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memory-04 真夜中と青い鳥

それがいつだったかは忘れてしまったけれど、たまに見る夢がある。夜明け前の寝室、まだ夜の暗さが残る空を窓から見つめている僕は今よりずっと幼い。


子ども用のベッドに敷いたパステルカラーのカバーをかけた枕のそばには本物にそっくりの青い小鳥型ロボットのAlice.が止まって、時おり首をかしげながらさえずっている。右には父さん、左には母さんが僕を囲むようにして一緒に寝ている。僕は枕元に止まっているきれいな青い鳥にさわってみたくてそちらのほうに手を伸ばすけれど、指の間をすり抜けてどこかへ飛んでいってしまう。


『おはよう、佑。目が覚めたかい』


僕は誰かに名前を呼ばれたような気がして、目を開けた。夢と同じ、枕元にはAlice.が止まっている。


「おはよう、父さん。今……何時くらい?」

『午前6時を少しすぎたくらいだよ』

「そう。じゃあもうちょっと寝ててもいい?今日は登校日じゃないし……」

『ああ。もちろんだとも。昨日の午後は疲れたろう……初めての授業参観、よく頑張ったな』


佑のAlice.と同調シンクロした簡易水槽の中の父親・透の脳が考えていることがそのまま伝わり、機体を通して音声に変換される。佑は「うん」とだけ返して寝返りをうった。白い遮光カーテンをひいた部屋の窓の外にはまだ真夜中が広がっている。


「ずっと起きてたの」

『ああ。いや……1、2時間ほどは眠ったかな』

「もう。いくら体がないからって睡眠不足はよくないよ。父さんこそ二度寝してきたら」


佑がそういうと、透はくぐもった返事を返し、手の甲に止まりにくる。小さな目は青く発光していた。


「どうしたの、父さん」


佑は突然手の上にのってきたAlice.に問いかける。


『いや……何でもない』

「そんなことないでしょ、話してみてよ」


佑は青い小鳥の頭を指先で優しくなでる。透と連携したAlice.はしばらくの間気持ちよさそうになでられていたが『離してくれ』と言って手の中から飛ぼうとする。


『……毎日私の世話をさせてすまないな。人の姿じゃないといろいろと不便だろう』

「……仕方がないじゃない。だって父さんの機体はまだRUJで修理中なんだし。それに世話って言い方はないんじゃない。だいたい3日に1回水槽の中の疑似血液の入れ替えをするだけでしょ」

「それにさ、僕や母さんみたいに食べたり、寝たりしなくてもいいんだしちょっと羨ましいなあ……その状態」


佑が何気なくつぶやくと『私が羨ましいだって、冗談じゃない。そんなに良いものじゃないぞ』と透の声が途端に冷たさをおびる。


『そんなに言うならAlice.を通じて私の記憶を疑似体験をさせることもできるが……。きっと、ひどい悪夢になる』

「……いいよ。今日一日夢を引きずることになっても。お願い父さん。知りたいんだ」

『本当に、いいんだな?じゃあ佑、Alice.と連携のできる機器を準備してくれ。イヤホンかヘッドセット、ゴーグル、リストバンド……なんでもいい』


佑はベッドのそばの机に置いていた空色のリストバンドを手首にはめる。Alice.が羽ばたいて一旦窓枠に止まる。佑の寝室の机の上に置かれた自身の簡易水槽の黒い台まで飛んでいく。


『…………共有リンク設定完了。始めるぞ。そのまま眠るんだ。ある程度こちらで調整はするが、もし目覚めたかったらリストバンドを外すように』

「うん……お休み。父さん」


佑は簡易水槽のほうを向いて挨拶を返し、再び眠りに落ちていく。透はその様子をAlice.のカメラアイを通して視ながら自身の脳に蓄積している記憶のデータを少しずつ送信する。水槽にごぽごぽとピンク色の細かい泡が舞った。


『……お休み、佑』



眠りにおちた佑が再び目を開けると、一面が暗闇だった。喋ろうとしても声が出せない。目も視えない。耳を澄ましても何も聴こえない。


(これが、父さんの記憶?)


佑がパニック状態になりそうになったその時、どこからか小鳥の鳴き声がした。


『……佑、聴こえるか』

「父さん、これが……父さんの記憶なの。何にも視えないよ!」

『落ち着け。これはまだ最初のほうだ。おそらく私が死んだ直後だろう。次だ』


透の声がするのと同時に場面が切り替わるように、佑の視界がピンク一色になった。声を出そうすると、言葉の代わりに細かい泡が舞う。


「これは……?」

『死んだ体から……脳だけを取り出されて、今みたいな簡易水槽のような装置の中でしばらく機体が完成するまで過ごしてたんだ。まあ今は逆戻りだがな』


記憶が次々に切り替わるが、耳だけが聴こえていて、ずっと装置の中にいる日々は変わらなかった。今思えば自分が接したあの機体だって等身大で人間にかぎりなく近い見た目なだけで、基本は装置の中と変わらないのだ。


「なんだか……檻の中にいるみたいだね」

『ああ。ある意味ではそうだろう。ただこうしているだけだからな。この状態なら痛みからは解放される』

「体がないから?」

『そうだ。まあ、本物の神経の代わりに各分野に人工神経が繋がっているから完全にないとは言えないか』


透はつぶやき、次へ記憶を進めていく。佑に活動停止させられたあの夜や、グラウから亜紀を守って破損し回収された日、瀬名や佑と一緒に博物館に行った午後が鮮やかに再生される。


「こんなにはっきり……覚えてたんだ」

『ああ。機体の補助機能も手伝ってるが、だいたいのことは記憶してるつもりだ』


透はそう返してリストバンドを通して佑の脳に流しこんでいた記憶の再生を終了した。ベッドの上の佑が無意識にごろりと寝返りをうつ。夢の中で佑は元の姿に戻り、手の甲にAlice.を乗せていた。


『……どうだった』

「うん。さっきは父さんはいいなあとか言っちゃったけど……全然そんなことなかったよ。ごめんなさい」

『そうか。すまない、さっきので疲れがきたらしい。しばらく眠るよ。佑もゆっくりお休み』


そうつぶやいて透の脳は睡眠の状態になった。と同時に黒い台の上に止まったAlice.とのシンクロが解除され、寝室には佑の規則正しい寝息と簡易水槽の稼働音だけが響き始める。朝が来るまではまだ、時間はたっぷりあった。









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