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第10界 リソウヨリ

#1

 ここは愛の海。

 与えられなかった悦を埋められる場所。

 そのために用意された訳ではない事も知らずに今日は数名がやって来た。


 愛されるためヒーローになろうとした者。

 信頼を得られず部下を死なせてしまった者。

 己の弱さで親友を犠牲にしてしまった者。

 表面の強さだけしか愛してもらえなかった者。

 都合よく扱われ不要になった途端捨てられた者。

 そして……



 そんな彼らの夢の中、理想だけがひたすら叶う都合の良い世界に文字通り夢中となっている彼らはどうなってしまうのだろうか。


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 XenoMessiaN-ゼノメサイアN-

 第10界 リソウヨリ






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【名倉雄介の場合】


 俺は自衛官だった。

 幼い頃から身体が大きく恵まれた体格だったためそれを活かした仕事が出来ると思ったから、と単純な理由だが。


 あともう一つ理由がある、それは学生時代に俺を見下して来たヤツらを見返したかったから。

 自衛官になって功績を上げればもう誰もバカにはしない、そう思ったんだ。


 ……だからこそソリが合わなかったんだろう、他に自衛官になった奴らは殆どが大切な人を守りたいとか誰かの役に立ちたいとか他人を想った思想を掲げていた。

 自分の名誉のためになった俺とは根本的に違ったんだろうな。


 そんな俺でも暫くすると部下を持つようになった。

 だが相変わらず俺とは違う思想の持ち主で反発ばっかして来てな。

 自分のために戦う俺と他人を助けたい思いの部下、いつも文句言われてたよ。


『この作戦じゃ全員は助けられません!』


 災害時を想定した救出訓練の時も危険を顧みず助けに行こうとしてな、俺が止めても聞かなかった。

 流石に上官の言うこと聞かないのは不味いと思ったんで注意してもまた反発だ。


『納得できる指示しか聞きたくありません』


 その言葉でハッキリした。

 コイツが勝手な行動を取るのは俺が上官として信頼されてないからだ。

 せっかく自衛官になれば認めてもらえると思ったのに、俺はまた悩む事になる。


 そして答えが出ないまま東北の方で大地震が起こってな、俺たち自衛官は当然出動した。

 現場は想定より酷く津波まで押し寄せていた。

 避難勧告を出しいち早く高い所まで住民を誘導してた時、俺の人生最大の分岐点が訪れたんだ。


 逃げて来た一人の女性が泣きながら擦り寄って来て言ったんだ、"子供が家に残されてる"ってな。

 その家はとてもじゃないが今から行っても間に合わない所にあった。

 気の毒だが助けに行けばこちらも巻き込まれてしまう。

 そう思った時だった、またあの部下が勝手な行動に出たんだ。


 "助けに行く"って聞かない。

 俺は何度も無理だと言ったがアイツは最後まで反発したんだ、そしてこう言ったよ。


『先輩は誰かを助けたいって思わないんですか……?』


『え……?』


『もう良いです、そんな人の言う事はやっぱり聞けません!』


 そして俺の手を振り解きアイツは津波の迫る低い土地へ降りて行った。

 後に分かった事だがアイツは結局子供も助けられないまま津波に流されて死んだらしい。

 そしてその死の責任は全て直属の上官である俺に背負わされた。


 降格だけで済んだならまだ良かった。

 何より俺を苦しめたのはアイツの遺族や仲間たちからの罵声。

 俺がしっかりしてないから死んだんだと皆んなが口を揃えて言ってたよ。


 認められるために自衛官になったはずがいつの間にか学生時代以上に見下されるようになってしまった。

 それに耐えられず俺は仕事を辞めたんだ。

 ・

 ・

 ・

 そんな彼の理想。

 夢の中で彼は立派な上官として例の部下に讃えられていた。


「今回も先輩のお陰で全員無事です!」


 軍用車両を運転し助手席に部下を座らせて談笑している。


「いいや、お前たちが俺に着いて来てくれるからさ!」


 現実とは違い生き生きとした表情と声で答える名倉隊長の姿がそこにはあった。


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【陽・ドゥブジーの場合】


 顔見たら分かると思うけど僕って中東系のハーフなんだ、向こうで生まれたんだけど家族は日本に移住したかったみたいで小さい頃から日本語も教わってたからこうして喋れてる。

 でも移住は叶わなかった。

 何故かと言うと紛争に巻き込まれたからさ。


 家族を目の前で殺された僕は少年兵として売られた。

 でも鈍臭いせいで訓練もまともにこなせずいつも殴られてたよ。


 そんな中で唯一気にかけてくれたのが同じ少年兵のアモンだった。

 彼は誰よりも強かった、なのにこんな僕を親友だと言ってくれたんだ。


 そんなある日アモンは僕に言った。

 "ここはお前の居場所じゃない"ってね。

 でも僕はそこ以外の場所を知らなかったからどう答えれば良いのか分からなかったよ。


 でもいつかアモンと二人で紛争地域を抜け出して母さんの故郷である日本に行ければ幸せになれるのかなとか夢見たよね。


 でもやっぱり夢は夢だった。

 紛争も終わりへ向かっていた時、敵の最後の拠点を僕らは攻めていた。

 ここを落とせば勝てる、夢が叶うと思ってた。

 でもやっぱり僕は鈍臭くて足手纏いになってしまった、激戦の中そんな僕を庇ってアモンは致命症を負ってしまったんだ。


 紛争の終わりを告げる信号弾が上がるのにも気付かず僕の腕の中でアモンは"自分の居場所を見つけろ"と言って最期を迎えたんだ。


 とにかく絶望だった。

 僕のせいで親友を死なせてしまったんだから。

 正直居場所を見つけるどころじゃ無かったよ、こんな僕に居場所があるのかって不安になっちゃった。

 役立たずな僕より強いアモンの方が生きてる価値があったって本気でそう思ったんだ。

 ・

 ・

 ・

 そんな彼の理想。

 夢の中ではアモンと二人で日本に来て幸せに暮らしていた。


「お、これ美味いな」


「本当だ美味しい」


 ファミレスで腹一杯食べている二人。

 腹も心も満たされていた。


「紛争じゃこんなに食えなかったからなー、幸せなもんだ」


 そしてアモンはこう問う。


「なぁ、ここが俺らの居場所か?」


 その問いにハッキリと陽は答えた。


「そうだよ、ここが僕たちの居場所だ」


 そして二人は食事を続けるのだった。


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【早川竜司の場合】


 他の隊員より闇深くはねぇよ?

 そんな大した話じゃなくて良いなら聞いてくれよ。


 F1レーサーだった頃はさ、とにかく女の子にモテモテだったんよ。

 負け知らずなもんでレースクイーンとかファンの子とか他の人だったら嫌になるほど寄って来たね。

 まぁ俺は全然嫌じゃなかったけど。


 でもさ、俺って性格がまぁ五月蝿いだろ?

 落ち着きねぇし空気読めねぇしで色んな女の子とデートまでは行くんだけど途中でウザがられて一回も抱けた事なんてねぇな。


 それが俺の中ではコンプレックスでさ。

 いくらレースで勝っても他のレーサー達はいつも女の子と一緒に居てさ。

 表面は好かれるけど中身を好きになってもらえない、人生では負けてる気がしてたんだ。


 終いには俺のファンだった子たちがどんどん他の奴らに目移りしてな、誰からも応援されなくなったんだ。


 せめてレースでは勝とうと頑張って何度も優勝したけどさ、既に誰もそんなの求めてなかったんだ。

 俺が勝てばバッシングの嵐。

 もう俺の存在は完全に必要なくなったんだ。


 こうして男としてもレーサーとしても必要なくなっちまった俺はアイデンティティを失って引退しちまった訳だな。


 ほら、大した事ねぇだろ?

 他の奴らと比べたらって話な。

 ・

 ・

 ・

 そんな彼の理想。

 夢の中で彼はレースで再度優勝し女性たちにもモテモテだった。


 毎晩違う女性を抱き、美女と札束風呂に入り、完全に人生の勝者といった風貌だった。


「ははっ、俺は人生の勝ち組だ!」


 美女と共にタワマンの上部で暮らしている彼は非常に幸せそうであった。


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【茜 蘭子の場合】


 こんな事話したくない、思い出したくないのに。

 プロゲーマー時代は輝かしい過去でもありながら黒歴史でもあるからね。

 でもどうしても頭から離れてくれない、あたしの中でも大事な一部になっちゃってんだよ……

 アレが無いとあたしだって言えないなら話すしかないよね。


 昔から友達出来なくてゲームばっかやってたから知らない間に上手くなっててさ、生配信してたらなんかプロチームにスカウトされたんだ。


 一人だけ若くて浮いてたけど全体の状況を把握して指令するのが得意だったかな。

 だからこそ若くてチビな女に偉そうに指示されんのが気に食わなかったっぽいけど。


 その中で一人だけ、スカウトしてくれた本人だけはあたしを認めてくれてた。

 "一緒に世界大会に行こう"って言ってあたしの存在をただ一人認めてくれてたよ。


 そんで何度か小さな大会で優勝して確実にあたしは自分の存在意義と地位を築いて行ってるって自覚したんだ。

 誰も友達の居ない、誰からも必要とされない学校の時から変わったってね。


 でも問題は世界大会の予選で起こったんだ。

 あたしの指示ミスでちょっとチームが危なくなってさ、ギリギリ勝てたけどみんなあたしの実力を不審に思い始めた。

 あたしはたった一人の味方に擦り寄ったよ。


 でもね、ソイツ次に何て言ったと思う?

 ハッキリと"クビ"って言ったんだ。


 一緒に世界大会に行こうって言ったのに。

 あたしを見限って新しいオペレーターをチームに入れたんだよ。


 そしたらそのチームが世界大会に進んでさ、良い成績も残してもっとデカくなったんだ。

 未だにそいつらの配信とか見かけるけど誰もあたしの事なんて口にしない。


 唯一信じられた仲間に裏切られる気持ちが分かる?

 ・

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 ・

 そんな彼女の理想。

 ゲーム大会で彼女のファインプレーにより大盛り上がりを見せる会場がそこにはあった。


「すげぇ!蘭子のお陰で勝てたよ!」


「へへ、あたし凄いんだ……!!」


 自分のアイデンティティを見出した彼女は満足そうな顔をしていた。


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 愛の海でデモゴルゴンが見せる理想の夢。

 温かな夢に抱かれ彼らは抜け出す事を知らない。

 ここが夢だとも思えないのだろう。






 つづく

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