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第17話

 見たことのない真っ白な天井。目を覚ませばそれがあった。


 朝比は白いベッドから起き上がる。


「デジャヴだ」


 ベッドの隣には椅子に座って眠っているリンがいる。


 どうやらここは医務室らしい。


「ちょっと無理し過ぎたかな」


 独り言を言いながら窓から空を見る。しかし、今日は鉛色の雲が青空を遮り勢い良く雨が降っている。そのせいで海まで荒れて大きな波が浜辺を襲っている。


 ガタン、と扉が開く音が聴こえた。そちらに目を向けると先日まで普通に会っていたのに懐かしい感じのする面々がいた。同じ浅利隊の南雲健と花上きよこだ。


「なんだ、眠り姫は起きてたのか」

「怒るよ」


 軽い冗談を言ってから互いに笑い合う。


「朝比ってホントに新人なの? 健くんも」


 二人は何を今更、と言いたげな表情を浮かべる。


「僕は脅されてここに来た」

「俺はこっちの方が自分を活かせるって言われたから来た」


 ねえ、と二人は女の子同士が話しているかのように会話をする。それを冷めた目で見つめるきよこ。他人が見れば男子高校生二人が女子高校生の真似事をして、それを見つめる小学生の少女というとてもシュールな絵になってしまうだろう。


 そんなことをしていると、少し騒がしくしてしまったせいでリンが目を覚ましてしまった。


「おはよ、リン」

「朝比!」


 ベッドで上半身を起こした朝比に感情を露わにしたリンが跳び付く。普段の無表情とは一変して顔を赤くしながら涙目になっている。そうとう心配していたことがはっきりと分かる瞬間だった。


「心配した。朝比、死ぬと、思った」

「確かに。お前無茶し過ぎだったぞ。おチビちゃんと隊長がいなかったら本当に死んでたぞ」

「ごめんごめん」


 朝比は素直に謝る以外に何も言えなかった。


 自分でも今生きていることが不思議に思えてならなかった。


☆☆☆☆☆☆


 どこまでも続いているように錯覚してしまう青い海。


 死闘を終えた浅利隊は陣形を建て直そうと集合している時に事が起きた。


 敵。MCとは違うもう一つの敵。


 人間だ。


 この世界は元々地球と月とで争い合っていた。それを一時中断する形でMCが登場してくれた。これで人間同士の争いが終わると誰もが思っていたが、そうはならなかった。


 人を守るための武器が人を苦しめる。


 当時の武器では歯が立たなかったMCと渡り合える強力な武器。それが機構人だ。そして、その力は見方を変えれば、侵略兵器として大いに役に立つ。そのパーツ一つ一つが希少価値があり、高値で売られる。また、最新鋭の機体に限らず、量産機でさえ、運送中に強奪を目論むテロリストも少なくはない。


 哲学者たちが『人間は愚かだ』と言うのも分かる。


 そして今まさにそれが行われた。


「健くん!」


 朝比の叫びが共通チャンネルを通じて健に送られる。


『大丈夫だ。左腕をやられただけだ。クソっ! この距離で当てるか普通』


 健はぼやきながら機体各部の損傷をチェックする。健の言う通り確かに相手との距離は十分過ぎるほど離れている。なにせ機構人のカメラでも視認できないのだから。


『相手にスナイパーがいます。こっちの戦力じゃちょっち不利ッスよ』

『ああ。全員撤退、引くぞ!』


 瑪瑙が命令した瞬間、また一条の光が向かってくる。しかし、それは誰に当たることなく空を切った。


「隊長、逃げても後ろから撃たれます。闘いましょう」


 朝比が言う。


『ッチ! 仕方ない。アップル4・リンはアップル5・健を護りつつ後退しろ! アップル2・きよこ、3・朝比は私について来い‼』

「「「了解!」」」


 敵との距離をより早く詰めるには白式を変形させるしかない。そう判断した朝比は白式を飛行形態へと変形させる。


 背部の一対の翼は主翼の役目を果たし、下半身は百八十度回転させて、膝関節を折りたたみ、足裏バーニアと主翼バーニアのベクトルを集中できるようにする。さらに両肩部の装甲を折りたたみ、内蔵されたバーニアノズルを展開する。最後に鳥の頭を模したシールドは背部にジョイントさせ、頭部を覆い隠して機首となって変形シークエンスを終える。


 白式はまるで鋼の鎧を身に纏った鳥のような姿に変形する。その間わずか一秒の出来事だ。


 世界初の変形機構を備えたジュエルアーミー、いや、可変機構人。


 白式は水陸両用兵器だった機構人に戦闘機形態を取り入れたことで、空戦能力を獲得し、航空戦力としての兵器にもなったのだ。三次元的な起動性能を持った機構人形態、直線的な加速に優れた戦闘機形態であるファイターモードの二つの形態を使い分けることで状況を問わない超高機動戦闘を可能にすることができるのだ。


「世界初の可変機構人。まだ試作機段階だけどいけるか」


 朝比はスロットルを上げて急加速する。そのスピードはカタパルトで射出される時とほとんど同じだ。その為、まだまともな訓練を受けていない朝比は失神しそうになる。それほどまでのGが掛かっているということだ。


 前方から敵スナイパーの閃光が白式を捕えようと迫ってくる。


 白式は間一髪のところで避けることができたが、これで安心できるほど実戦は甘くない。次は一発では無く複数の閃光が迫ってきた。それ等を白式は臆さず突っ込んでいき、隙間を縫うようにしてことごとく避けていく。


 相手から見れば突然機構人が時代遅れの戦闘機に変形したと思いきや、圧倒的な機動性とスピードによって弾幕をかいくぐっていく。パイロットはGを感じていないのか、と言いたいほどの動きだ。


「見えた。隊長、距離を送ります!」

『でかした! 私等が行くまで殺られんなよ‼』


 朝比は怒号に近いその言葉を受けて迫りくる閃光を回避していく。


 どうやら敵は七機編成でスナイパーは二機いるらしい。他は隊長機以外全て同じ機構人で量産機だと思われる。その隊長機も量産機を改造した物なのか姿形が似通っている。


 朝比はすぐに機体識別を行うが、小型モニターには似通った機体のデータしか表示されない。一番近い機体は地球軍の量産機らしい。おそらく、それらの機体を独自に改造した機体なのだろう。つまるところ相手はテロリストで間違いない。


 白式はすでに敵の射程範囲内に入っているため、全ての機構人から狙われる羽目になる。


 しかし、その射線をかわし続けるのは思いの外容易かった。


 気を付けなければならいのは二機のスナイパーだ。


「行けるか」


 朝比はまた呪いに頼った。いや、任意に発動できるか試した。まだ呪いを発動した時の感覚が残っている。


 今なら出来る。


 そう信じて操縦桿を握る手に力を入れる。


 するとタイミングが違えど本当に発動することが出来た。


「あれ? 意外と簡単だったな」


 朝比は呆気に取られながらも、直撃コースを通る一条の光に目をやる。しかし、今の朝比にはそれが本当に直撃するのか、と言うくらい遅く鈍く見えた。だから直撃する直前で機体を急旋回させ、射線を逸らし躱すことができた。


 白式はそのままの勢いで一番近くにいた量産機に狙いを定め、機首にあたるシールドの二門のキャノンバルカンから弾丸を雨のように降り注がせる。しかし、あくまで撃ち落とすのは武装とそれを扱う両腕だけだ。


 無駄な殺生はしない。


 攻撃を受けた量産機を行動不能とみなし、


「……次」


 と朝比は冷めた口調で次の機体に狙いを定める。


 そこへ敵スナイパーの一機から狙撃された。だが、前述の通りスローモーションに見えるため、機体の両足裏を前方に突き出して急制動を掛けて避ける。飛行形態の際は下半身が百八十度回転しているからこそ出来る芸当だ。


 そして、ついでと言わんばかりに飛行形態から機構人形態へと変形させる。白式は腰部背面にマウントされたビームサーベルを抜刀し、接近してからスナイパーのライフルを両腕ごと真っ二つに溶断する。


 この一連の動きを数十秒でやってのけられるのは、白式の高性能のお蔭と言えるが、それを扱う朝比の操縦技術と呪いのなせる技とも言える。


「残り五機」


 振り向きざまにシールドの二門のキャノンバルカンで近くにいた三機の量産機の頭部、つまりメインカメラを破壊する。怯んだ隙に疾風の如く接近し、ビームサーベルを用いて戦闘意思を奪っていく。


「あと二機」


 たった数分で圧倒的なパワーとスピードを持って五機の機構人を戦闘不能にする。


 朝比は敵スナイパーが銃口を向けているのを横目で確認して隊長機へと白式を駆る。焦ったのか隊長機は狙いも定かではない弾丸を撃ってくる。


 朝比は冷静に向かってくる弾丸の軌道を読み、直撃するものの弾頭をビームサーベルで溶断し、弾道を逸らして防いでいく。相手が実体弾だからこそなせる技だ。


「ここだ!」


 突然、隊長機の目の前で白式がバク宙をした。その奇怪な行動は攻めを諦めた訳ではない。朝比がスナイパーに背後を撃たせようという企みが成功したからだ。そして、スナイパーが放った弾丸がビームではなく実体弾だと先程、嫌と言うほどかわし続けたおかげで分かっている。


 バク宙をしたのは放たれた弾丸を縦に溶断して、二つになった弾丸を隊長機の両肩に命中させるためだ。そして、それを容易に成功させたところで発作が治まった。


 次の瞬間、一気に集中力が切れ、極度の疲労を感じた。そのせいでまだ着水していない白式は海面に頭から叩きつけられる。人間なら即死ものだ。


「不味……い」


 目眩と意識が朦朧としていくせいで操縦桿を握るので精一杯な状態になってしまう。


 全天周囲モニターには残ったスナイパーの銃口がこちらを向いているのがかろうじて分かる。


 そんな時だった。


『朝比くん‼』


 きよこの叫びにも近い呼び声が共通チャンネルから吐き出された。


 同時にきよこの赤と青と白の機構人『切斬きりぎり』は右腕にマウントされた三本のクナイを射出する。一本はスナイパーのライフルに突き刺さり、残りの二本は仰け反った敵機のコックピット目掛けて飛んでいく。


 だが、それを見て朝比が取った行動は、


「駄目だ!」


 と叫び、倒れ伏した白式の頭部の牽制用バルカンで敵機の左脚を集中砲火してバランスを崩させ、切斬が放った最後のクナイを避けさせたのだ。


 しかし、完全に避けさせることが出来ず、クナイは頭部に深々と突き刺さった。それを確認して朝比の意識は完全に飛んだ。


☆☆☆☆☆☆


 そして今に至る。


「やっぱり生きてるのが不思議なくらいだよ」


 へらへらと笑う朝比にきよこが真面目な顔をする。


「敵のパイロットたち、自爆して死んだよ」


 きよこは冷静に現実を突きつけた。


「え? そんな、どうして!」


 朝比は驚きを隠せない。


「捕虜にでもする気だったの? それにあのまま見逃しても次にアイツ等が出て来たらどうするの? 向こうも武装だけ破壊して終わりになるの?」

「そ、それは……」


 返す言葉が見つからない。


 朝比はただ殺したくなかっただけだ。もちろん、その時倒したMCも。黙り込む朝比を無視してきよこは病室から出て行った。


☆☆☆☆☆☆


 病室の扉の横には瑪瑙が壁を背もたれにして立っていた。


「あんな言い方しなくていいんじゃねえのか?」

「本当のことを言っただけです。あんな闘い方してたらアイツ死んじゃいますよ」


 そう静かに言い残してきよこは廊下を歩いて行った。


 瑪瑙もきよこの気持ちが分かるのか暗い顔のまま病室に入らずその場を後にしようとした。その時、目の前に大きな膨らみが二つあった。それを思い切り揉む以外に選択肢は無かった。


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