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悪夢消ゆる日5

「狙うはお前だ!」


 翼を広げて地面を滑空するように走り出したトモナリが狙ったのはワンではなく、ジョン。

 ワンは倒せばワンのみが倒れる。


 けれどもジョンを倒せばジョンが操る死体全てを止められる。

 ジョンは立場上色々と知っていそうなので捕らえたいところではある。


 ワンを倒してジョンを殺さずに倒すことがベストな結末だ。

 しかしメイリンがいてもワンを倒すことは難しい。


 こうなればジョンを倒すしかない。


「‘こいつ……!’」


 ジョンはトモナリの爪をかわしきれず脇腹を裂かれる。

 明らかにジョンの動きが悪い。


 ワンは倒せなくともジョンならば倒せそうだと攻勢を強める。


「‘行かせないよ!’」


「行かせないのだ!」


 ジョンの危機にワンがトモナリの方に向かおうとする。

 しかしメイリンとヒカリでワンを抑えて行かせないようにワンに攻撃を加える。


「‘ブッ!’」


 トモナリに殴られてジョンが吹き飛ぶ。


「レベルにしては弱いな」


 ジョンの状態が最悪なことはトモナリも分かっている。

 しかしそれにしてもジョンは弱かった。


 トモナリの攻撃にほとんど何の反応もできていない。


「‘くそッ……こんなことならワンにレベルをやるんじゃなかった……’」


 壁に叩きつけられたジョンは迫り来るトモナリを睨みつける。


「‘あの地獄から抜け出せたのに……ここで終わるのか’」


 迫り来るトモナリを見てジョンは諦めたように目を閉じた。


「なに……」


「‘…………ワン!’」


 トモナリの爪によってやられる。

 そう思っていたのにいつまで経っても何の痛みも訪れない。


 ジョンが目を開けると、目の前にあったのはワンの顔だった。

 胸からはトモナリの手が飛び出している。


 いつの間にかワンは右腕を失っていて、うつろな瞳がわずかに震えてジョンのことを見つめていた。

 メイリンの剣を無視してジョンの方に向かったワンは、腕を斬り裂かれても止まらなかった。


 爪でジョンの胸を狙ったトモナリの前に飛び出して、自らを犠牲にしてジョンを守ったのだ。

 死体になって久しいワンから血は流れない。


「‘ワン……お前……’」


 ジョンが驚愕の表情を浮かべている。

 震える手をワンに伸ばそうとしたが、ワンは振り返りながらトモナリを殴りつけようとした。


「‘胸を貫かれたなら死ぬべきよ’」


 振りかぶられたワンの腕が斬り飛ばされた。

 メイリンが剣を飛ばしていたのだ。


「‘ワン……リオネ!’」


「ぬおーっ!」


 ヒカリが魔力を込めた爪でワンの首を刎ね飛ばす。

 トモナリが手を引き抜くとワンの体は力無く地面に倒れる。


「‘リオネ……こんな状況になって……’」


 ジョンはワンの胸の傷に触れる。

 悲しみの感情がジョンの胸に広がるが、長らく流すことを忘れていて涙も流れない。


「‘殺せよ……’」


 ジョンが顔を上げる。

 トモナリを見上げるジョンの目には怒りが浮かんでいた。


「‘早く俺のことを殺せ!’」


 ジョンがトモナリに掴みかかる。

 服を掴むジョンの力は勢いに比べて弱々しい。


「‘それが望みなら……’」


「‘待ってくれ、メイリン’」


 ジョンを殺せば終わる。

 手に赤い剣を持ったメイリンは冷たい目をしている。


 ジョンを殺すことにもメイリンはためらいがなさそうだった。

 しかしトモナリはメイリンを止める。


「‘なんだ? 俺を捕らえても何も話さないぞ’」


「‘……分かってる。捕まえるつもりもない’」


 本当なら捕えるべきだろう。

 けれどもうジョンを捕らえても無駄だろうことは分かっている。


 それは口を割らないからということではなく、ジョンがもう助からないからだ。

 血を失いすぎた。


 ジョンの目はギラギラとしているが、顔は血の気を失って真っ白になっている。

 何もしなくてもジョンはもうすぐ死ぬ。


 捕らえたところで死んでしまうならなら何の意味もない。


「‘なら早く殺せばいい……’」


「‘何であんたは終末教なんかに入ったんだ?’」


「‘なんだと?’」


 終末教の幹部級の奴らはみんな正しい終末とやらを叫ぶ。

 なぜ毎回わざわざそんなことを言うのか知らないが、正しい終末を説こうとするのだ。


 しかしジョンはそんなことしなかった。

 それに何だか正しい終末というやつに興味なさそうだとトモナリは思っていた。


「‘なぜ終末教になんか手を貸しているんだ?’」


 回帰前では殺戮を楽しんでいるようにも見えた。

 正しい終末というものよりも誰かを殺すことを目的として終末教にいるようだった。


「‘復讐さ……’」


「‘復讐?’」


「‘世界への復讐……俺を職業で差別し、リオネをこんなことにした奴らへの復讐……’」


 死ぬのならもういいか。

 そんな思いでジョンはトモナリの疑問に答えた。


「‘覚えておけ……この世界はキレイじゃないんだ。正しい終末も、それを潰そうとしている奴も全部腹の中は死体よりも腐ってる’」


 ジョンは這いずるようにして近くに転がるワンの頭のところに行く。


「‘……悪かった、リオネ…………復讐はできなかった’」


 ジョンはワンの頭を頭を胸に抱えて仰向けに寝転がる。


「‘この世界は腐ってる……心残りはあるけれど終わりだと思うと……何だか悪くないな……’」


 ジョンはゆっくりと目を閉じ、息を引き取った。

 回帰前に大量虐殺を起こしたジョン・ドゥは今回ここで倒れることになったのであった。

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