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第52話 人生は続く

 翌日、俺たちは俺の家のあるアパート裏の庭で、バーベキューを開催していた。


「ではみんな……大猿狩りの成果を祝して~……」


 俺は、高らかに缶ビールを掲げる。


「カンパーイ!」


「乾杯っ」「かんぱーい!」「かんぱいだ」


 四人で缶をぶつけ合う。それから一口。


「かぁああ~! うまいっ! お仕事の後のビールがうますぎるっ!」


 俺は唸る。あー、達成感と共に口にする酒はいい……。大猿を仕留めて、やっと素直にそう思える。


 ―――昨日、あの後俺たちは疲労困憊で、配信を終えた後に揃ってぶっ倒れた。


 唯一まだ余力があったリックが、車で俺たちを運んでくれて、ようやく帰還、というくらいだったのだ。


 それでほぼ死んだように眠り、起きてシャワーなり何なりで身ぎれいにしたところで、勝手に買い出しを済ませたリックが戻ってきた、という感じだった。


「リックお前……この肉すごい良い肉じゃないか? どこから手に入れた来たよ」


「これか? これはな、監視役の米軍兵士に、ひとっ走りしてもらったんだ」


 櫛で髪を整えながらリックは答えた。


 それにエンジェが吹き出す。ぼたんがものすごい目でリックを見ている。


「エンジェ……本当の本当に、リックって乗り物マスターなの?」


「そうよ。凄腕の米軍パイロットとかじゃなく、ガチで乗り物マスター」


「何で乗り物マスターが……?」


「本人曰く、配信のタクが面白過ぎてあいさつしたくなったんだって」


 JK組がひそひそと言葉を交わしている。俺は火加減を調節して焼き、リックの皿に載せる。


「じゃあ作戦の大功労者リックに、この肉をやろう」


「おっ、サンキューブラザー。はぐ……、っ!? うっ、うっま……っ!? な、何だこの肉! おいブラザー! うますぎるぞこれ!」


「だろ? 最近料理が得意なったんだ」


「おいおい……! ブラザー、頼みがあるんだが……オレに毎日ステーキを焼いてくれないか?」


「プロポーズみたいなこと言いやがって。ほれ、次の肉だ食え」


「うっめぇぇぇええええええええ!」


 俺はリックの皿に肉を盛って黙らせる。それから自分の皿に肉を山盛りにして、JK組の様子を見に行った。


「二人とも肉の配給だぞ~。若いんだからたくさん食べろ~?」


「ありがとう、タク。もらうね?」


「おっ! 待ってました~♡ きゃーおいしそ~!」


 俺は二人の皿に、自分の皿から肉を移動させる。


 そしてエンジェが食べようとしたときに、ぼたんは言った。


「エンジェ、待って。そんなすぐに食べると危険」


「え、何。何でよ」


「見て、乗り物マスターの様子」


 ぼたんの促しに従ってリックを見ると、「肉ッ! うますぎるっ! うぉおおおおお!」と肉にガッツいている。


「ものすごいことになってるわね」


「覚悟無しにタクの料理を食べるとああなる」


「えっ!?」


「ならんわ」


 ぼたんが真剣に言うので、エンジェが驚き、俺は半眼で否定する。


 しかしぼたんは続けた。


「なる。本当になる。だってタクは日用品マスター。料理はお手の物。つまり……」


「っ! そ、そういう事だったのね……!」


「ぼたん、あんま俺をからかって遊ぶな」


「ふふ、ごめんね。いただきます」


 ぼたんはクスクスと笑って、肉を食べ始める。「やっぱりおいしい……」とうっとりとした顔になる。


「じゃああたしも~。っ! うっわおいし!!! タク! ちょっと! 本当に美味しいじゃない! えぇ!?」


「エンジェはエンジェで反応が派手だな」


 エンジェは目を剥いて、それからしみじみと肉を咀嚼している。こんだけみんなに喜んでもらえたら本望だな。


 俺も配り終えたので一口。うん、うまい。我ながらかなりいい出来だ。


「っていうか、ぼたんとエンジェ、知らん間に仲良くなってるのな」


 俺がそう言うと、ぼたんが頷く。


「エンジェは信用に足る。タクをたぶらかす悪い女だったら殺してた」


「はははっ、たまにぼたんは過激なことを言うな。エンジェは?」


 エンジェは顔を青くして言った。


「生殺与奪の権はあたしにはないわ」


「何か切実なこと言ってる……」


 大丈夫かこの二人。


 と思っていたら、エンジェは続ける。


「とはいえ、ぼたんも噂より遥かにまともそうだったしね。命を助け合った仲だし、仲良くしましょうってことになったのよ」


「そういうことだよ、タク」


「ふぅん? ま、仲が良いのならそれに越したことはないな」


 俺が言ってビールを口につけると、「それに~!」とエンジェがぼたんに抱き着く。


「こ~んな美少女なんだし~!? 年上のお姉さんとしては、つい可愛がっちゃうっていうか~!?」


「え、エンジェ……?」


「ん……? あ! エンジェお前まーた隠れて酒飲んで! ダメだって言っただろ!」


「カンパーイ! ビール、カンパーイ!」


 赤ら顔でビール缶を持ち上げるエンジェから、缶を取り上げる。油断も隙もないなこいつ。


 そんなエンジェの様子を見つけて、リックがこちらに寄ってくる。


「おうヤンキーガール! ご機嫌だな!」


「リックぅ~! 飲んでるぅ~!?」


「ハッハッハー! オレもガンガン飲んでるぜ~! ……ん? ヤンキーガールって成人……」


 首を傾げるリックに、俺は言った。


「してないから飲ませるなよリック」


「はー、悪い奴だなヤンキーガール……あ! おまっ、それビール冷やしてる箱だから勝手に開けるな!」


「すべてのビールはあたしのもの!」


「止まれ! 逃げるな! ビール返せ!」


 クーラーボックスごと、ビールを全部抱えて逃げ回るエンジェに、それを追い回すリックの図が完成する。


 エンジェ酔うと厄介だな……ほぼ酒乱だろアレ。


「エンジェは常識人なのに、酒が絡むとこうなんだよな……」


「ふふふっ。エンジェ、面白いね」


「ぼたんは成人するまで酒飲むなよ」


「んー……私は多分飲んでも酔わないから、ずっと飲まないかも」


「そうなのか? 遺伝的にとかで?」


「吸血鬼スキルで……って言っても、タクは信じないもんね。いっつも中二病扱いして」


「お、ちょっと中二病抜けてきたな。良い傾向だ」


「まったくもう」


 ぷく、と頬を膨らませるぼたんだ。それが可愛くて、俺はくっくと笑う。


「……でも、ぼたんが無事でよかった。いや、無事だとは思ってたんだけどな。何ていうか……また会えてよかった」


「……うん。私も、タクが無事だってわかって、本当に安心した。ずっと探してたんだよ?」


「なら何で家に帰ってこなかったんじゃい! 書置きもしてたのに!」


「うっ、その、あの、それは、ごめん……」


 ぼたんは気まずい、という顔で俯いてしまう。


 その頭を、俺はぐしゃぐしゃと撫でつけた。


「迷ったら、まず帰ってこい。もうここはお前の家なんだから。な?」


「……うん」


 ぼたんは頬を赤らめ、頭をなでる俺の手を取って、自分の頬に回す。


 目をつむり、微笑を湛え、ぼたんは何とも満足そうだ。


 そうしながら、ぼたんは口を開く。


「ね、一つ質問、してもいい?」


「ん? 何でも聞いてくれ」


 俺が言うと、ぼたんは俺にしなだれかかり、こう聞いた。


「―――タクは、山王を倒して、自信がついた?」


「……」


 俺は考える。


 親のこと。普通のこと。人生のこと。恐怖のこと。


 今でも、普通の人生でないことは怖い。


 自分だけの人生。特別な人生。そんなことを想像すると、何だか息が荒くなる。


 けど、ぼたんの問いには、こう答えられる。


「ほんの、ちょっと」


 俺は、苦笑しながら、親指と人差し指を近づける。


「こんくらいだけ、自信がついた、かも……?」


「……ぷっ、ふふっ。そっか。まだ全部はダメなんだね」


 ぼたんは、くすくすと笑って、言った。


「でも、一歩前進したなら、十分だよ。大きな一歩だと思う」


「……そうかねぇ」


「そうだよ。だって、人生はまだまだ続くんだもの」


 ぼたんはそう言う。確かに、と少し思う。


 人生の……多分三分の一くらいは終わってしまった。だが、三分の二は残っているのだ。少しずつで、良いのかもしれない。


 何だか、空気がしっとりしている。俺はぼたんのふるまいに水を差す気に慣れなくて、されるがままでいた。


 そしたら俺とぼたんの間に、エンジェが割り込んできた。


「抜け駆け禁止~~~!」


「おわっ」「きゃっ」


 俺とぼたんの真ん中にエンジェが腰を下ろす。


 その勢いで、ピンクのツインテールが俺の顔をぴしゃっと叩いた。ちょっと痛いけどいい匂いがする。


 その間に、エンジェがぼたんに顔を寄せ、何か言っていた。


「ぼたん……あなたは油断も隙もないわね……?」


「な、何のこと? エンジェ」


「ふーん? すっとぼける気なんだぁ~♡ ま、いいわ。それならそれで。―――奪い合いのつもりなら、あたしは知略の限りを尽くしてやるけど」


「まっ、待って。……仲良くしよ?」


「そうよね~♡ 治外法権の隔離地域なら、お互い色々と手がある以上、仲良くした方がいいって言うのは昨日で合意したものね~♡」


 意外なことに、ぼたんとエンジェだと、エンジェの方に発言権があるらしい。


 一体全体何の話をしているのやら、というところだが……。


「っていうか、エンジェ冷静だな。ついさっきまで酔ってたのに」


「あたし、すぐ酔うしすぐ抜けるタイプなのよ。で、ほら。今リックが鉄壁ガードしてるじゃない?」


 エンジェの指さす先で、エンジェを睨んでクーラーボックスを守るリックの姿があった。


 何だあいつおもろいな。宝を守るドラゴンみたいだ。


「で、酔いが抜けちゃったから戻ってきたの。それに、ちょっと話したいことがあってね」


「話したいこと?」


「そうよ。タクにものすごーく関係あること」


 俺が首を傾げると、エンジェが言う。


「昨日、全部が終わった後に言ったじゃない。十億の」


「ああ。あのぼったくりに自分からハマったバカがいるって話な?」


「違うわ。タクの身柄が一日、どこかに完全に売り渡されるって話」


 事後承諾だったが、前もって俺は全部エンジェに任せていたので、という奴だ。


 正直一日くらいどうってことはないのだが、エンジェが少し気にし過ぎているきらいがある。


「そいつはオレも心配してたところだ」


「リック」


 俺たちの話に、ビールを守るドラゴンをしていたリックも近寄ってくる。


「買い取った相手次第じゃろくなことにはならねぇ。その意味じゃ、十億って吹っ掛けはナイスだったぜヤンキーガール。あの額なら、レイダーたちじゃ手が届かない」


「残金がそのくらいだったってだけよ。結局あのクラファン、最終的には二十五億になったから、残り五億の使い道どうしようかな、みたいなのもあるけど」


 リックとエンジェの話に、俺はぼたんに話しかける。


「ぼたん。俺の金銭感覚が狂いそうだから、話を代わりに聞いといてくれ」


「タクの話だよ。ちゃんと聞いて」


「俺は肉を焼く」


「ちゃんと聞きなさい」


「はい……」


 ぼたんに叱られたので、俺は離脱を諦める。


「……で、何でこの話をしたのか、ってことだけど……十億プラン購入者から、クラファン運営を通じてメールが来たのよね」


「「!」」


 エンジェの言葉で、ぼたん、リックの緊張感が高まる。俺は現実離れした話に、とりあえず自分の分の肉を食う。うまい。


「じゃあ、開くわよ……」


 エンジェがごくりと唾を飲み下す。そして、スマホを操作しメールを開いた。


 差出人は―――――


「―――日本防衛省」


 エンジェの言葉に、シン、とこの場が静まり返る。


 聞こえるのは肉を焼くバーベキューコンロの音ばかり。


 みんなの視線が、俺に集まる。緊張した空気が場に満ちている。


 ……俺はゆったりと立ち上がり、こう言った。


「肉焼いてくる」


「待って! 待ちなさい! 現実を見て! 現実逃避しないの! タクは防衛相に、十億円で一日を買われたの! 自覚して!」


「いやいや何をおっしゃいますエンジェさん防衛相が俺の一日に十億も払うわけハハハハそんなことより肉焼かないと」


「肉は後でもいいでしょ! 今はメールにちゃんと目を通しなさいってば!」


 エンジェが俺を掴んでくるが、そんなのは知らない。俺は肉を焼く。誰が何といおうと肉を焼く。


「タク……、ちょっと自信がついても、大事すぎるとやっぱり思考がショートしちゃうんだね……」


「ハッハッハー! ったく、ブラザーはよぉ。面白い奴だぜまったく」


 ぼたんが額を手で押さえて首を振り、リックは大きく笑う。


 そして、エンジェが頭を抱えるのだ。


「最後まで何も信じないッッッッッ!!!!!」


 防衛相とか言う、まるで防衛相みたいな名前の組織(?)から届いたメール。


 俺はそれに、まったく誰の悪戯だろうハハハとか思いながら、良い焼け具合になった肉をひっくり返した。


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