青平が駆ける。
まるで飛ぶように、崩壊後の世界のような、ほとんどを草に覆われた線路上を走り抜ける。
前方から襲いかかるサンダーウルフ・ウィンドウルフ・アイスウルフなどが混在するウルフ種の群れを鎧袖一触、あたるを幸いと切り裂いていく。
今日の彼は、以前鷹橋夏海に誘われて訪れた坂戸ダンジョンでの戦闘──とも呼べない遭遇時とは違い、真奈美の配信で見せた神霊銀の剣を握っている。
その戦闘の様子は、まるで彼の周囲に刃の結界が存在するかのごとく。
足元から飛びかかる毒蛇の牙も、その界を超えることはできない。
硬い鱗を持つラプトル種の突進もものともせず、まるで紙のように切り裂く。
先のとおり、この周囲の魔物は、その配置の嫌らしさもさることながら、単純に強力でもある。
各種属性ウルフは、現在確認されているウルフ種の中でも上位に属し、その運動能力の高さだけでも脅威であるのに、各種属性魔法を引き撃ちする狡猾さも持つ上、群れとしての連携にも優れている。
サーペント種の毒は、耐性を持つ高ランク探索者であっても行動に支障が出るほどの強力な神経毒であり、下草のせいで視認性が悪い中、音もなく忍び寄ってくる。
中型ラプトル種は、その中型という言葉から想像できるより遥かに大きな巨体だけでも脅威だが、危険を感じれば逃げるくせに、決して獲物を諦めることはなく、執拗なまでに追跡してくる特性も厄介である。
この周囲に出現するメインの魔物であり、札幌ベースで戦う彼らの怨敵でもある。
どれも高ランク帯のパーティが油断なく当たれば負けることはない魔物ではある。
しかし、人間であれば気が緩む瞬間は必ずあるし、それを見逃すほど甘い敵でもなかった。
札幌ベースに常駐する探索者らの内、パーティの仲間、別パーティの友人、顔見知り程度の知人、そのどれかをこの魔物たちによって失った経験を持つ者は多い。
そこには、命こそ拾いはしたものの、四肢の欠損などによって探索者を引退に追い込まれた者も含まれる。
ポーションや回復魔法スキルが、まるでHPを回復するかのごとく作用することは先述のとおりであるが、怪我をしてから一定時間が経過すると同じような効果を発揮しづらくなる現象が確認されている。
最大HP自体が減少している説や、ポーションに回復受付時間が設定されている説など様々な議論がなされているが、現状では明確な結論は出ていない。
それでも回復する可能性があるのならと、その需要は引きも切らず値段は高止まり状態である。
また、深層から稀に得られる高ランクポーションであれば、その時間の制限が緩和されたり、効果自体が高かったりで、オークションに出品された時など天上知らずに上がっていく。
しかし、そんな危険な魔物であっても青平には近づくことさえ出来ぬまま果てるほかない。
シャッタースピードかフレームレートか、ともあれ彼を追うカメラでは捉えられないが、その手に剣を持ち魔物が斬り裂かれていく様を見るに、剣を振るっているのだろう。
しかし、その剣には血糊がつくこともない。
以前、真奈美の配信で見せたとおり、まるで柄だけに見える剣だ。
血糊が着けばその剣身が現れるのだろうが、その様子はない。
配信されているその戦闘の様子が、世界中で様々な反応を生み出していることなど知らぬまま、青平は駆ける。
旧江別駅を過ぎ、千歳川を越えて旧東光町地区へと入る。
左手には石狩川を眺めつつ進む。
この石狩川に架かっていたいくつかの橋──石狩河口橋・札幌大橋・新旧石狩大橋・美原大橋などは、既に落とされて久しい。
これは当然、魔物が落としたわけではなく、防衛的観点から人為的に破壊したのだ。
青平は足を緩め、美原大橋の残骸を眺めながら何かを考えている様子である。
「コアの魔物と思しき魔物を発見しました」
『こちらからは確認できません。どちらでしょうか?』
支給された軍用無線機から四分谷の声が返って来る。
「川の向こうですね。少し大きい魔力を感じます」
『…………なるほど。攻撃は可能ですか?』
「はい。ちょっと行ってきます」
『はい?』
四分谷が詳細を確認する間もなく、青平は再び駆け出す。
線路上から337号へ、そして美原大橋の残されたたもとへ。
そのまま石狩川を跳び越え、約400メートルの大ジャンプを決めた。
それを跳躍と呼べるのか否かは、測りかねるが。
何事もなかったかのように着地し、再び駆ける。
向かって左手にあるやや開けた土地に屯する、複数種混成の大きな魔物の群れへと。
青平に気づき、咆哮を上げ向かってくるが、焼き増しのように繰り返される光景。
縦に、横に、斜めに、一刀両断されて崩折れるかのように地へ落ちる。
青平はそれらの魔物を半ば無視するかのように、まっすぐ群れの中心へと向かう。
そこには、明らかに他の魔物よりも大きな個体が数体。
大きさだけでなく体色も濃く、その身体に漲る魔力は一目瞭然で突出している。
コアの魔物だ。
その相対距離が縮まり、まさに青平が持つ刃界とも呼ぶべき絶死の境界が触れる。
──ギインッ
まるで鉄を切り裂こうとしたかのような嫌な音が響く。
他が今までと同じように一刀両断で斃れ臥すのに対し、中型ラプトル種のコアモンスターのみが2度斬り付けられたような痕跡がある。
青平はその様子をチラと確認するのみで、残った群れの魔物を斬り裂いていく。
やや離れた位置から撮影している──AI制御により自動的にアングルや距離を調整する撮影ドローンは、その様子をつぶさに捉えていた。
高さ数メートルの俯瞰で見ると、まるでキャンバスに消しゴムをかけたかのように、彼が走る道が、死を生み出しているかのようである。
そうして数分後、数百体はくだらないであろう魔物の群れを殲滅した青平は、変わらぬ様子で無線機へと呼びかける。
「元のルートに戻ります」
『はい。お疲れ様でした。怪我はありませんか?』
「問題ないです」