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第41話:子どもと大人の未来



「おぎゃ~おぎゃ~おぎゃ~」


元気が産声があたしの耳に届く。

小さな手が、ゆっくりあたしの指をにぎった。


「良かったですね~!元気な女の子が生まれましたよ」


「彩乃……よくがんばったな」


まだ生まれたばかりの、小さくて柔らかい命。

そのぬくもりが、まるで胸の奥に灯りをともすみたいに広がっていく。


ベッドの上で、わたしは赤ちゃんの顔をそっとのぞきこんだ。

頬がすべすべで、息をするたびに小さく動く肩が愛おしくてたまらない。


「……ねぇ、恭ちゃん」


隣に座っている恭ちゃんに声をかけると、彼は静かにうなずいて赤ちゃんを見つめた。


「かわいいな」


言葉にしなくても、その声だけで全部が伝わった。


長い時間お腹の中で育ててきた重みと、産むときに怖くて泣いたこと、それでもこの子に会いたくて、必死だったこと。


「パパになったんだよ」


全部、見ていてくれたのは隣いる恭ちゃんだった。


「……この子に会えてよかった」


あれから5年が経った。

あたしと恭ちゃんは結婚をし、そののちに子どもを授かった。


あの時の宣言通り、あたしと恭ちゃんは一歩一歩人生を共に歩んでいってる。


なにも不安はなくて、言いたいことも言い合いつつも、お互いに支えある関係だ。


恭ちゃんがそっと指先で赤ちゃんの頭を撫でる。


「……大きくなるんだろうな。あっという間に」


「そうだね……」


あたしたちが歩んでいったのと同じように、今度はこの子の成長を見守っていけるんだね。


「恭ちゃんに似てかしこくなるんでちゅよ~」


ふと、赤ちゃんが少しだけ目を開けた気がして、あたしは顔をのぞき込みながら言う。


すると恭ちゃんもあたしと同じように言った。


「ママに似て活発になりすぎないように気を付けるんでちゅよ~」


「なんですって~!」


「冗談だよ」


恭ちゃんは1年前に出世をして、今じゃもう部長と呼ばれている。


部下にも信頼されているし、たくさん家にも連れてきてくれるから、周りから尊敬されている存在だってことがすぐに分かる。


そして麻美はというと……。


「真美、こっちおいで」


あたしよりも一足先に女の子のママになった。


麻美の子ども、真美ちゃんは今2歳になったばかり。

もちろん千葉さんとの子どもだ。


千葉さんは3年前に恭ちゃんが今いる会社を退社した。


そして新しく起業して自分のお店をオープンさせた。


“人との関わり大事にするカフェ”というのがコンセプトで、ふたりとも人に苦手意識があったところから、変えていきたいう気持ちを込めて起業したらしい。


そこでは麻美も働いていて、美容の相談に乗ったり、お話をしたりしながら楽しめるようになっている。


「本当、お前は行動力あるよな~」


恭ちゃんは千葉さんに向かって言う。


「いや、俺はああいう働き方が合わないと思っちまっただけだよ」


千葉さんは、前から人の行動が目に付きやすく人を信用する前に疑ってしまうことを悩んでいたそうだ。


「三谷みたいに、人を信用してる人間じゃないと周りはついて来ないって気づけたからさ」


本当にみんなそれぞれの生き方があるんだなぁと思った。


今、みんなが楽しそうであたしはそれが一番うれしい。


生まれたばかりの子どもに会いに、千葉さんと麻美がそろってあたしたちの家に来てくれた。


「彩乃、本当におつかれさま」


「ありがとう~麻美……真美ちゃんもすっかりお姉ちゃんになったね!」


「でしょ?もうイヤイヤ期突入だよ。大変すぎる」


「ふふっ……大きくなるの早いな」


「きっと彩乃の子どもも大きくなるのはあっと言う間だよ。最初はいっぱいいっぱいなんだけど、気づいたら大きくなっていくのよね」


さっそく麻美の子がちょこちょこ歩いて、うちの赤ちゃんをじっとのぞきこんでいた。


「ちっちゃいねぇ……」


その言葉がかわいくて、思わず頬がゆるむ。

まだ真美ちゃんも小さいんだけどね。


ソファに座る麻美が、「なんか懐かしいなぁ……」って言って、小さく息をついた。


「恭ちゃんは、抱っこするのこわがったんじゃない?うちもそうだったよね、遠也さん」


「ああ。だってこんな小さいだもん」


「ふふっ……わたしもだよ。まだちゃんと首が座ってなくて、触るたびにびくびくしてる」


抱きかかえた赤ちゃんが小さく息をして、寝息が胸元にあたたかい。

この小さな体が、あっという間に大きくなっていくんだろうな。


真美ちゃんが赤ちゃんに触れそうに手を伸ばしたのを見て、麻美が慌てて止める。


「やめなさい、まだ小さいんだから優しくね」


「さわりたいー」


「大丈夫だよ、今寝てるから」


「じゃあ真美、そーっとならね?」


「そーっと!」


おっかなびっくり手を伸ばす小さな指先が、赤ちゃんの手に触れた。


それだけで、胸がきゅうっとなった。

この子たちも、いつか一緒に遊んだりするのかな。


あたしと麻美みたいななんでも言い合える関係を築いたりして……?


「でも良かったよな~!彩乃ちゃんの子どもがもし男の子だったら、恋愛とかしちゃったりするかもしれないだろ?それだけはパパ許せないからな」


千葉さんがふんっと鼻を鳴らす。

すると恭ちゃんがあきれ顔で言った。


「そりゃこっちも願い下げだわ。俺が止める」


そんな言い合いを見ていて、「パパに溺愛されてますね~」なんてお互いに言う。


そう思ったら、なんだか未来がすごく楽しみに思えた。


「……来てくれてありがとね」


「こっちこそ。彩乃も大変だろうけど無理しすぎないで。なんでも相談してね?一応……私の方が先輩だからなにか教えられることがあると思うし」


「うん、そうやってまた一緒に育児していこう」


あたしと麻美たちの家は電車で二駅先なだけで、そう遠くはない。

だからいざとなったらすぐに会うことができる位置だ。


麻美がわたしの手をにぎる。

ソファーの隣では、恭ちゃんと千葉さんが小さく言葉をかわしていた。


「じゃあね」


そしてふたりを見送ると、なんだか部屋の中が広く感じられた。


「久しぶりにふたりに会えてなんか元気出ちゃった」


「ああ、いいもんだよな。お互いに成長しようなんて言ってた相手がさ、今度は子どもが出来て、子どもの成長を見届ける側になるんだもんな」


そのとき、腕の中の赤ちゃんが小さく顔をしかめて、「……ん、あぁ……」と泣き声を漏らした。


恭ちゃんがゆっくり立ち上がって、わたしの横に来て赤ちゃんをのぞきこんだ。


「お~お~どうしたんでちゅか~?パパの抱っこがいいでちゅか?」


「そんなこと言ってないよ?」


あたしはゆすりながら赤ちゃんをあやした。


「いや、絶対に言ってるね」


恭ちゃんは、赤ちゃんにべったりだ。


きっと娘を溺愛するパパになりそう。

涙声に混じるかすかな呼吸を感じながら、胸の奥がじんわりと熱くなった。


これから先、きっとたくさん悩んで、泣いて、笑って……いろんなことがあるんだろう。


でも。

大丈夫。3人でやっていける。


そう思えた。

泣き声が少し大きくなる。


その声を抱きしめるように、あたしはそっと赤ちゃんを揺らした。


これからは、この子の成長をあたしと恭ちゃんの家族で見届けていく。

そして大事に大事にこの子を育てていくんだ。


あの日、恋愛対象外だって決めつけられても、あきらめなくてよかったと思える日がここにある。


こんな日が来るなんて、あの頃は思いもしなかったけど。

今、この小さな手と、この大きな手を握って、未来を信じて生きていく。


ねえ、恭ちゃん。

これからもずっと、一緒に生きていこうね。


わたしは、これからもずっと恭ちゃんとこの子と笑っていたい。


恋愛対象外から始まった恋が、世界でいちばん幸せになったって証明するために。


だって今、こうして隣にいる。

一生に一度の愛を手に入れたから。


『恋愛対象外』


なんて言葉はもうあたしたちには似合わないのかもしれない。






---END---




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