから死なないでよね」
「そうだな。まだお願い一つも聞いてもらってないしな」
「そうね、約束果たさないままじゃ私も嫌」
ここでお願い聞かなくてもよくなるならなんて考えないところにミズキの性格が出ている。
「大人気だな」
「が、学長!?」
ワイワイとしているとマサヨシが病室に入ってきた。
アカデミーの学長が急に現れたのだからみんな驚く。
「そのままでいい。少し様子を見に来ただけだからな」
マサヨシは優しく微笑むと手に持っていたフルーツの盛り合わせをサイドテーブルに置いた。
学生にこんなもの持ってくるか? とトモナリが思うほどの豪華な盛り合わせである。
「みんなで食べるといい」
マサヨシは盛り合わせの中のリンゴを手に取るとトモナリに投げ渡す。
「よくあの困難の中、生き延びた。アイゼン君の力は大きいと思うが他の子たちも冷静になって行動をした。逃げることは恥ではない。生きていれば明日がある。今回のことで悔しいと思ったのなら強くなれ」
ヒカリはそっとトモナリの手からリンゴを取ってシャクシャクと食べている。
「経験が、そして思いが君たちを強くする」
これはトモナリだけでなく病室にいるみんなに向けての言葉でもあった。
ゴブリンキングに追い詰められてトモナリは悔しい思いをした。
一方でみんなもトモナリに任せるしかない、共に戦うことができなかったという悔しさがあった。
そうした思いを忘れずに糧にして努力をするようにとマサヨシは言うのだ。
良い目をしている。
そうマサヨシは思った。
危険な出来事だった。
誰か生徒が死んでもおかしくないような状況だったのだが、そうした事故を乗り越えてそれぞれの中に生まれた思いはまたそれぞれを成長させてくれる。
図らずもそのような思いを生み出してくれたのはトモナリである。