目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

#1

 愛里の部屋、可愛らしいこの部屋にクラスメイトであり友人の咲希が遊びに来ていた。


「やば、泣けるわ」


 咲希は特に愛里と会話する事なくずっと部屋にある漫画を読んでいる。

 しかし"泣ける"などと言っているが涙は出ていない。


「……ふふっ」


 愛里は可愛らしい表情でスマホの画面を見ている。


「またアイツ?」


「うん」


 そう返事した愛里のスマホ画面には快とのLINEトーク画面が開かれていた。


「アンタもうやめときな?"無理してる"ようにしか見えないよ」


 視線は漫画に向けたまま言う。


「何で?そんな事ないよ……」


 犬のモフモフクッションに顔を埋める。

 咲希に快とのやり取りを否定されてしまった。


「ずっと探してた出来る事だから……」


 クッションに顔を埋めた愛里はある出来事を思い出していた。


「("お兄ちゃん"……)」


 少なくとも快は聞いた事のない兄の事を思い出していた愛里の表情はどこか曇っていた。


 ______________________________________________






『XenoMessiaN-ゼノメサイアN-』

 第4界 ホメラレタイ





 ______________________________________________


 登校中、快は電車に揺られながらまたスマホでSNSを見ていた。


『またゼノメサイアと罪獣がやってくれたよ……』


 前回のフォラスの件があったのでエゴサして否定的な意見を目の当たりにする。

 しかし。


『否定的な声多いけどさ、バス助けたように見えたの俺だけ?』


 肯定的な意見も増えて来た。

 それだけで大分嬉しいはずなのだが。


「う〜ん……」


 眉をひそめているのは何故なのだろうか。


「(俺じゃない……)」


 当然のことだがこの場合はゼノメサイアが賞賛されているのであって"創快自身"が褒められているわけではない。


「(思ってたんと違う……)」


 ゼノメサイアを否定された時はあんなに傷ついたのだから褒められた時はきっと想像もつかないほど嬉しいものだと思っていた。

 だがしかし、実際は自分が褒められている訳ではない事に気付かされるだけだった。


 何故否定された時だけこんなに傷付いて褒められる気持ちは感じる事が出来ないのだろうか。


 思えば今までの人生ずっと褒められて来なかったと気付く。

 勉強もスポーツもゲームも人間関係も全てがダメ過ぎて一度も褒められた記憶がない。

 何度も何度も「ダメだ」「戦力外」「嫌い」などネガティブな言葉ばかり言われて来た。


 ゼノメサイアになった後もそれは変わらない。

 いくら変身後が褒められても素の創快としての状態では咎められる事の方が多いため不満に思っているのだ。


「(もっと褒められたい……)」


 愛を知らない快はとても愛を欲しがりながらも電車に揺られていた。


 ______________________________________________


 学校に着くとまずはホームルームがあった。

 話題はというと。


「来月に控えた"陸上競技大会"ではーー」


 最悪のイベント陸上競技大会だ。

 去年の思い出が蘇る。


 昨年の陸上競技大会では参加した全種目で最下位、クラスの足を引っ張ってしまい視線が痛かったのを覚えている。


 思い出しただけで震えが止まらない。

 しかしそんな快を他所に担任は進行する。


「個人競技を決めようと思います」


 全員が参加する"クラス対抗リレー"とは別に個人で必ず参加しなければならない種目を決めるというのだ。


「(今年も俺と瀬川は多分……)」


 運動は全般的に苦手なので最も負担が無さそうな走り幅跳びを選んだ。

 人気の無い種目なので取り合いにもならずスムーズに決まった。

 すると担任がこんな事を口にする。


「今年は風邪引かないといいな!」


 その言葉を聞いた快は一瞬硬直してしまう。

 そしてすぐに愛想笑いをした。


「えーと瀬川は……」


 そして担任はまだ決まっていない瀬川の顔を見る。

 瀬川も快と同じように複雑そうな表情をしていた。

 そんな顔で快と目を合わせる。


「……はぁ」


 そして渋々立ち上がり個人競技を決めた。

 運動神経バツグンの瀬川が快と同様にこの大会を嫌がるのには理由があった。


 ______________________________________________


 昼休み、快と瀬川はいつもの校舎を跨ぐ渡り廊下の隅っこで弁当を広げていた。


「うわぁ陸上競技とかダリぃ〜!」


 太陽に向かって背伸びしながら叫ぶ。


「今年も一緒に休むつもりだろ……?」


「ま、そうだけどよ……」


 瀬川は快と同じ缶コーラを一気飲みして続けた。


「去年の練習の時みんな快のこと悪く言ったろ?今年もそうならまた休んでやるぜ、親友のこと悪く言うやつらのためになんか!」


 そして快の顔を見て続ける。


「お前も休むか?」


「そうだね、多分今年も……」


 去年は二人して陸上競技大会を休んだのだ。

 理由は瀬川が言った他にもある。


「どうしても運動は苦手だ、下手なとこ見せたらヒーローになんか……っ」


「確かに無理はしない方が良いからな、また俺も一緒に休んでやるから安心しろ。お前を一人で置いてけぼりにはしねぇ」


 そう言って肩を叩く瀬川だったがその瞬間の脳裏には父親の"人には出来る範囲が決められている"との発言が蘇る。


「(何だよ、親父の言葉を推奨してるみたいじゃねーか……)」


 いくら快のためとはいえ大嫌いで否定したい父親の言葉を無意識にも守っている自分に少し苛立ちを覚えた。

 しかしそんな事は快には届くはずもなく。


「休んだら何か言われるかな?」


 自分の心配をしていた。


「去年も何も言われなかったろ?」


「まぁそうだけど二年連続ってなったら流石に……」


 そう言われる快の脳裏には自分を責め立てるクラスメイト達の姿が浮かんでいた。


「ちょっと怖いな、あの人たち何考えてるか分からないから……」


「あーゆー陽キャって人種な?あんま細かいこと考えてなさそうだな、今を楽しむ事ばっか考えてそれ以外のやつの気持ちは考えてくれねぇ……」


 その話を聞いて快はある人物を思い浮かべた。


「そいえば純希が今そんな感じだったな……」


 バイト先で再会した純希は今瀬川が言ったような今を楽しむ事ばかりを考えていそうだった。


「そうだったバイト先に入ったんだってな、何か嫌な事されなかったか?」


 心配そうに快の顔を見てくる瀬川。


「いや特には、まぁ怖かったけど……」


 トラウマが快を震え上がらせたのを覚えている。

 そういえば今日も放課後バイトがあるため今からしんどくなってしまう。


「俺もそこ入ろうかな?ヤツがお前に何かしないように!」


 気を遣って発言してくれるが快にはそれが少し重かった。


「いいよ、無理しなくて……」


 とてつもなく暗いオーラを放ちながら答える。

 そんな快の様子を見た瀬川は余計に心配になった。


「本当に最近暗いぞお前。釣り堀行った時もそうだったけどやっぱヒーローになれなかったって気にしてんのか?」


 図星を突かれてしまう。

 仕方なく快は答えた。


「……そうだよ、もっとヒーローとして活躍して俺自身を褒めてもらいたいんだ」


 しかし現実は甘くない。


「なのに俺何も出来なくて褒められるどころか嫌な目で見られたりしてさ、本当キツいよ……」


 更に暗いオーラを放ってしまう快。

 瀬川は何とか慰めようと思考を巡らせた。


「いやお前にだってさ!出来る事くらいあるって……!」


 明るく言ってみせるが快にはその明るさは移らない。


「たとえば……?」


「えっ、あぁ……」


 具体例を求めると考え込んで黙ってしまう瀬川。


「ほらな、そんなの無いだろ」


 しかし瀬川は諦めない。

 何とか必死に考えついた事がある。


「そうだ、お前中学の時コーヒー淹れるのハマってたろ。それ美味かったぞ!」


 全くヒーローの事とは関係のない事だった。

 しかし必死に考えてくれた事を否定する事は出来ずに快は黙ってしまう。


「はぁ……」


 そのまま溜息を吐いて二人の空気感は最悪だ。

 それでも瀬川は何とか明るくしようとする。


「でもお前頑張ってるじゃねーか、この間だって溺れかけた良を誰よりも先に助けようとしてさ。あれカッコよかったぜ?」


 前回の事を褒めてくれるが快には響かなかった。


「(そーゆーのはその時に言ってくれよ……)」


 実際その時は上手く行かず落ち込んでいたというのに誰も褒めてはくれなかった。

 もしその時に褒めてくれていれば何か意識が変わったかも知れないのにと思うとやるせない気持ちが更に強くなるのを感じた。


 ______________________________________________


 自宅に帰りバイトの準備をしているとキッチンの所に中学の時使っていたコーヒー作りのセットが置いてある事に気付く。

 瀬川に"美味かった"と言われたのが少しだけ引っかかっていたため久々にやってみようかと思った。


「豆はある、時間もまだあるな」


 バイトまでの時間は幸い少しあったためコーヒーを淹れて姉に振る舞おうと考えた。

 上手くやれば褒めてもらえるかも知れない。


「お、案外覚えてるもんだな」


 中学の頃ハマっていたというのもあって感覚を覚えていた。

 そのためスムーズにいい香りのコーヒーが出来上がる。

 そのタイミングで姉が帰ってきた。


「はぁ疲れたぁ〜」


 仕事と祖母の介護がやはり大変だったのかかなり疲れているようだ。

 こんな時こそコーヒーは嬉しいものだろうと踏む。


「お、コーヒー淹れたの?久々だね」


 そう言って美宇はソファに座り快の淹れたコーヒーを飲んだ。


「うん、美味しいと思う」


 そう言ってくれたので少し安心する。

 本当にやりたい事ではないがいい反応がもらえたためバイトに行こうとするが。


「え、ちょっとコレ!」


 飲み終えたマグカップを下げにキッチンへ向かった美宇が驚きの声をあげる。


「え、何……?」


 恐る恐る振り返ると美宇はキッチンを指差しこう言った。


「皿洗っといてって言ったのに!」


 シンクには溜まった洗い物がたくさん。

 そういえば今朝、"バイト前に皿洗って"と言われたのだ。


「私今日特に忙しくて疲れるからって言ったじゃん、それでこれからバイトでしょ?結局私がやるんじゃん……!」


 コーヒーを褒めてくれた雰囲気は消し飛び怒り出す美宇。

 完全に快の失敗ではあるがこう感じてしまう。


「(一個上手くやってもそれ以上にデカい失敗がある……)」


 そう感じて気分が落ちながらも快はバイトへ向かわなくてはならなかった。







 つづく


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?