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#3

 その後、ザガンは埼玉から北へ上昇し群馬県南部の山中へと潜伏。

 休眠のような状態へ入ったため東京への被害が起こる可能性はかなり低いとされた。

 そのため東京の街はまるで罪獣事件を他人事かのようにいつも通りの様子である。


『近隣住民は不満を隠せない様子です』


 しかし当の群馬県南部に暮らす人々の心は不安だらけだった。


『早く駆除してくれよ!』


『家に帰れない!!』


 そのような声を上げながら立ち入り禁止区域に無理やり入ろうとする者たち。

 Connect ONEの職員たちが必死に抑えている。

 そしてそのような映像が流されるテレビを快はリモコンを手に取り消した。


「(みう姉が帰って来ない……)」


 瀬川との通話を終えた後、快は自室のベッドで横になっていた。

 自信を更に無くしかなり落ち込んでいるのである。


「(お腹空いたな……)」


 姉が居ないため誰も食事を用意する人がいなかった。

 何も食べていなかったが流石に夜も遅くなったので腹が減った。

 無言のまま誰も居ない寂しげな居間に出てキッチンへ向かい棚にあったカップ麺を手に取る。


「ズルズル、はぁ……」


 いつもは姉が食事を用意してくれていたため一人寂しくカップ麺を啜るという現状に溜息が出てしまう。

 カップ麺からは殆ど味を感じなかった。

 罪悪感と孤独感で胸が張り裂けそうになり食べ終えた後のゴミを捨てる元気も無くなった。

 そのまま快はソファに横になり眠りについてしまったのだ。

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 翌朝目が覚めてもやはり姉は居ない。

 代わりに昨夜食べたカップ麺のゴミとそこから放たれる臭い、そして溜まった食器や洗濯物が沢山あるのを視界だけで確認できた。


「これ全部、俺がやるのか……」


 学校はあるらしいがその上でこれまで片付ける元気が残るだろうか。

 そう思いながら時計を見ると時刻は九時を過ぎていた。


「あ……」


 既に学校は始まってしまっている。

 もう今から遅刻してでも行く勇気も元気もない。

 そのため快は今日は休む事にした。

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 そのまま快は家でボーッと過ごし時間はもう放課後になった。

 流石に腹が減ったため何か食事を準備しようとするがカップ麺はもう無い。

 仕方なくキッチンを見たが絶句してしまった。

 昨日の洗い物が沢山残っているのである。


「やるか……」


 こんなに溜まっていたら簡単な調理もままならないので洗い物をする事にした。

 しかしあまりの量に快はすぐに疲れてしまう。


「はぁ……」


 腹も減っており更にはメンタルも不安定なため手を滑らせ皿を一枚割ってしまった。


「あーあー……っ」


 慌てて片付けようとするが慌ててしまい何から手をつけて良いのか分からなくなってしまう。

 あたふたしているとそこで玄関のチャイムが。


「え、今いきまーすっ!おっと……」


 割った皿を片付けたいのに人が来て、応答しようと思うと洗い物をしていたため手が泡だらけ。

 更にあたふたしていると床に滴った泡で滑ってしまう。


「いったぁ……!」


 思い切り腹を打ちつけてしまい弱々しい声が漏れる。

 するとドアの向こうから声が聞こえた。


「快くんっ、大丈夫⁈」


 それは愛里の声だった。

 少し落ち着きを取り戻した快は起き上がり手の泡を落としてから玄関の扉を開ける。

 するとそこにはやはり恋人である愛里の姿があった。


「あ、どうしたの……?」


「今日休みだったから心配で……」


 少し状況が理解できていない愛里だがとりあえず快は家に招く事にした。


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 快は休んだ事情を愛里に説明していた。

 姉が居なくなった事とそれにより家事が大変である事を知った話。

 すると愛里は顔を上げて快に言った。


「じゃあ私も手伝おっか?」


 何食わぬ顔で提案をしてくる愛里に快は一瞬だけ思考が停止してしまう。

 恋人がこれから家で家事を手伝ってくれるというのだ、一気に緊張感が全身に伝う。


「え、いいの……?」


 しかし今の快には好都合だった。

 家事は手一杯で心は寂しさで空っぽ。

 そんな状態のため癒しが必要だった。


「もちろん!私、家にいても暇だし!」


 愛里は笑顔を見せて快の顔を覗き込む。

 余計に緊張してしまう快。


「何からすれば良い?」


 しかし手伝ってくれると歩み寄ってくれている愛里の親切心を無下にするわけにもいかない、とりあえず快は溜まっている家事を思い出し愛里に手伝いをお願いするのであった。

 ・

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 まず快と愛里は二人で洗い物を片付け始めた。

 シンクに溜まっているものだけでなくダイニングテーブルに置いてあった先日の食器などいっぺんに集めるととてつもない量になり二人は苦笑い。


「これは凄いね……」


「昨日もやらなかったからな……」


 しかしやるしかないため二人は役割を分担する。

 愛里がスポンジと泡で洗い、快が布巾で水気を取り食器棚に戻すのだ。


「おぉ、この洗剤とスポンジ洗いやすい!」


「そうなの?全然わからないや……」


「きっとお姉さん色々試して良いの見つけたんじゃない?」


「あー、そんな話をしてたような……」


 この洗剤もスポンジも、その他の家にあるものは殆ど姉が調達している。

 何を基準にその商品を選んだのか、どの商品が良いのかなど快は考えた事がなかった。


「俺、家の事とか全然分かってないんだな……」


 すると愛里がある事に気づく。


「あ、洗剤なくなっちゃった!」


 まだ洗い物は残っているというのに洗剤を切らしてしまったのだ。

 スポンジの泡ももう残っていない。


「よし、買い出し行こう!」


 手についた泡を水で流して手を叩く愛里。

 元気よく玄関に向かっていく。

 そして急に振り向いた。


「あ、エコバッグとかある?」


「あったような気はするけどどこかなぁ……」


「あはは、ホントに私いて良かったね!」


「面目ない……」


 そして二人で家の棚などを探していると愛里が声を出す。


「あったー!ホラ、にへへ」


 笑顔で見つけたエコバッグを見せてくる愛里。

 その柄を見た快はハッとする。


「これ、みう姉の職場のイベントのやつだ……」


 美宇が働いている子供デイサービスのイベントで配られていたエコバッグ。

 そのイベントに向けて姉が寝る間も惜しんで仕事をしていた事を思い出した。


「仕事しながら大変な家事もしてたのか、俺なんかちょっと家事やっただけで疲れて学校も行けなかったのに……」


 姉がどれだけ大変な思いで生きていたのかを思い知る。

 ストレスが溜まるのも無理はない。


「っ……」


 自分の不甲斐なさに思わず唇を噛んでしまう。

 そのタイミングで家の固定電話に着信が。


「電話……?」


 誰かと思い出てみると聞きなれた声が聞こえた。


『美宇、今日は来ないのかい?』


「ばあちゃん?」


 老人ホームで暮らしている祖母からの着信だった。


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 慌てて祖母の暮らす老人ホームへ向かう。

 面倒が見やすいため近所の施設を選んだ姉にまた感謝してしまった。


「与方さんまで着いて来なくていいのに……」


「大丈夫だって!」


 何故か愛里まで着いてきている事に快は少し戸惑いながらも老人ホームの扉を開けた。


「ねぇ、何でそこまで気に掛けてくれるの……?」


「え……?」


 祖母の部屋へ向かっている中、快は気になった事を愛里に聞いてみる。


「付き合ってるとはいえウチの面倒な事情にまで……」


「それは……」


 少し愛里が言葉に詰まったタイミングで車椅子の車輪の音が近づいてくる。

 そして廊下の曲がり角から祖母が姿を現した。


「あ、ばあちゃん……」


 その祖母の姿は最後に見た時より遥かにやせ細っており元気のない雰囲気だった。


「快かい……?」


 か細い声で快の名を呼ぶ祖母の弱々しい姿に胸が痛くなった。


「お孫さんですか?お部屋こちらです」


 車椅子を押していた職員に案内され愛里と共に祖母の暮らす部屋へ。

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 祖母は自室でベッドに寝かされ職員は家族の邪魔にならないよう退室。

 他に快と愛里が椅子に座り三人だけの空間が出来上がった。


「……」


 沈黙の祖母。

 ジッと愛里を見つめている。


「お嬢さん、どなただい?」


「えっと!快くんとお付き合いさせていただいてます、与方愛里ですっ……!」


「へぇ、快の……!」


 驚いた表情を見せる祖母。

 快の過去と今を比べた。


「昔はムスーってして愛想なかったのに彼女かい、やるねぇ」


「やめてよ……」


 照れる快を他所に祖母は愛里に今後の事を問う。


「いずれは結婚するのかい?」


 突然結婚という言葉が出てきて愛里は戸惑う。


「えぇ……⁈ま、まだ高校生だし結婚とかそんな……っ!」


 顔を真っ赤にしながら首を横に振る愛里を見て快は少し残念に思うが祖母は安堵の表情を浮かべていた。


「よかったよかった、まだ若いし幼いんだから結婚なんて早すぎるよ」


「そう、ですよね……」


「快はまだ身の丈を分かってて良かったよ」


 すると祖母は美宇の話を出してきた。


「美宇はねぇ、まだ結婚なんて早すぎるよ。あの子は幼い」


 まるで美宇を心配するかのような言い草だが言葉は辛辣だった。


「現に今日もねぇ、来るって言ったのに結婚反対したら来ないし携帯にも出ないし……」


「え……」


 快は心外だった。

 大変な仕事と家事を両立しそれだけでも相当なストレスだろうに結婚という癒しを求めたら祖母に反対される。

 ようやく理解できるようになった姉の気持ちを考えると不憫だった。


「みう姉は幼くないよ……」


 気が付くと反論してしまっていた。

 隣で愛里が少し驚いた目をしている。


「大変な思いしてたんだ、それが今になって爆発しちゃっただけなんだよ。俺もそうだったし……」


 快も両親や学校での辛い思いを抱え込みすぎてしまった結果それが爆発して鬱病を患ってしまった。

 美宇にも同じ爆発が来たのかも知れないと思ったのだ。


「そうか、俺が最後のトリガーを……」


 散々鬱に悩まされてきた自分が他人の鬱を引き起こすきっかけになってしまったなんて。


「とにかくそろそろみう姉も俺に構わなくて良いんじゃないかって……!」


 そのような話をして快は姉への感謝を抱きながら愛里と共に家に帰った。

 ・

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 帰宅した後。

 快は愛里が見守る中、家の固定電話から電話をかける。

 すぐに応答し美宇の婚約者である昌高の声が聞こえた。


『快くん、そっちは大丈夫なの?』


 美宇なしの家の事を心配してくれる彼の声を聞いて少し安心した。


「俺は大丈夫です、それよりみう姉に替わってくれませんか?話があるから……」


 覚悟を決めたような表情で快は伝える。


『わかった、待ってて』


 そう言った昌高は美宇に電話を替わる。

 すると久々に姉の声が聞こえた。


『もしもし……?』


 少しやさぐれたような声で応答する美宇。

 快は語り出す、今の想いを。


「みう姉、聞いてくれる……?」


 ここで快は一体何を語るのだろうか。






 つづく

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