「はい、というわけで始まりました。ナツミ・タカハシのドキドキダンジョン探索~! 特別編!」
ひとりの青年が、撮影ドローンに向かって喋りかけている。
ダイナ・サポート現会長の孫にしてCランク探索者兼ダンジョン配信者の鷹橋夏海だ。
ここは関東近郊に存在する、坂戸ダンジョン、その第一層である。
ダンジョン環境は草原、見渡す限りの緑一色である。
この場には夏海を除いて4人の人間が存在している。
ひとりは青平で、残りは男性ひとり、女性ふたりという構成である。
「今日はゲストに来ていただいております。まずはこの方、国内探索者界のトップ層として名高い、
夏海の呼び込みに従い画角に入り込んできたのは、20代中盤くらいの容姿をした女性である。
彼女はその紹介にあったとおり、近年国内における探索者界隈ではトップクラスの実力者として知られている、約10年のキャリアを持つAランク探索者だ。
同時にその整った容姿もあり、メディアへの露出も多く、探索者に対する興味の有無に関わらず、広く知られた存在でもある。
「どうも。尾ノ崎です」
簡素な自己紹介だけで済ませたその声は、女性としてはやや低く、若干ハスキーな印象である。
背中の半ばまである黒髪を無造作に結わえ、シャンと伸びた背筋と併せて凛とした気迫を漂わせている。
その後、残る男性と女性の探索者を紹介し、最後に青平を呼び込む。
「そして最後は~、今の日本はこの人一色、この配信の枠が立った時からめちゃくちゃ反応がありました、そして待機人数も過去に見たことないくらいの数字でした。……世界初の異世界帰還者にしてダンジョン踏破者、守月青平さんです!」
「どうも。守月青平です」
青平が画面にインすると、一気にコメントが加速する。
『本物だ』『よく呼べたな』『ひとりだけ普段着で草』
「コメントめっちゃ加速してる~! まあそうだよね、こんな場末の配信に来てくれるなんて思わないよね!」
『草』『お前が場末なら、ほとんどの配信者は泡沫だよ』『たしか今は関西方面に住んでるんじゃなかった?』
「そのとおり! 尾ノ崎さんを除いたおふたりもそうだけど、今回は皆さんそれぞれの根拠地から、わざわざ坂戸くんだりまでお越しいただきました! まことにありがとうございます!」
『お前が行け』『今日は埼玉を東京と言い張るムーブしないの?』『坂戸市民に謝罪しろwww』
「そうそう。他県の人、特に関東以外の人にとっては、埼玉なんて東京みたいなもんだからね。ってそれは今どうでも良いの! 話が進まないから無理やり終わらせるよ!」
夏海はそこで一呼吸おいてから再度説明を始める。
「今日は、今日本で一番ホットと言っても過言ではないどころかお釣りが来そうなくらいの守月さんをお招きして、その実力のほどを見せてもらおうっていう企画です!」
『おおー!』『霧谷圭吾最強! 霧谷圭吾最強!』『楽しみ』『化けの皮が剥がれるの期待』
コメントには一部、荒らしと呼べるようなものも含まれるが、夏海はそれをまったく存在しないかのように無視して配信を進行する。
「知ってる人も多いと思うけど、守月さんは先日、京極ダンジョンの最高到達記録を更新されました。探索者登録から17日目の出来事です。これは歴史的な快挙ですよ~! 守月さん、その辺りはどうですか?」
夏海に水を向けられた青平は、苦笑を浮かべながら答える。
「どうって言われてもですね、単にちょっとお金を稼ごうと思って……バイトみたいなもんですよ。まさか到達記録の公開設定を変更し忘れて、ここまで大事になるとは思ってなかったですけど」
『ちょっとお金を稼ぐ(最高到達記録更新)』『バイトの概念がこわれる』『は? 何こいつフカしてんの?』
「バイト感覚!?!? ……でもまあ、そもそも単独撃破してる京極ダンジョンですもんね、そりゃそうか!」
夏海の大げさなリアクションに場が少し和む。
唯一、玲那のみはクスリとも笑わずに青平を凝視している。
『尾ノ崎さん、見すぎ見すぎぃ!www』『安定の尾ノ崎クオリティ』『この前テレビ出てた時、1回も笑ってなかったことに笑ってもうたwww』
どうやらこれは彼女の芸風のようである。
「さて、前置きはこれくらいにして、早速ですが守月さんの実力を見せていただきたいと思います。守月さん、準備はよろしいですか?」
「はい。大丈夫です」
「……あのー、自分なんかが言うのは烏滸がましいですけど、そんな装備で大丈夫ですか?」
『大丈夫だ、問題ない』『マジでちょっと出かけるくらいの雰囲気で草なんだよな』『ダンジョン内でこの格好をしてるの見ると、流石に心配が勝つ』
他の4人がフル装備なのに対して、青平はオシャレな普段着といった装いである。
以前のティアの配信に出演した時もそうであったが、その落差はまるでコスプレ会場に紛れ込んだ一般人のようである。
「まあ大丈夫じゃないですかね。いざとなれば装備も出しますよ。……あ、撮れ高的に装備があった方が良いんですかね?」
「あ、いえいえ。守月さんが大丈夫なら大丈夫です。それに撮れ高的には普段着でダンジョン探索してる方がインパクトあるんで!」
『それはそう』『もしかしてだけど、京極の記録更新も普段着でとか言わないよね???』『撮れ高気にしてて草』
「なら良かったです。それで、とりあえずどうしましょう。実力を見せるということですけど……?」
「そうですね、まずはガンガン進みましょう。わざわざ探してまで魔物を狩らなくても、しばらくいけば遭遇するでしょうし」
「わかりました。ではいきますね」
青平はそう言って、軽く走り出す。
軽くといっても、毎時約20キロメートルの速度であり、これは彼が転移する前のマラソン選手並みの速度ではある。
しかし青平はもちろん、他の4人も難なくこれに追従している。
『駅伝かな?』『動きなさすぎて草』『風景も変わらないから速度感もわからん』
そうしてしばらく走り続け、そのまま何層か抜けた時、前方に魔物の群れを発見した。
「前方500、オーク7体!」
声を上げたのは、東北・北海道で主に活動していると紹介されていた男性探索者である。
発見報告やその装備から、スカウト系の能力が高いようだ。
魔物はオークと呼ばれる種で、いわゆるファンタジー作品に登場する二足歩行で豚面のそれである。
このメンバーであれば、たとえ青平を除いて一番ランクが低い夏海であっても、そこまでの脅威ではない。
とはいえそれは、チームで連携して挑むのであればという前提ではある。
どんな魔物であってもそうだが、ソロだとすると油断はできない。
「どうします!?」
少し距離を空けて走りながらなので、声を張って確認する夏海。
青平は気負わずに答える。
「問題ないです!」
そのまま魔物の群れに接近する。
魔物側もこちらの存在に気づいたようで、咆哮を上げながら接近している。
その相対速度が距離を詰めさせ、瞬く間に接敵する。
しかし、魔物はその手を伸ばす間もなく消滅した。
「は……!?」
夏海がついといった様子で漏らした言葉は、他の参加者及び視聴者の心情と一致していた。
誰も、何もわからなかった。
傍目には、近づいて来たオークが、自然と消え去ったようにしか映らなかった。
「もう少し、速度上げますか?」
青平は走る足を止めることすらせず、接敵した事実さえなかったかのように魔物を消し去り、それすらなんでもない事のように問いかける。
その言葉に戸惑いつつも、反射的に答える。
そして後悔した。
「あ、はい!」
青平は段々と速度を上げ、最終的には走り始めの倍程度、時速約40キロメートルにまで加速した。
当初はもっと上げようとしていたが、夏海が付いて来られなくなったため、その速度に落ち着いたのだった。